BL 恋人みたいなふりをして
Day6 どんぐり 穏やかさに隠された
パーカーの袖にすっぽりと覆われた腕の中で、二本の尾を持つ猫又がゴロゴロと喉を鳴らす。
元々はキジトラ柄の猫だったのだろう。猫の毛並みはキジに似た色に黒い縞模様がのっていた。
銀杏並木を歩いていた時に偶々見つけた、この辺りを縄張りにする猫又であった。話しかけてみたら秒でなつかれて、今獄卒の腕の中に収まっている。
空から降るのは、扇形の黄金色。降り積もった黄金色が、アスファルトの灰色を埋め尽くして、歩けばサクサクと音が鳴る。
秋の色に満ちた、現世での休日。のんびりまったりとした緩やかな雰囲気に、心をほっこりとさせ、日頃の疲れが身体の内側から出ていく。
「あ、直(あたい)くーん、あっちに喫茶店があるよ。洋菓子がメインのお店だって」
そう、この男さえ居なければ。
この男こと、子どもたちのヒーロー地蔵菩薩は、にこにこと人に好かれる笑みを見せて、隣を歩く優男は並木の先に見える喫茶店を指差す。ただの人間では、店先にある看板を見ることは出来ない距離であるが、獄卒と菩薩にはしっかりはっきりと、店の看板も、店先に置かれたメニューのサンプルも読めている。
店はよくみかける、暖かみのある喫茶店だ。お店の名前はどんぐり。秋だからか、メニューの周囲には銀杏の葉やどんぐり、栗などに切り抜かれた画用紙が散りばめられている。季節のパフェがオススメらしく、メニュー表の表紙を陣取っていた。
獄卒は、片眉をつり上げた。
「…………行きませんよ」
「何で⁉ 甘いもの好きでしょう⁉」
「いや、だって……」
一歩二歩と、獄卒は優男から、通りの先に見える喫茶店から後退する。
獄卒の反応に、地蔵菩薩は首を傾げる。
「何? 洋菓子は駄目な子だっけ?」
「いえ、洋菓子は平気です。そうではなくてですね……」
あーとかうーとか唸りつつ、獄卒は観念した様子で口を開いた。
「お洒落な喫茶店に顔の良いあなたと行ったら、デートしてると思われるじゃないですか。ただでさえ、以前の行いで誤解されるのに。……どこで八百万の神が見てるかわからないんですよ、現世は」
ふいっとそっぽを向いて、獄卒は口にする。
頬っぺたがやけに熱い。
猫又を片腕で抱え直し、ごしごしとパーカーの袖で頬を擦る。
「……一緒に歩くのは平気なのに?」
一連の動作をしている間に、地蔵菩薩が問いかける。
「…………歩く分には平気です。仕事でも歩くことがあるでしょう」
「でも、一緒にお茶はできないと?」
「……時と場合によります。少なくとも現世ではダメです、まじで。変な噂が広まったら嫌だし、それに恥ずかしい……」
洋菓子には興味あるけれど。
現世の神は、本当にどこにでもいるのだ。地蔵菩薩だって、化身をあちこちに置いている。
今日も冥府から出て早々に彼の化身と出会し、「仲がよろしいのですねえ」と笑われた。
猫又を抱え直し、たっぷりと毛が生えた背中を幾度も撫でる。
心がなんだかざわざわする。
別に悪いことをしたわけではないのに、悪いことをしたみたいな気分に陥っているのはなんでだろうか。
獄卒が悶々ぐるぐるとしつつ、猫又を可愛がっていると、落ち着き払った声音が落ちてくる。
「それは君の…………自業自得ってやつだねえ」
息を詰めて、地蔵菩薩からそらしていた視線を戻す。
子どもたちのヒーローは、その優しい顔立ちに微笑みを湛えたまま、獄卒を静かに、けれど鋭利に見つめていた。
パーカーの袖にすっぽりと覆われた腕の中で、二本の尾を持つ猫又がゴロゴロと喉を鳴らす。
元々はキジトラ柄の猫だったのだろう。猫の毛並みはキジに似た色に黒い縞模様がのっていた。
銀杏並木を歩いていた時に偶々見つけた、この辺りを縄張りにする猫又であった。話しかけてみたら秒でなつかれて、今獄卒の腕の中に収まっている。
空から降るのは、扇形の黄金色。降り積もった黄金色が、アスファルトの灰色を埋め尽くして、歩けばサクサクと音が鳴る。
秋の色に満ちた、現世での休日。のんびりまったりとした緩やかな雰囲気に、心をほっこりとさせ、日頃の疲れが身体の内側から出ていく。
「あ、直(あたい)くーん、あっちに喫茶店があるよ。洋菓子がメインのお店だって」
そう、この男さえ居なければ。
この男こと、子どもたちのヒーロー地蔵菩薩は、にこにこと人に好かれる笑みを見せて、隣を歩く優男は並木の先に見える喫茶店を指差す。ただの人間では、店先にある看板を見ることは出来ない距離であるが、獄卒と菩薩にはしっかりはっきりと、店の看板も、店先に置かれたメニューのサンプルも読めている。
店はよくみかける、暖かみのある喫茶店だ。お店の名前はどんぐり。秋だからか、メニューの周囲には銀杏の葉やどんぐり、栗などに切り抜かれた画用紙が散りばめられている。季節のパフェがオススメらしく、メニュー表の表紙を陣取っていた。
獄卒は、片眉をつり上げた。
「…………行きませんよ」
「何で⁉ 甘いもの好きでしょう⁉」
「いや、だって……」
一歩二歩と、獄卒は優男から、通りの先に見える喫茶店から後退する。
獄卒の反応に、地蔵菩薩は首を傾げる。
「何? 洋菓子は駄目な子だっけ?」
「いえ、洋菓子は平気です。そうではなくてですね……」
あーとかうーとか唸りつつ、獄卒は観念した様子で口を開いた。
「お洒落な喫茶店に顔の良いあなたと行ったら、デートしてると思われるじゃないですか。ただでさえ、以前の行いで誤解されるのに。……どこで八百万の神が見てるかわからないんですよ、現世は」
ふいっとそっぽを向いて、獄卒は口にする。
頬っぺたがやけに熱い。
猫又を片腕で抱え直し、ごしごしとパーカーの袖で頬を擦る。
「……一緒に歩くのは平気なのに?」
一連の動作をしている間に、地蔵菩薩が問いかける。
「…………歩く分には平気です。仕事でも歩くことがあるでしょう」
「でも、一緒にお茶はできないと?」
「……時と場合によります。少なくとも現世ではダメです、まじで。変な噂が広まったら嫌だし、それに恥ずかしい……」
洋菓子には興味あるけれど。
現世の神は、本当にどこにでもいるのだ。地蔵菩薩だって、化身をあちこちに置いている。
今日も冥府から出て早々に彼の化身と出会し、「仲がよろしいのですねえ」と笑われた。
猫又を抱え直し、たっぷりと毛が生えた背中を幾度も撫でる。
心がなんだかざわざわする。
別に悪いことをしたわけではないのに、悪いことをしたみたいな気分に陥っているのはなんでだろうか。
獄卒が悶々ぐるぐるとしつつ、猫又を可愛がっていると、落ち着き払った声音が落ちてくる。
「それは君の…………自業自得ってやつだねえ」
息を詰めて、地蔵菩薩からそらしていた視線を戻す。
子どもたちのヒーローは、その優しい顔立ちに微笑みを湛えたまま、獄卒を静かに、けれど鋭利に見つめていた。