BL 恋人みたいなふりをして
Day13 うろこ雲 女の噂は移ろう雲にも似ている
神や仏が集まる天国の宮殿を、菩薩様はにこやかな笑みを浮かべた状態で歩いている。傍らには仏仲間がおり、時折言葉を交わしているようだ。
天国は常に日が昇り、青い空に雲がたなびく。さんさんと降り注ぐ日差しは暖かく、目に眩しい。
「ねえ見て、あなた。菩薩様よ」
「まあ、ほんと。今日も見目麗しいわあ」
きらびやかな天女の衣装で身を包み、髪を綺麗に結い上げた女性たちが、これまたキラキラと輝く金色の扇で顔を隠し、ひそひそと噂話に興じる。
「ねえ、あのお話本当なのかしら?」
「まあ、どのお話ですの?」
「聞かせて欲しいわ」
話を切り出した天女に、他の天女が顔を寄せる。
天女は先程よりも声量を落とし、言葉を発した。
「菩薩様と五道転輪王の嫡男の話よ。表では言い争ってばかりだと言われているけど、裏ではお二人で会われたり、菩薩様が嫡男のお部屋へ通われたりと、愛を育んでいるらしいわよ」
「まあ! そうなの?」
「ぇえ? あのお二人、江戸の頃に離縁されたのではなかったの?」
「江戸の頃に? 関ヶ原で大きな戦があった頃ではなくて?」
「離縁も何も、そもそもお付き合いされていた事も初耳だわあ!」
「ああ、だから縁談のお話があった時もお断りになられたのね! 嫡男殿!」
「嫡男の方も、地獄の鬼ながら大変美しいと聞きます」
「父君も母君も美しい方であると有名だもの」
「年始の宴では、その嫡男殿が舞を披露するのでしょう。楽しみだわあ」
天女たちの会話は途切れる事を知らない。
一つ話題を出しては、きゃっきゃと笑って、真偽が定かでない話を積み上げて行く。
彼女たちは声を潜めているのだろうが、地蔵菩薩の耳には筒抜けだ。
嘘のような本当のような話に耳を傾けていると、腹が捩れそうにもなるし、察しがいいなと褒めたくなる。
菩薩が、堪えきれなかった笑い声をこぼすと、隣を歩いていた仏が「どうした?」と投げてきた。
「いんや、なんでもない。……女心は秋の空だったなと思っただけだ」
宮殿の通路にある窓から、地蔵菩薩は空を見る。
秋の空でよくみかける雲が、形を崩しながらもふわふわと漂っていた。
「現世では天気が荒れそうだな。降り出す前に、現世で迷う子らを案内してやらねば」
「秋だからな。紅葉狩りだ、キノコ狩りだで、迷う者が多い季節だ。くれぐれも、どこかの神か仏の祠を燃やさんようにな」
仏仲間はぽんと地蔵菩薩の背中を叩いてから、自分が泊まる部屋へと戻っていく。
その背中を見送ってから、菩薩は女たちの会話へ耳を傾ける。
「ねえ、このお話は知ってる? 嫡男殿の結び糸のお話。縁結びの神様は、結び糸を繋げることはもちろん、切り離すこともできるそうよ」
「まあそうなの?」
「それでね、嫡男殿が縁談をお断りしたときに────」
しゃなりと錫杖を揺らして、地蔵菩薩は再び歩き出す。
これ以上の噂話は聞かなくてもわかる。
「『嫡男殿の結び糸が、菩薩様の指に結び付いたそうよ』って感じかな?」
自分の左手に結び付く嫡男の結び糸を見つめながら、菩薩は微笑んだ。
神や仏が集まる天国の宮殿を、菩薩様はにこやかな笑みを浮かべた状態で歩いている。傍らには仏仲間がおり、時折言葉を交わしているようだ。
天国は常に日が昇り、青い空に雲がたなびく。さんさんと降り注ぐ日差しは暖かく、目に眩しい。
「ねえ見て、あなた。菩薩様よ」
「まあ、ほんと。今日も見目麗しいわあ」
きらびやかな天女の衣装で身を包み、髪を綺麗に結い上げた女性たちが、これまたキラキラと輝く金色の扇で顔を隠し、ひそひそと噂話に興じる。
「ねえ、あのお話本当なのかしら?」
「まあ、どのお話ですの?」
「聞かせて欲しいわ」
話を切り出した天女に、他の天女が顔を寄せる。
天女は先程よりも声量を落とし、言葉を発した。
「菩薩様と五道転輪王の嫡男の話よ。表では言い争ってばかりだと言われているけど、裏ではお二人で会われたり、菩薩様が嫡男のお部屋へ通われたりと、愛を育んでいるらしいわよ」
「まあ! そうなの?」
「ぇえ? あのお二人、江戸の頃に離縁されたのではなかったの?」
「江戸の頃に? 関ヶ原で大きな戦があった頃ではなくて?」
「離縁も何も、そもそもお付き合いされていた事も初耳だわあ!」
「ああ、だから縁談のお話があった時もお断りになられたのね! 嫡男殿!」
「嫡男の方も、地獄の鬼ながら大変美しいと聞きます」
「父君も母君も美しい方であると有名だもの」
「年始の宴では、その嫡男殿が舞を披露するのでしょう。楽しみだわあ」
天女たちの会話は途切れる事を知らない。
一つ話題を出しては、きゃっきゃと笑って、真偽が定かでない話を積み上げて行く。
彼女たちは声を潜めているのだろうが、地蔵菩薩の耳には筒抜けだ。
嘘のような本当のような話に耳を傾けていると、腹が捩れそうにもなるし、察しがいいなと褒めたくなる。
菩薩が、堪えきれなかった笑い声をこぼすと、隣を歩いていた仏が「どうした?」と投げてきた。
「いんや、なんでもない。……女心は秋の空だったなと思っただけだ」
宮殿の通路にある窓から、地蔵菩薩は空を見る。
秋の空でよくみかける雲が、形を崩しながらもふわふわと漂っていた。
「現世では天気が荒れそうだな。降り出す前に、現世で迷う子らを案内してやらねば」
「秋だからな。紅葉狩りだ、キノコ狩りだで、迷う者が多い季節だ。くれぐれも、どこかの神か仏の祠を燃やさんようにな」
仏仲間はぽんと地蔵菩薩の背中を叩いてから、自分が泊まる部屋へと戻っていく。
その背中を見送ってから、菩薩は女たちの会話へ耳を傾ける。
「ねえ、このお話は知ってる? 嫡男殿の結び糸のお話。縁結びの神様は、結び糸を繋げることはもちろん、切り離すこともできるそうよ」
「まあそうなの?」
「それでね、嫡男殿が縁談をお断りしたときに────」
しゃなりと錫杖を揺らして、地蔵菩薩は再び歩き出す。
これ以上の噂話は聞かなくてもわかる。
「『嫡男殿の結び糸が、菩薩様の指に結び付いたそうよ』って感じかな?」
自分の左手に結び付く嫡男の結び糸を見つめながら、菩薩は微笑んだ。