BL 恋人みたいなふりをして
Day11 からりと 恋人のふりをして
美しい顔立ちをした獄卒の課長は、自室にある姿鏡の前で念入りに自分の姿を確認した。
暗い色のパンツ。いつも着ているサイズより一回り、二回り大きな、黒と灰色のチェックのトレーナー。履き物も、今日は雪駄ではなく足首まで隠れるサイズのスニーカーだ。
髪と同じ色のキャップを深く被って、目元が目立たない事を鏡でしっかりと確認した。
納得のいく仕上がりに「よし」という言葉が口からもれる。
どこから見ても現世の男だ。一般人の男だ。誰も獄卒だとは、獄卒課で課長をしている直(あたい)だとは思わないだろう。
和装過ごす事が多い主人が洋装姿になり、最近飼い始めた猫又が不審者を見る目を出窓から向けている。
「にゃあー」
訳、獄卒(しゅじん)よ。やけにご機嫌だが、いかがなされた?
「…………いつも通りですけど」
直はつんと言い放ってから、飼い猫又から視線を外し、プライベートで使っている冥府産スマートフォンを取り出す。
天国と地獄にいる亡者の技術者を使って開発した代物だ。冥府はもちろん、現世でも使える便利な電化製品である。開発されたばかりの頃は仕事用で官吏を中心に配布されていた。プライベート用で広く行き渡るようになったのは最近だ。
お地蔵様も、プライベート用のスマホを持っているのだろうか。仕事用の物を使っているのは見かけた事はあるが……。仕事用の連絡先、聞いたことなかったな。聞いておけば、急に現れたりする回数も減るだろうか。
ふと、そんな疑問が脳裏を過ぎ去り、直ぐ様首を振って払う。
いけない、いけない。今は余計な事を考えるときではない。
スマートフォンにあるメールアプリを起動し、受信箱から目的のメールを見つけ出す。
天国一番街。猫又喫茶招待券。
最近天国に出来たばかりの、現世でいう猫カフェ猫又バージョンである。
大変な人気ぶりで、営業日は全て抽選式の予約制だ。倍率が非常に高く、直も何度か挑戦したが、当たったのは今回が初めてだ。
この喫茶店、猫又と戯れられるのはもちろんだが、他の動物霊や妖怪もいると聞く。もちろん、普通の犬猫の霊だ。そして、この喫茶店はスイーツも大変美味と聞く。その場で食べるものから、持ち帰り用の焼き菓子まで、どれもそれも美味しいのだと、部下の獄卒たちが話しているのを聞いた。
お菓子と動物好きな直(あたい)が行かなくて、誰があの喫茶店に行くのか。
当選メールが届いた時は、両親の前だということも忘れて飛び上がって喜んだ。
忘れ物はないかと部屋をうろちょろとしていると、母の声が直を呼ぶ。
「お客様がいらっしゃってるわよ」
「は?」
「これから出掛けるところなのに一体誰が」と疑問を投げようとしたところで、よく知る気配を感じた。
◆ ◆ ◆
「プライベート用のお洋服姿もいいもんだね、直くん」
「うるさい」
「帽子取らないの?」
「うるさい……」
直は忌々しげに言葉を返しながら、バニラアイスとシロップ漬けのさくらんぼが添えられたメロンソーダにストローを差し込む。
くるくると氷ごとソーダーをかき混ぜれば、からりと涼しげな音が耳に届いた。
現在、直の表情にはこう出ていた。
こんな休日になる予定ではなかったと。
目前に座る、これまたプライベート用の洋装をした地蔵菩薩は、へらりと笑ったままローテーブルに肘をついて頬杖をしている。
「私は【着いてくるな】と言ったはずですが……。長生きしすぎて、耳が遠くなられましたか?」
「ううん。君の家で、君の部屋でちゃんと聞いたよ。だから、別々に天国へ来ただろう?」
「私は、喫茶店まで着いて来るなと言ったつもりだったのですが……」
「いいじゃない。招待券二人までオッケーってなってたし、一人で行ったら勿体無いよ。それに、中まで着いて来るなとは言われてないしね」
「屁理屈だ」
直は口をへの字に曲げて、スプーンでバニラを掬い取り、口に含んだ。アイスとソーダーの冷たさが口の中に広がる。
黙々とメロンソーダーを堪能する直に、お地蔵様はドリンクと一緒に運ばれて来た伝票を見つつ、言葉を続けた。
「でもさ、私と来たおかげでこのドリンクは半額だよ」
ローテーブルには、直が注文したメロンソーダーとマーブル模様のマフィン。お地蔵様が注文したアイスコーヒーが置かれている。
伝票には、ドリンクの横に恋人割り使用と書かれていた。
招待券には、性別問わず恋人同士で来店された場合ドリンク半額になるクーポンもついていたのだ。家族で来店した場合はケーキ一個無料と書かれていた。
直は、ストローに息を吹き込んでソーダーを泡立ててやりたい気分に陥る。
「違うと言ったのに聞いてもらえなかったし……」
猫又が可愛いから許すけれど。
口を尖らせる直に、お地蔵様は微笑む。
「それだけ、私たちの空気に違和感がないってことなんじゃないの?」
お地蔵様はアイスコーヒーにミルクと砂糖を入れ、ストローを差し入れる。
ストローでくるくると混ぜると、ソーダーよりもはっきりとしたからりという音が、直の耳に大きく響いた。
美しい顔立ちをした獄卒の課長は、自室にある姿鏡の前で念入りに自分の姿を確認した。
暗い色のパンツ。いつも着ているサイズより一回り、二回り大きな、黒と灰色のチェックのトレーナー。履き物も、今日は雪駄ではなく足首まで隠れるサイズのスニーカーだ。
髪と同じ色のキャップを深く被って、目元が目立たない事を鏡でしっかりと確認した。
納得のいく仕上がりに「よし」という言葉が口からもれる。
どこから見ても現世の男だ。一般人の男だ。誰も獄卒だとは、獄卒課で課長をしている直(あたい)だとは思わないだろう。
和装過ごす事が多い主人が洋装姿になり、最近飼い始めた猫又が不審者を見る目を出窓から向けている。
「にゃあー」
訳、獄卒(しゅじん)よ。やけにご機嫌だが、いかがなされた?
「…………いつも通りですけど」
直はつんと言い放ってから、飼い猫又から視線を外し、プライベートで使っている冥府産スマートフォンを取り出す。
天国と地獄にいる亡者の技術者を使って開発した代物だ。冥府はもちろん、現世でも使える便利な電化製品である。開発されたばかりの頃は仕事用で官吏を中心に配布されていた。プライベート用で広く行き渡るようになったのは最近だ。
お地蔵様も、プライベート用のスマホを持っているのだろうか。仕事用の物を使っているのは見かけた事はあるが……。仕事用の連絡先、聞いたことなかったな。聞いておけば、急に現れたりする回数も減るだろうか。
ふと、そんな疑問が脳裏を過ぎ去り、直ぐ様首を振って払う。
いけない、いけない。今は余計な事を考えるときではない。
スマートフォンにあるメールアプリを起動し、受信箱から目的のメールを見つけ出す。
天国一番街。猫又喫茶招待券。
最近天国に出来たばかりの、現世でいう猫カフェ猫又バージョンである。
大変な人気ぶりで、営業日は全て抽選式の予約制だ。倍率が非常に高く、直も何度か挑戦したが、当たったのは今回が初めてだ。
この喫茶店、猫又と戯れられるのはもちろんだが、他の動物霊や妖怪もいると聞く。もちろん、普通の犬猫の霊だ。そして、この喫茶店はスイーツも大変美味と聞く。その場で食べるものから、持ち帰り用の焼き菓子まで、どれもそれも美味しいのだと、部下の獄卒たちが話しているのを聞いた。
お菓子と動物好きな直(あたい)が行かなくて、誰があの喫茶店に行くのか。
当選メールが届いた時は、両親の前だということも忘れて飛び上がって喜んだ。
忘れ物はないかと部屋をうろちょろとしていると、母の声が直を呼ぶ。
「お客様がいらっしゃってるわよ」
「は?」
「これから出掛けるところなのに一体誰が」と疑問を投げようとしたところで、よく知る気配を感じた。
◆ ◆ ◆
「プライベート用のお洋服姿もいいもんだね、直くん」
「うるさい」
「帽子取らないの?」
「うるさい……」
直は忌々しげに言葉を返しながら、バニラアイスとシロップ漬けのさくらんぼが添えられたメロンソーダにストローを差し込む。
くるくると氷ごとソーダーをかき混ぜれば、からりと涼しげな音が耳に届いた。
現在、直の表情にはこう出ていた。
こんな休日になる予定ではなかったと。
目前に座る、これまたプライベート用の洋装をした地蔵菩薩は、へらりと笑ったままローテーブルに肘をついて頬杖をしている。
「私は【着いてくるな】と言ったはずですが……。長生きしすぎて、耳が遠くなられましたか?」
「ううん。君の家で、君の部屋でちゃんと聞いたよ。だから、別々に天国へ来ただろう?」
「私は、喫茶店まで着いて来るなと言ったつもりだったのですが……」
「いいじゃない。招待券二人までオッケーってなってたし、一人で行ったら勿体無いよ。それに、中まで着いて来るなとは言われてないしね」
「屁理屈だ」
直は口をへの字に曲げて、スプーンでバニラを掬い取り、口に含んだ。アイスとソーダーの冷たさが口の中に広がる。
黙々とメロンソーダーを堪能する直に、お地蔵様はドリンクと一緒に運ばれて来た伝票を見つつ、言葉を続けた。
「でもさ、私と来たおかげでこのドリンクは半額だよ」
ローテーブルには、直が注文したメロンソーダーとマーブル模様のマフィン。お地蔵様が注文したアイスコーヒーが置かれている。
伝票には、ドリンクの横に恋人割り使用と書かれていた。
招待券には、性別問わず恋人同士で来店された場合ドリンク半額になるクーポンもついていたのだ。家族で来店した場合はケーキ一個無料と書かれていた。
直は、ストローに息を吹き込んでソーダーを泡立ててやりたい気分に陥る。
「違うと言ったのに聞いてもらえなかったし……」
猫又が可愛いから許すけれど。
口を尖らせる直に、お地蔵様は微笑む。
「それだけ、私たちの空気に違和感がないってことなんじゃないの?」
お地蔵様はアイスコーヒーにミルクと砂糖を入れ、ストローを差し入れる。
ストローでくるくると混ぜると、ソーダーよりもはっきりとしたからりという音が、直の耳に大きく響いた。