花と愛と
歳は、花子と同じくらいだろうか。
少女の気配から、生身の人間ではないと察する。
が、浮幽霊でもなければ鬼でもない。
少女は落ち込んで、泣きながらとぼとぼと歩いていた。
白真を抱えたまま、花子は入り口へと走り、まだ近くにいた少女に声をかけた。
「ねえ!」
びくりと小さな肩を揺らして、少女は花子に振り返る。
透き通るような白い頬には涙の後があり、目も赤く腫れていた。
そんな少女の腕には、鼻緒が切れた草履がある。
少女は涙の後を手で擦って消し、口を開いた。
「あなた、ふゆうれいね。ここにいてはいけないわ」
「私はいいの。あなたはどうしたの?どうして泣いてるの?その草履はなーに?」
「はなおがきれて、はけなくなっちゃったから……。かってもらった、ばかりなのに……」
鼻緒の事を思い出したのか、少女はぽろぽろと涙をこぼす。
闇鬼が逃げているなか、公園の外で立ち話をするのは危険なので、花子は少女を神也達の所に連れて行く事にした。
その道中で、少女の名前を教えてもらう。
名は、都娘(みやこ)。
鼻緒が切れた草履は、大切な人からの贈り物だそうな。
都娘をベンチで待っていた二人に会わせると、鈴那は心当たりのある少女らしく、目を見開いた。
「あらあなた、閻魔様の所の娘さんじゃない?」
「閻魔?閻魔って、あの閻魔大王か?」
「そうそう。その閻魔様」
「せいかくには、えんまだいおうさまではなく、まごのえんまおうたいしさまのしきがみです」
王太子と聞いて、鈴那と白真が同時に遠い目をする。
二人の目は語っていた。
ああ、あいつか。と。
関わりたくない雰囲気を出す鈴那に、花子が質問をした。
「王太子様って誰?」
「王太子様はねー、とても厳しい人で……」
「とにかく、おっかない男だな。うん」
知っている二人が語る。
それを、都娘は全否定した。
「おうたいしさまは、おやさしいひとです!おこるとこわいのはたしかだけど……、ふだんはおやさしいひとです!」
三人が王太子の話に花を咲かせている傍らで、神也は鼻緒の壊れた草履を見る。
「鼻緒が切れるまで履くなんて、よっぽど気に入ってたんだな。いつ貰ったんだ?」
「にひゃくねんまえです。わたしのはっぴゃくさいのおいわいに、おうたいしさまからいただきました」
あっけらかんとした口調で、都娘は言う。
見た目年齢よりも高い少女の年齢に、神也達は軽い衝撃を受けていた。
「って事は、今千歳……」
「俺より年上じゃねーか」
「あら、せんさいなんて、まだまだよ」
周りが年上だらけの都娘が言う。
千歳でもまだまだとは、鬼の世界では何歳になれば一人前なのか。
談笑をしているうちに日が暮れだし、空が橙色に変わる。
この時間は災いが起こると言われ、人にとっても鬼にとっても危険な時間だ。
都娘を一人で帰らせるのは危ないと判断し、全員で彼女が住む、隣の地区の神社に送る事にした。
◆ ◆ ◆
ざわざわと、闇に生きるものたちがざわめく。
恐ろしい闇が迫っている。
怖ろしい闇が迫っている。
触れたら最後、呑まれてしまう。
怖い、怖い。
恐い、恐い。
おしまいだ。
おしまいだ。
もう、おしまいだ。
◆ ◆ ◆
「都娘を助けて下さいまして、ありがとうございました」
栗色の髪を七三に分けた、物腰柔らかな雰囲気の青年が、鳥居の下で頭を下げる。
彼の名は貴明(たかあき)。閻魔大王と閻魔王太子に使える鬼の一人で、二人が最も信頼している部下だ。
彼の隣で都娘もお礼を言いながら、頭を下げる。
鼻緒の事が忘れられないのか、表情は浮かない。
キョロキョロと、神社の境内を見回し、口を開いた。
「おうたいしさまは?」
「王太子様は先ほどお仕事に行かれて、朝にならないと帰って来ないでしょうね」
「そっか……」
しょんぼりと、都娘は肩を落とす。
そんな彼女の頭を、貴明は大丈夫と言う代わりに、優しく撫でる。
貴明は都娘を連れてきた三人と一頭に向き直り、口を開いた。
「この時間は危険なので、護衛の鬼に送らせましょう。闇鬼討伐が終わるまで、浮幽霊の子は、白狐の神社に居れば安全ですよ。闇鬼は神社に入って来れませんから。夏子(なつこ)、頼む」
護衛に、後ろで控えていた巫女の一人を呼ぶ。
腰にまで伸びた黒髪を首の後ろで縛り、常に微笑みを浮かべてる女性だ。
彼女を伴って、神也達は神社を出る。
それと同時に、鈴那と白真が溜まっていた息を吐き出した。
「王太子、居なくて良かったなー」
「本当にねー」
居たら「仕事はどうした?」と、小言を言われていただろうから。
二人の様子を見て、夏子は着物の袖で口元を隠しながら、クスクスと笑う。
「あらあら、何事もなければ、王太子様も何も言いませんよ」
「何事かあったら?」
王太子に恐怖を感じてない花子が問う。
夏子は笑顔で答えた。
「よくて、地獄で一生釜茹での刑ですね」
「よくてそれかよ」
白真が突っ込みを入れ、彼女はそれを笑って受け流した。