BL 恋人みたいなふりをして
Day15 おやつ 素直になれなくて
丹桂(たんけい)は獄卒(しゅじん)の部屋にある寝台に上がり、身体を丸めてうとうとと微睡んでいた。
この世界は余計な音が無いので、昼ものびのびと寝られる。暖かい日差しが無いのは寂しいが、昼寝の妨げとなる大きな音がないので、起こされることもない。
獄卒が住まうお屋敷は実家だ。そこには、獄卒の父母と、十歳と五歳と一歳児が住んでいるのだが、なにぶんお屋敷が見渡せないほど大きいので、子どもたちがはしゃぐ声も聞こえない。ここに越してきたばかりの丹桂にとって、獄卒の部屋と居間と玄関以外は未知の領域だ。
近いうちに、お屋敷の中を歩き回るのもありか。
そんな事を考えながら、ぺろぺろと前足を嘗めていると、小さな子どもの声と獄卒の声が耳に届く。
「ねえねえ、兄(あに)さま! 今日はわたしが【たんたん】におやつあげていーい?」
「いいですけど、爪を出されそうになったら直ぐ逃げるんですよ」
【たんたん】ではない【丹桂】である。
ぐるりと首を巡らせると同時に、部屋の扉が開く。
入室してきたのはこの部屋の主人と、主人の腰にようやく背が届くか届かないかくらいの幼い女の子だ。女の子の方は、丹桂も最近になって顔を覚えた。五歳になったばかりの、獄卒の妹である。
「名前はなんといったかな」と、丹桂が目を細めていると、女の子が早速寝台にいる丹桂を発見し、歩み寄ってきた。
「たんたん元気ー? おやつだよー!」
【おやつ】という単語に、丹桂の耳がピクリと動く。
いかん、いかんぞ丹桂。と、丹桂は頭を降った。
この丹桂、獄卒(しゅじん)以外からの施しは受けぬ。
丹桂は、つんっと、顔をそらして、ぺろぺろと脇腹の毛を嘗める。
「ほらー! たんたんの好きなちゅーるだよー」
ぴたりと、丹桂は動きを止める。
そして、女の子からそらしていた顔を元に戻した。
「にゃあ?」
ちゅ、ちゅーるだと……⁉
貴様、なぜ丹桂のちゅーるを持っているのだ⁉
丹桂が動きを止めている間に、女の子は細長い筒の端を切り、中に入っているおやつをにゅるにゅると出す。
「ほーら、ちゅーるだよー」
「にゃあ……にゃぁあ……」
この丹桂、この世に生を受けて数百年。地獄に越してきて数週間。
獄卒以外からの施しは受けぬ、気高き猫又。
そう簡単に、獄卒以外からおやつをもらうなど、その辺にいる飼い猫と変わらぬ。
変わらぬが、ちゅーるは食べたい。好き。食べたい。
ぐぬぬと、ちゅーるを食べたい気持ちと、気高き気持ちをぶつかり合わせている間に、女の子が首を捻った。
「兄さま、たんたんちゅーる食べないよ?」
「……お腹が空いてないのでは? 一度片付けて、また後であげなさい」
丹桂を見る獄卒の瞳が赤く輝いた気がする。
食べないと、本当に片付けるぞと言っている気がする。
丹桂は、慌てて姿勢を正した。
「にゃあにゃあ!」
食べます、食べますー!
舌を出して、ぺろぺろとおやつのちゅーるを口に運ぶ。
我慢しないで、すぐ食べればよかった。
「たんたん美味しい?」
「みゃーい、うみゃい」
ぺろぺろと動かす舌の動きが止まらない、やめられない。
「よかったねえ」
「私たちもおやつにしましょうか。お地蔵さまからいただいたクッキーがありますよ」
獄卒が、部屋の隅に置いていた棚から、クッキー缶を取り出す。
クッキー缶には、可愛らしいネズミのキャラやアヒル、犬の姿が描かれていた。おそらく、獄卒が舞浜産と呼んでいるものだろう。地蔵菩薩という男は、舞浜に足を運ぶ男なのだろうか。あそこはお地蔵さまが建っている場所ではないと思うのだが。
獄卒が、丹桂のおやつ用のお皿を持ってきて、残っているちゅーるを全てそこに移す。こうすれば、ちゅーるで手が塞がっていた女の子も手が空き、おやつを食べれるからだ。
女の子は、手を合わせてから「いただきます」と言い、クッキーを口へ運ぶ。
「お地蔵さま、兄さまにたくさんお菓子持ってくるよね。仲良しなの?」
問われた、獄卒はクッキーを一枚掴んだ状態で「どうでしょうねえ」と答えを探す。
「仲が悪かったら、今ここにクッキーはないのでしょうけど。……少なくとも、悪くない……はず。でも、お友だちの仲とはまた違う気も……」
「にゃあー」
獄卒が悩んでいる間に、ちゅーるが食べ終わってしまった。
おかわりを所望する。
お皿を前にして可愛らしく鳴いてみたが、お皿は回収され、新しいちゅーるも出て来なかった。
丹桂(たんけい)は獄卒(しゅじん)の部屋にある寝台に上がり、身体を丸めてうとうとと微睡んでいた。
この世界は余計な音が無いので、昼ものびのびと寝られる。暖かい日差しが無いのは寂しいが、昼寝の妨げとなる大きな音がないので、起こされることもない。
獄卒が住まうお屋敷は実家だ。そこには、獄卒の父母と、十歳と五歳と一歳児が住んでいるのだが、なにぶんお屋敷が見渡せないほど大きいので、子どもたちがはしゃぐ声も聞こえない。ここに越してきたばかりの丹桂にとって、獄卒の部屋と居間と玄関以外は未知の領域だ。
近いうちに、お屋敷の中を歩き回るのもありか。
そんな事を考えながら、ぺろぺろと前足を嘗めていると、小さな子どもの声と獄卒の声が耳に届く。
「ねえねえ、兄(あに)さま! 今日はわたしが【たんたん】におやつあげていーい?」
「いいですけど、爪を出されそうになったら直ぐ逃げるんですよ」
【たんたん】ではない【丹桂】である。
ぐるりと首を巡らせると同時に、部屋の扉が開く。
入室してきたのはこの部屋の主人と、主人の腰にようやく背が届くか届かないかくらいの幼い女の子だ。女の子の方は、丹桂も最近になって顔を覚えた。五歳になったばかりの、獄卒の妹である。
「名前はなんといったかな」と、丹桂が目を細めていると、女の子が早速寝台にいる丹桂を発見し、歩み寄ってきた。
「たんたん元気ー? おやつだよー!」
【おやつ】という単語に、丹桂の耳がピクリと動く。
いかん、いかんぞ丹桂。と、丹桂は頭を降った。
この丹桂、獄卒(しゅじん)以外からの施しは受けぬ。
丹桂は、つんっと、顔をそらして、ぺろぺろと脇腹の毛を嘗める。
「ほらー! たんたんの好きなちゅーるだよー」
ぴたりと、丹桂は動きを止める。
そして、女の子からそらしていた顔を元に戻した。
「にゃあ?」
ちゅ、ちゅーるだと……⁉
貴様、なぜ丹桂のちゅーるを持っているのだ⁉
丹桂が動きを止めている間に、女の子は細長い筒の端を切り、中に入っているおやつをにゅるにゅると出す。
「ほーら、ちゅーるだよー」
「にゃあ……にゃぁあ……」
この丹桂、この世に生を受けて数百年。地獄に越してきて数週間。
獄卒以外からの施しは受けぬ、気高き猫又。
そう簡単に、獄卒以外からおやつをもらうなど、その辺にいる飼い猫と変わらぬ。
変わらぬが、ちゅーるは食べたい。好き。食べたい。
ぐぬぬと、ちゅーるを食べたい気持ちと、気高き気持ちをぶつかり合わせている間に、女の子が首を捻った。
「兄さま、たんたんちゅーる食べないよ?」
「……お腹が空いてないのでは? 一度片付けて、また後であげなさい」
丹桂を見る獄卒の瞳が赤く輝いた気がする。
食べないと、本当に片付けるぞと言っている気がする。
丹桂は、慌てて姿勢を正した。
「にゃあにゃあ!」
食べます、食べますー!
舌を出して、ぺろぺろとおやつのちゅーるを口に運ぶ。
我慢しないで、すぐ食べればよかった。
「たんたん美味しい?」
「みゃーい、うみゃい」
ぺろぺろと動かす舌の動きが止まらない、やめられない。
「よかったねえ」
「私たちもおやつにしましょうか。お地蔵さまからいただいたクッキーがありますよ」
獄卒が、部屋の隅に置いていた棚から、クッキー缶を取り出す。
クッキー缶には、可愛らしいネズミのキャラやアヒル、犬の姿が描かれていた。おそらく、獄卒が舞浜産と呼んでいるものだろう。地蔵菩薩という男は、舞浜に足を運ぶ男なのだろうか。あそこはお地蔵さまが建っている場所ではないと思うのだが。
獄卒が、丹桂のおやつ用のお皿を持ってきて、残っているちゅーるを全てそこに移す。こうすれば、ちゅーるで手が塞がっていた女の子も手が空き、おやつを食べれるからだ。
女の子は、手を合わせてから「いただきます」と言い、クッキーを口へ運ぶ。
「お地蔵さま、兄さまにたくさんお菓子持ってくるよね。仲良しなの?」
問われた、獄卒はクッキーを一枚掴んだ状態で「どうでしょうねえ」と答えを探す。
「仲が悪かったら、今ここにクッキーはないのでしょうけど。……少なくとも、悪くない……はず。でも、お友だちの仲とはまた違う気も……」
「にゃあー」
獄卒が悩んでいる間に、ちゅーるが食べ終わってしまった。
おかわりを所望する。
お皿を前にして可愛らしく鳴いてみたが、お皿は回収され、新しいちゅーるも出て来なかった。