花と愛と
同時刻、冥府。
黄泉の国、あの世とも呼ばれるその場所は、全ての魂が還る場所。
そして、冥府や神界の罪人を永遠に捕らえておく場所だ。
冥府の入り口、三途の川を渡った先は、ゴツゴツとした岩が転がる砂利道。
灯りは、並べられた灯籠の火で賄っている。
冥府で働く者は鬼と呼ばれる者たちで、人の姿をした者から異形の者まで様々だ。
今日も冥府は、死神から送られてきた魂と獄卒達で賑わっている。
行き交う彼らを、北条帝(ほうじょう みかど)は、冥府の主が住まう屋敷の屋根に座って眺めていた。
背中まで伸ばした輝く金色の髪を首の後ろで縛り、瞳は澄み切った水色。
見た目は外の国の者だが、本人日本人である。千年前までは。
千年前、人として生を受けた彼は罪を犯し、鬼となって二度と人に戻れぬ罰を背負った。
今は冥府の鬼として、冥府の主の孫に仕えている。
よくサボるけど。
上司から色々と仕事を渡されているが、今もサボってのんびりとしている。
そろそろ、仕事しようかと思った矢先、鈍い痛みが脳天を襲った。
「イッタ!」
脳天から頭全体へ、痛みが広がる。
頭を押さえながら、誰がやったのかと背後を確認すると、墨染色の衣が目に入った。
見慣れた色の衣に、痛みとは別の目眩がする。
これは間違いなく、上司である閻魔大王の孫、閻魔王太子の物だ。
顔に巻いたサラシから覗く赤い瞳が怖い。
見た目の歳は二十に届かないのに、大人も腰を抜くほどの威圧感がある。
上司の通称は、篁(たかむら)。王太子という職の傍ら、狩鬼の篁という職もしていて、鬼達からそう呼ばれる。本名は、限られた者にしか明かしていない。
篁は、帝を見下ろしながら、口を開いた。
「何してるんだ?お前」
冷たい声音が、降ってくる。
上司から少し離れながら、口を開いた。
「んーちょっと息抜きに、新鮮な空気を吸ってたんだよ。殴るなんて酷いじゃないか、篁君」
「仕事は?」
帝の話を無視して、篁は問う。
相変わらず冗談が通じないと、帝は肩をすくめながら、質問に答えた。
「闇鬼ならちゃんと探してますよ」
「やってるように見えないが?」
「今来たばかりだからでしょー!さっきまで、千里眼を使って、ヒーヒー言いながら探してたんだからー!」
「……」
「何その冷たい反応!?もしかして篁君、信じてない!?」
「お前の話は、どんな話も信用出来ない」
冷たく言い放たれた言葉に、殴られた時とは別の衝撃が、帝を襲う。
常日頃から鬼達に対して容赦ない上司だが、自分に対する当たりは更に厳しい。
それを、帝は愛情の裏返しと思っていたが、時々本当に挫けそうになる。
今も、目から涙が出そうだ。
「うぅっ、辛い……」
「言ってる場合か。行くぞ。事は急を要するんだ」
軽やかな動作で屋根から降り、冥界の闇の中へ姿を消す。
現世の世界へ戻って、闇鬼を探しに行ったのだろう。
仕事熱心な上司だと、帝は苦笑して彼の後を追った。