大きな幕間


 一日だけだが、本日のディズニー旅行を共にするカレンデュラの三人が現れたのは、直哉が到着してからほどなくしてからだった。
 朝の早い時間の集合とあって、あちらの年長者の丹和初雪(にわ はつゆき)と、最年少の谷萩玲央(やはぎ れお)は眠気が残った表情と空気を纏わせていたが、この日を待ちわびていたのは確からしくわくわくとした雰囲気も出ている。ライブの前とはまた違った楽しげな空気。リーダーの千両柘榴(せんりょう ざくろ)は二人と違い、着いた当初から元気そうだ。
 リゾートにおいて大事なのは、入園前の待ち時間──に決める今日の予定である。
 どう巡れば効率よくアトラクションに乗れるか。ファストパスを取るのはどのアトラクションか。カチューシャやヘアバンド、Tシャツはどこで買うのが良いのか。季節限定メニューが売っているお店はどこか。
 あらゆる情報をリゾートの公式アプリやマップ、Todeyを使って収集し、当日の予定を組み立てる。これを怠ると、余計な疲労を溜め込んで、楽しい旅が台無しになってしまう。
 というのが、ヴァンドの(無駄口もたたくけど)歩くマップこと直哉の意見だ。
 今日のリゾートも、細かい予定の組み立てや修正は直哉に任せている樹と大である。
 とりあえず、こいつについて行けばどこかしら連れていってくれるだろうからという安直な考えだ。出来た予定に異議があれば、一応口を挟むつもりではいる。聞き入れてくれるかはわからないが。
 その直哉は今、カレンデュラのリーダー千両柘榴(せんりょう ざくろ)に、「頭にマイク乗せるのとスリンキー乗せるのどっちが良いです?」と聞いている。
 お前は先輩の頭に何を乗せるつもりだ。
 樹は突っ込みそうを入れそうになって、慌ててわざとらしく咳払いをした。その間に「こっちの角が生えてる子かなー」という返答が耳に入る。

「わかりました。中入ったら買いに行きましょう」

「マジで⁉」

 一度目は、大も突っ込みをしそうになったが、ちゃんと我慢したのだろう。
 が、まさかのマイクで行くという返答に、二度目は我慢できずついに口が滑ったようだ。
 樹は先輩三人に気づかれないように、大の脇腹を力を込めて肘で突いた。
「可愛いから良いんじゃない?」とついでにフォローも入れておく。
 当の先輩は「郷に入っては郷に従う精神だから」と笑った。
 直哉のやつ…………もうちょっと他になかったのだろうか。
 樹が申し訳ないなと思っている間に、直哉の興味は初雪に着せる物に移ったらしく、スマホの画面を忙しなく動かしている。
 お目当ての画像を見つけ「初雪さんはこれね、光希セレクション」と、本人に見せた。

「……温かそうなマフ……マフラー……?」

 首を傾げる初雪の傍らで、画面を覗き込んだ玲央がぱっと顔を輝かせる。

「ビーストコーデじゃん。光希ちゃんなかなか渋い」

「今、鬼みたいにリピートして見てるみたいなんですよね、美女と野獣」

「たまに無限リピートしたくなるのなんか分かる気がする」

「この間会った時は、『野獣のままで居て欲しかった』と言ってました。自分の感想言えるようになったんだなあ……」

「俺的には、人間に戻りたいと願った野獣さんの願いが叶ったから良いと思うんだけど」と、ぶつぶつと感想をもらす直哉の傍らで、大がしみじみと「人間一回は通る道だな」という感想をもらした。

「玲央先輩にはこれがありますよ、これ。シンバのヘアバンド」

 ずいっと、スマホを玲央の方へ向ける。
 そこにはシンバのヘアバンドが表示されており、かわいい耳が大変可愛らしく頭のてっぺんにあるふさふさとした毛が印象的である。
 そういえば、と、樹は思い出した。
 玲央の名前は、白いライオンの名前と同じだな、と。あちらはディズニー作品ではなく、手塚治虫作品だが。
 昔々、このライオン作品を巡って一悶着あったと聞いたことがある。が、今は楽しい旅の前だ。樹は考えるのをやめて、直哉のスマホを自然な動きで取り上げ、画像フォルダにあるスクリーンショットを確認する。
 この日の為にと色々調べた撮ったのか、ファンキャップの画像に溢れていた。その中に、グーフィーの耳がついたニット帽子があるの見つけて、手を止める。緑色に生地に黒いライン。折り返しの辺りにGのマーク。言われなければ、リゾートで売ってるとは思わないような、日常使いが出来る作りだ。これならば、目立たずにファンキャップを楽しめるのでは。
 一方、自分も着けるという発想が無かったのか、それとも失念していたのか。一つ年上の先輩は、顔の前でわたわたと手を振った。

「え、や、オレはヘアバンドは……!」

「わー、似合いそう」

 取り上げる前に、ヘアバンドを覗き見た柘榴がにこにことした笑みを浮かべる。着けないという選択肢を与える雰囲気は今のところ無さそうだ。「郷に入りては~」と先ほど言ったばかりの張本人でもあるし。
 それでも、玲央は照れくさいのか、目立ってしまうという心配からか、一歩踏み出せずにいる。
 これは背中押した方が早いなと、樹は口を挟んだ。

「玲央先輩はこのグーフィーも似合いそうですよ」

 横から入った助言に、玲央は二度ほど画面と自分の先輩と樹の顔を交互に見てから口を開いた。

「ど、どれか選ぶならグーフィーのファンキャップかな……」
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