狐と死神の恋愛事情



 ◇  ◇  ◇


 ぼちゃんと、そいつは池に落ちてきた。


 ◇  ◇  ◇



 空が、海と同じ青から、みかん色のオレンジに変わる頃。
 神也は、家の近くにある稲荷神社の池の畔(ホトリ)に来ていた。
 畔には、大きなイチョウの木が有り、葉が青々と茂っている。
 この葉も、秋には黄色になり、散っていくのだろう。そう。自分の恋みたいに。
 この度、神無月神也は失恋をしてしまった。
 同じ学校の同級生に片思いをしていたのだが、友人の拓(タク)にその事を話した所、その子には既に相手がいるそうだ。
 短い恋だった。
 気落ちした神也は心を癒すため、昔から来ている居心地の良いこの池に来ていた。
 空の色と同じように、だんだんと変わっていく池の水面をぼーっと見ていると、何かが空から降ってきた。
 降ってきたと言うより、落ちてきたと言うべきか。
 水面に出来た波紋をじっと見ていると、そこから白い毛を持った狐が顔を出す。
 神也は目を見開く。
 ぴゅーっと、口から水を吐いた狐は「落ちちゃったよ、ちくしょー」と、ぶつぶつ呟きながら陸に上がり、ぶるぶると体を震わせて水滴を落とす。
 目の前で起きている光景に、開いた口が塞がらない。
 どれほど、そうしていただろう。
 なんと、狐の方から、声をかけてきた。

「よっ!そんな所で何してるんだ?良い子は早く家に帰らないと、ほら、町の防災無線も言ってるぞ」

 狐に言われて、初めて無線が鳴っている事に気付く。
 無線からは、「早くお家に帰りましょう」と、流れた所だった。
 こんな摩訶不思議な物を見て、真っ直ぐ家に帰れるわけないじゃないか。

「狐が、喋ってる」

「おう!喋れるぞ。オイラは、そんじょそこらの狐と違うからな」

 お座りをし、わしゃわしゃと後ろ足で首の後ろを掻きながら、狐は言う。
 池に落ちて、多少泥で汚れてしまったものの、改めて見ると、全身真っ白な毛で覆われている。
 唯一白くないのは目だ。この狐の目は、銀色だった。
 髪も目も、真っ黒な神也とは正反対である。
 コイツ本当に……。

「狐なのか?」

「狐だぞ」

 何回言えば分かるんだと、狐は立腹する。
 腰を上げ、神也の正面に立つと、偉そうな口振りで名を名乗った。

「オイラは白真(ハクマ)、白狐の白真だ!」

 白狐とは、人々に幸福をもたらすと言われている狐の神様だ。
 と、胸を張って、(四本足で立っているから、張って見えないが)、そう力説する。
 聞いてもいないのに、ペラペラと自分の事を話すとは、余程のお喋り好きなのだろう。
 じとっとした目で見られているにも関わらず、狐はこの神社は云々、この毛並みは云々と話している。
 ここで、「何で喋れるんだ?」と質問すると、更に喋ると思うので、神也は狐を置いてその場を後にした。
 境内の隅に置いてある自転車を出しながら、チラリと狐を見やる。
 狐はまくし立てるように、神社について説明していた。

「こんな事もあるんだな」

 背中に狐の声を受けながら、神也はペダルを踏み込んだ。




「で、この木なんだけど……あれ?いねぇ!」

 どこに行った、あの野郎!
 狐の声は、虚しく空に響き渡った。
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