BL 恋人みたいなふりをして
Day4 紙飛行機 ただの負けず嫌い
「閻魔大王様をはじめとする十王様から、寺子屋に通う君たちへ贈り物です」
きちんと整列して三角座りをする子どもたちを前にして、お地蔵様は和柄の包装紙で彩られた紙箱を持つ。
閻魔大王からの差し入れと聞いて、寺子屋の子どもたちは目を輝かせた。
閻魔大王は好好爺としたお爺さんだ。大人の亡者には厳しいけれど、子どもたちには亡者も獄卒の子どもも関係なく優しいお爺さんだ。女癖が悪いと大王の孫である王太子様がお爺さんの尻を叩いているけれど、子どもたちには関係のないところである。
今日の差し入れはなんだろうか。
先日は、ポンデなライオンで有名なドーナッツを沢山差し入れてくれた。沢山あったおかげで、喧嘩にならなかったどころかおかわりをする余裕もあったほどだ。
「あの箱の形状から、饅頭とみて間違いない」
「いいや、僕はバームクーヘンを推すね」
「違うわ、クッキーよ。デパートで売ってるような高級なクッキー」
「マドレーヌがいいなあー」
子どもたちの間で、ひそひそと箱の中身を予想する声が出る。
「みんな食いしん坊だなあ」と、菩薩は苦笑をこぼしつつ、「じゃあさっそく、蓋を開けてみましょう」と大袈裟に投げてから、ぱかりと四角い蓋を開ける。
中に入っていたのは、和柄模様の折り紙と色とりどりの無地の折り紙だ。
中身を確認した途端、子どもたちの顔から華やかさが消え、無になる。
無になった顔になる目で、彼らは言っていた。
「なあーんだ。ただの折り紙か」と。
えっへんと、一度咳払いをしてから、お地蔵様は言葉を続けた。
「いいですか、皆さん。寺子屋が出来るまで、君たちみたいに親よりも先に亡くなった子どもたちは、来る日も来る日も河原で石積みをしていました。寺子屋ができてからは、石積みの時間を設けつつ、この将来(さき)、転生先の現世もしくはスカウト先の冥府でしっかりと生きて行けるように、学問や遊びの時間を取り入れたわけです。というわけで、今日は折り紙を使って、頭を働かせましょう」
お地蔵様が説明しても、子どもたちの反応は大きく変わらない。
じーーーーっとりと湿った視線を送る子どもたちに、菩薩は付け加えた。
「ただ折り紙するだけじゃつまらないよね。うーんそうだなあー。紙飛行機で一番長く飛んだ子から、この……」
がさりと、とあるテーマパークのショッピングバッグから、アヒルのキャラクターが描かれた紙箱を取り出す。
「チョコクランチをあげます」
子どもたちの目に輝きが戻った。
◆ ◆ ◆
河原の方から、子どもたちのわいわいとした賑やかな声がする。
三途の川と現世の境目にある高等学校から、冥府の奥深くにある五道転輪王の裁判所へ戻る予定だった課長はピタリと足を止めた。
寺子屋の校庭で、子どもたちが走り回っているかと思えば、ひらひらとろとろと、色とりどりの紙飛行機が宙を飛んでいる。
一直線にすいすい飛んでいくもの。
旋回してから地面に胴体着陸するもの。
投げる時に力が入って、鼻先から墜落するもの。
空中で一回転してから落ちるもの。
投げた紙飛行機の反応を見るたびに、子どもたちは大きな声で飛んだ落ちたと感想を述べる。
いつもなら素通りするところであるが、子どもたちに混ざって紙飛行機を飛ばす地蔵菩薩が目に留まり、課長の足先は自然と彼の方へと向けられた。
「お地蔵様」
声をかけると、地蔵菩薩はいつもの柔らかで胡散臭い笑みを見せながら「やあ」と片手を軽くあげる。
「仕事かい?」
「高校の屋上が傷んで来たから見てほしいと言われて、行って来たところです。で、これはなんの騒ぎですか?」
「閻魔様たちから子どもたちに折り紙の差し入れがあってね。みんなで紙飛行機作って、誰が一番長く飛ばせるか競争してたの」
「みんな直ぐ落ちてしまって、あーでもないこーでもないと試行錯誤中だよ」と、お地蔵様は課長に教える。
「君もやってみる?」
「私は、」
遠慮すると続けようとしたところで、地蔵菩薩の顔に不敵な色が広がる。
持っていた紙飛行機を、地蔵菩薩は手首を緩く動かして宙に飛び立たせた。
お地蔵様が投げたそれは、弧を描きつつ緩やかに飛び、ゆっくりと地面へ戻ってくる。飛んでいた時間は子どもたちが作った紙飛行機よりも明らかに長い。
「…………私に勝てる自信がない?」
課長の片眉がつり上がる。
獄卒の表情の変化を楽しみながら、地蔵菩薩は唇を動かした。
「私の飛行機よりも長く飛べたら、君のお願いを聞こう。例えばそうだなあ、付きまといをやめるとか?」
「付きまとってる自覚あったのか」という突っ込みは喉の奥に押し込んで、課長は箱の中にある折り紙に手を伸ばした。
正方形の紙を三角の形でぴっと半分に折ったところで、課長は閃く。
「……こういうのは、実際に空を飛ぶ人に伺ってみた方がいいですよね」
「…………?」
「やっほーーーー! みんなこんにちはーーーー! 獄卒のエナガちゃんでーーーーす!」
黒い四足歩行の獣の頭上で、白い毛玉に似た小鳥が名を名乗る。
獣は明らかに迷惑そうな表情をしているが、小鳥はお構い無しでぴょこぴょこと羽根を動かした。
一羽と一匹を見下ろしながら、お地蔵様は課長へ問う。
「誰だっけ?」
「私の部下です。不喜処で働いているシマエナガのエナガちゃんと、エジプトから出向しているアヌビス様です」
「エジプトの神がなぜ冥府(ここ)に?」
「なんだっていいじゃないですか。愛らしく雄々しい方ですし」
大人二人が会話を交わしている間に、子どもたちがアヌビスとエナガちゃんに寄ってきて、毛並みを確かめるようにもふもふと触り始める。
「早速ですが、エナガちゃん。空を飛ぶこつってありますか?」
課長がエナガに問う。
エナガはうーんと悩んだ後で、ばっと羽根を広げた。
「こう……ぐわって感じで飛べばいいんだよ!」
「聞きましたか皆さん。ぐわって感じで飛ばしてください」
課長は、真面目な表情を崩さずにエナガの言葉を繰り返し、子どもたちに伝える。
子どもたちの頭にはクエスチョンマークが浮かび、地蔵菩薩も笑顔のまま表情が固まった。
しばし間をあけて、ゆっくりと口を開く。
「うん、何言ってるのか全然わからない。全然わからないけど」
斜め上の行動をする君の事は嫌いじゃないよ。
「閻魔大王様をはじめとする十王様から、寺子屋に通う君たちへ贈り物です」
きちんと整列して三角座りをする子どもたちを前にして、お地蔵様は和柄の包装紙で彩られた紙箱を持つ。
閻魔大王からの差し入れと聞いて、寺子屋の子どもたちは目を輝かせた。
閻魔大王は好好爺としたお爺さんだ。大人の亡者には厳しいけれど、子どもたちには亡者も獄卒の子どもも関係なく優しいお爺さんだ。女癖が悪いと大王の孫である王太子様がお爺さんの尻を叩いているけれど、子どもたちには関係のないところである。
今日の差し入れはなんだろうか。
先日は、ポンデなライオンで有名なドーナッツを沢山差し入れてくれた。沢山あったおかげで、喧嘩にならなかったどころかおかわりをする余裕もあったほどだ。
「あの箱の形状から、饅頭とみて間違いない」
「いいや、僕はバームクーヘンを推すね」
「違うわ、クッキーよ。デパートで売ってるような高級なクッキー」
「マドレーヌがいいなあー」
子どもたちの間で、ひそひそと箱の中身を予想する声が出る。
「みんな食いしん坊だなあ」と、菩薩は苦笑をこぼしつつ、「じゃあさっそく、蓋を開けてみましょう」と大袈裟に投げてから、ぱかりと四角い蓋を開ける。
中に入っていたのは、和柄模様の折り紙と色とりどりの無地の折り紙だ。
中身を確認した途端、子どもたちの顔から華やかさが消え、無になる。
無になった顔になる目で、彼らは言っていた。
「なあーんだ。ただの折り紙か」と。
えっへんと、一度咳払いをしてから、お地蔵様は言葉を続けた。
「いいですか、皆さん。寺子屋が出来るまで、君たちみたいに親よりも先に亡くなった子どもたちは、来る日も来る日も河原で石積みをしていました。寺子屋ができてからは、石積みの時間を設けつつ、この将来(さき)、転生先の現世もしくはスカウト先の冥府でしっかりと生きて行けるように、学問や遊びの時間を取り入れたわけです。というわけで、今日は折り紙を使って、頭を働かせましょう」
お地蔵様が説明しても、子どもたちの反応は大きく変わらない。
じーーーーっとりと湿った視線を送る子どもたちに、菩薩は付け加えた。
「ただ折り紙するだけじゃつまらないよね。うーんそうだなあー。紙飛行機で一番長く飛んだ子から、この……」
がさりと、とあるテーマパークのショッピングバッグから、アヒルのキャラクターが描かれた紙箱を取り出す。
「チョコクランチをあげます」
子どもたちの目に輝きが戻った。
◆ ◆ ◆
河原の方から、子どもたちのわいわいとした賑やかな声がする。
三途の川と現世の境目にある高等学校から、冥府の奥深くにある五道転輪王の裁判所へ戻る予定だった課長はピタリと足を止めた。
寺子屋の校庭で、子どもたちが走り回っているかと思えば、ひらひらとろとろと、色とりどりの紙飛行機が宙を飛んでいる。
一直線にすいすい飛んでいくもの。
旋回してから地面に胴体着陸するもの。
投げる時に力が入って、鼻先から墜落するもの。
空中で一回転してから落ちるもの。
投げた紙飛行機の反応を見るたびに、子どもたちは大きな声で飛んだ落ちたと感想を述べる。
いつもなら素通りするところであるが、子どもたちに混ざって紙飛行機を飛ばす地蔵菩薩が目に留まり、課長の足先は自然と彼の方へと向けられた。
「お地蔵様」
声をかけると、地蔵菩薩はいつもの柔らかで胡散臭い笑みを見せながら「やあ」と片手を軽くあげる。
「仕事かい?」
「高校の屋上が傷んで来たから見てほしいと言われて、行って来たところです。で、これはなんの騒ぎですか?」
「閻魔様たちから子どもたちに折り紙の差し入れがあってね。みんなで紙飛行機作って、誰が一番長く飛ばせるか競争してたの」
「みんな直ぐ落ちてしまって、あーでもないこーでもないと試行錯誤中だよ」と、お地蔵様は課長に教える。
「君もやってみる?」
「私は、」
遠慮すると続けようとしたところで、地蔵菩薩の顔に不敵な色が広がる。
持っていた紙飛行機を、地蔵菩薩は手首を緩く動かして宙に飛び立たせた。
お地蔵様が投げたそれは、弧を描きつつ緩やかに飛び、ゆっくりと地面へ戻ってくる。飛んでいた時間は子どもたちが作った紙飛行機よりも明らかに長い。
「…………私に勝てる自信がない?」
課長の片眉がつり上がる。
獄卒の表情の変化を楽しみながら、地蔵菩薩は唇を動かした。
「私の飛行機よりも長く飛べたら、君のお願いを聞こう。例えばそうだなあ、付きまといをやめるとか?」
「付きまとってる自覚あったのか」という突っ込みは喉の奥に押し込んで、課長は箱の中にある折り紙に手を伸ばした。
正方形の紙を三角の形でぴっと半分に折ったところで、課長は閃く。
「……こういうのは、実際に空を飛ぶ人に伺ってみた方がいいですよね」
「…………?」
「やっほーーーー! みんなこんにちはーーーー! 獄卒のエナガちゃんでーーーーす!」
黒い四足歩行の獣の頭上で、白い毛玉に似た小鳥が名を名乗る。
獣は明らかに迷惑そうな表情をしているが、小鳥はお構い無しでぴょこぴょこと羽根を動かした。
一羽と一匹を見下ろしながら、お地蔵様は課長へ問う。
「誰だっけ?」
「私の部下です。不喜処で働いているシマエナガのエナガちゃんと、エジプトから出向しているアヌビス様です」
「エジプトの神がなぜ冥府(ここ)に?」
「なんだっていいじゃないですか。愛らしく雄々しい方ですし」
大人二人が会話を交わしている間に、子どもたちがアヌビスとエナガちゃんに寄ってきて、毛並みを確かめるようにもふもふと触り始める。
「早速ですが、エナガちゃん。空を飛ぶこつってありますか?」
課長がエナガに問う。
エナガはうーんと悩んだ後で、ばっと羽根を広げた。
「こう……ぐわって感じで飛べばいいんだよ!」
「聞きましたか皆さん。ぐわって感じで飛ばしてください」
課長は、真面目な表情を崩さずにエナガの言葉を繰り返し、子どもたちに伝える。
子どもたちの頭にはクエスチョンマークが浮かび、地蔵菩薩も笑顔のまま表情が固まった。
しばし間をあけて、ゆっくりと口を開く。
「うん、何言ってるのか全然わからない。全然わからないけど」
斜め上の行動をする君の事は嫌いじゃないよ。