BL 恋人みたいなふりをして
Day9 神隠し お地蔵様の菩薩力
寺子屋の子どもたちはお地蔵様のふわふわとした白い雲に乗って、現世を散歩するのが日課でもあった。
秋の現世は、赤や黄色、橙色等の暖かい色に満ちている。寺子屋の子どもたちは、昭和の初めに生まれた子から平成の中期に生まれた子が多く、令和生まれで寺子屋でお勉強している子はまだいない。
現世の様子は、日々変わって行く。その変わり行く世界を見せながら、情報を更新させていくのもまた勉強の一つだ。
今日は紅葉に包まれた小さな山へと連れて来ていた。
近くにキャンプ場はあるものの住宅街からは遠く、強い神がいる神社や寺もない。
お地蔵様は、子どもたちがはぐれないよう、見えない網で丘を囲む。これで、楽しいお勉強の時間は誰にも邪魔されない。
子どもたちはお地蔵様が見える場所で、きゃっきゃと落ち葉を拾い、どんぐりを見つけては、その数を競っている。
暖かな、午後の風景だ。
と、思っていた。
「お地蔵様ー」
いつもお地蔵様にあれこれと質問する女の子の一人が、とたとたと駆け寄ってくる。
お地蔵様は「どうしたの?」と、少女と目線を合わせた。
「あっちで女の子が泣いてるの」
「誰かと喧嘩でもした? それとも怪我かな?」
お地蔵様の問いかけに、女の子は首を横に振る。
「違うの。なんかねえ、迷子みたい」
お地蔵様は女の子に案内されて、山の奥へと進む。
泣いている女の子は、お地蔵様が居た場所からそう遠くない場所で居り、ぺたんと座り込んだまま、えんえんと泣いている。
目も頬っぺたも、涙でべしょべしょだ。
女の子には寺子屋の子どもたちの姿は見えてないらしく、近くに居た男の子が気遣う言葉をかけても反応がない。
お地蔵様は、女の子に自分の姿が見えるよう術をかけてから、自分の膝を折り、視線を合わせる。
「どうしましたか? お嬢さん」
びくりと、女の子の肩が跳ねる。
まさかこんな場所で誰かと会えるとは思っていなかったのだろう。
ぱちぱちと瞬きをしてから、またボロボロと涙をこぼし「まま…………ままが、いない」と口にする。
「そっか、そっか」と、言葉を返しつつ、お地蔵様は女の子の様子を確認した。
見たところ、人間の女の子で生者である。服装は登山用の服だ。キャンプ場へ家族と遊びに来ていたのだろうと察する。怪我をしている様子も、重い病を発症している様子も無い。強いて言うなら、低体温症になりかけていることだろうか。
そして、彼女の背中に引っ付くようにして伸ばされた赤い糸が、お地蔵様には見えていた。女の子の小指にある結びの糸は、この先出会うであろう人間の小指としっかり結ばれている。
では、この引っ付いている糸はなんなのか。
縁結びを任されているお地蔵様は、糸を辿らずとも一目で見抜く。
「(今にも信仰が途絶えそうな、神か仏の仕業か)」
女の子に引っ付いた糸は、山の外、今いる山のさらに奥にある山からのばされている。心ない神か仏は女の子の意識を乗っ取り、糸を使って山奥へ引き寄せていた。が、その間にお地蔵様が網で山を囲った為、導けなくなったのだ。意識を取り戻し、自分の状況がわからない子どもは取り乱して当然だ。
「大丈夫。今からママのところに帰してあげるからね」
お地蔵様は、女の子の背中を撫でつつ神の糸を外し、自分の手に巻き付ける。
「よしよし」と声をかけながら、糸に火を着けた。
◆ ◆ ◆
「お地蔵様」
寺子屋の子どもたちと戻って来て早々に、ここの所、自分から話しかける機会が減っていた美しい獄卒が、お地蔵様を引き留める。
眉間にはしわが寄り、むすりと難しい表情をしている。
怒ってると美人が台無しだよなと思う反面、彼が怒っている表情はなんとなく愛らしさもあって、ついつい弄りたくなってしまう。
「何か用かい?」と問いかければ、獄卒は苦々しげに口を開いた。
「先ほど、何者かによってとある土地神の祠が焼かれたと報告があったのですが、どなたのせいかご存知ですか?」
獄卒が投げた質問に、お地蔵様はわざとらしく首を傾げた。
「さあ? 知らないね」
寺子屋の子どもたちはお地蔵様のふわふわとした白い雲に乗って、現世を散歩するのが日課でもあった。
秋の現世は、赤や黄色、橙色等の暖かい色に満ちている。寺子屋の子どもたちは、昭和の初めに生まれた子から平成の中期に生まれた子が多く、令和生まれで寺子屋でお勉強している子はまだいない。
現世の様子は、日々変わって行く。その変わり行く世界を見せながら、情報を更新させていくのもまた勉強の一つだ。
今日は紅葉に包まれた小さな山へと連れて来ていた。
近くにキャンプ場はあるものの住宅街からは遠く、強い神がいる神社や寺もない。
お地蔵様は、子どもたちがはぐれないよう、見えない網で丘を囲む。これで、楽しいお勉強の時間は誰にも邪魔されない。
子どもたちはお地蔵様が見える場所で、きゃっきゃと落ち葉を拾い、どんぐりを見つけては、その数を競っている。
暖かな、午後の風景だ。
と、思っていた。
「お地蔵様ー」
いつもお地蔵様にあれこれと質問する女の子の一人が、とたとたと駆け寄ってくる。
お地蔵様は「どうしたの?」と、少女と目線を合わせた。
「あっちで女の子が泣いてるの」
「誰かと喧嘩でもした? それとも怪我かな?」
お地蔵様の問いかけに、女の子は首を横に振る。
「違うの。なんかねえ、迷子みたい」
お地蔵様は女の子に案内されて、山の奥へと進む。
泣いている女の子は、お地蔵様が居た場所からそう遠くない場所で居り、ぺたんと座り込んだまま、えんえんと泣いている。
目も頬っぺたも、涙でべしょべしょだ。
女の子には寺子屋の子どもたちの姿は見えてないらしく、近くに居た男の子が気遣う言葉をかけても反応がない。
お地蔵様は、女の子に自分の姿が見えるよう術をかけてから、自分の膝を折り、視線を合わせる。
「どうしましたか? お嬢さん」
びくりと、女の子の肩が跳ねる。
まさかこんな場所で誰かと会えるとは思っていなかったのだろう。
ぱちぱちと瞬きをしてから、またボロボロと涙をこぼし「まま…………ままが、いない」と口にする。
「そっか、そっか」と、言葉を返しつつ、お地蔵様は女の子の様子を確認した。
見たところ、人間の女の子で生者である。服装は登山用の服だ。キャンプ場へ家族と遊びに来ていたのだろうと察する。怪我をしている様子も、重い病を発症している様子も無い。強いて言うなら、低体温症になりかけていることだろうか。
そして、彼女の背中に引っ付くようにして伸ばされた赤い糸が、お地蔵様には見えていた。女の子の小指にある結びの糸は、この先出会うであろう人間の小指としっかり結ばれている。
では、この引っ付いている糸はなんなのか。
縁結びを任されているお地蔵様は、糸を辿らずとも一目で見抜く。
「(今にも信仰が途絶えそうな、神か仏の仕業か)」
女の子に引っ付いた糸は、山の外、今いる山のさらに奥にある山からのばされている。心ない神か仏は女の子の意識を乗っ取り、糸を使って山奥へ引き寄せていた。が、その間にお地蔵様が網で山を囲った為、導けなくなったのだ。意識を取り戻し、自分の状況がわからない子どもは取り乱して当然だ。
「大丈夫。今からママのところに帰してあげるからね」
お地蔵様は、女の子の背中を撫でつつ神の糸を外し、自分の手に巻き付ける。
「よしよし」と声をかけながら、糸に火を着けた。
◆ ◆ ◆
「お地蔵様」
寺子屋の子どもたちと戻って来て早々に、ここの所、自分から話しかける機会が減っていた美しい獄卒が、お地蔵様を引き留める。
眉間にはしわが寄り、むすりと難しい表情をしている。
怒ってると美人が台無しだよなと思う反面、彼が怒っている表情はなんとなく愛らしさもあって、ついつい弄りたくなってしまう。
「何か用かい?」と問いかければ、獄卒は苦々しげに口を開いた。
「先ほど、何者かによってとある土地神の祠が焼かれたと報告があったのですが、どなたのせいかご存知ですか?」
獄卒が投げた質問に、お地蔵様はわざとらしく首を傾げた。
「さあ? 知らないね」