花と愛と


 刺した場所から光が漏れ、闇鬼を囲むように地面を走り、五芒星を描く。
 篁が得意とする、結界術の一つだ。

「何で、俺の髪を……?」

 切られた場所を手で押さえながら、神也は問う。
 禿げてはないようだが、一部分が不揃いになったのは確かだ。
 他人の貴重な髪を切り取ったのだから、意味があるのだろう。
 篁は太刀から手を離し、手印を結びながら答えた。

「空狐の力は強い。縛魔術にはうってつけだ」

 結界に縛られた鬼が、逃げようともがく。
 その様を見て、篁はせせら笑った。

「俺から、逃れられると思うなよ」

 びくりと、見ていた三人と一頭の体が凍り付く。
 自分に向けられたわけではないのに、心の奥底が冷えるような、冷たい声音。
 向けられた相手は、自分達よりも恐ろしい思いをしているだろう。
 これが、次期冥王の言霊。
 人の姿はしていても、やはりこの人は鬼なのだと分からせられた。

「ーー縛!」

 一際強い言霊が、鬼に放たれる。
 結界の光が鬼を包み、声にならない叫びを上げて、闇鬼の身体は爆発、四散する。
 残された鬼の魂は、篁の手によって冥府へ送られた。
 使用した神也の髪は、悪用されないように鬼火で残さず焼き、太刀を鞘に戻す。
 後始末を終えた篁は、神也達の所に戻ると、懐から文を取り出し、鈴那に渡した。

「お前の父親に渡して言っておけ。『闇鬼は討伐した。全死神は通常業務に戻れ』ってな」

「何で私が……!」

「お前の父親が死神局の責任者だからだ。さっさと行け」

 反論を与える隙も見せず「行け」と言われ、鈴那は嫌々ながらも文を受け取り、その場から姿を消す。
 次に、篁は神也に抱き付いて怯えている花子に視線を移した。
 びくりと、花子の身体が震える。
 構わず、篁は口を開いた。

「花子……いや、神木愛子(かみき あいこ)。お前は祖母の家に行く途中で事故に遭い、運転手にぞんざいな扱いをされ、命を落とした」

「ぞんざいな扱い?」

「ひき逃げにあったのさ。この娘は」

 神也の問いに、篁は淡々とした口調で答える。
 ひかれた後、直ぐ救護され、病院に運ばれれば、助かった傷だった。
 だが運転手は、逮捕されるのを恐れ、彼女を車に乗せ、現場から離れた人気のない公衆トイレに隠し、目撃者もおらず、発見された時には既に命を落としていた。
 初め、亡くなった事に気付かなかった彼女は、同じ歳の子に話しかけたが、幽霊なので当然恐れられ、いつしか花子と呼ばれるようになった。

「本来なら、憎しみで鬼になっているか、地縛霊になっているところだったが、まだその姿をしていることからその魂、純粋なものとみた。褒美だ」

 人形を取り出し、花子もとい愛子の胸に貼り付ける。
 右手の指をパチンと鳴らすと、人形から溢れた光の粒子が彼女の身体を包み込んだ。
 光が消えると、橙色の生地に花柄の刺繍を施した着物をまとい、木の実と鳥の羽で出来た髪飾りをつけた愛らしい少女が居た。

「お前を俺の式神にした。都娘を助けてくれた礼だ。あいつの相手をしてやってくれ」

 そう言って、篁はあらぬ方を見る。
 そこには、都娘が物陰に隠れるようにして立っていた。


 ◆  ◆  ◆


 闇鬼の魂は冥府で裁かれ、消失刑を受け、執行された。
 騒動の後、稲荷神社に来た鈴那が、白真と神也に伝える。
 それからまた数日が経ち、稲荷神社は平和な日々が続いていた。
 騒動の前と後で変わった事といえば、花が増えた事だろう。
 篁は、花子を花の精霊にしてから、自分の式神にしたらしい。
 偶に、都娘と神社を訪れては、花を増やし、参拝客の目を楽しませている。
 今日も二人は遊びに来ていて、花の冠を作っていた。
 その様子を見守りながら、白真はお気に入りの場所で横になっていた。
 二人が居る間、寝る事は出来ない。
 何故なら、寝ている間に二人に何かあったら、白真が篁に消されるからだ。

「腹減ったなー」

 早く、いなり寿司持って来ないかなー。

 学校に行っている二人の訪問を待ちわびながら、白真は思った。

(篁の訪問は、今後ご遠慮願いたい)




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