first stage ワタリガラスの止まり木
#ヴァンド
「朝田繭が、送ってたのか……?」
有名な女優が、あの気持ち悪い藁人形を。
今すぐには信じられない話である。
が、樹から出た再度の問いに直哉は迷うことなく頷いた。
「なんでまたそんな事して……」
「さあねえ。未練かなにかあったんじゃないの? それか、ただの悪戯心」
直哉は、両手を広げて肩をすくめてみせた後、どかりと樹の隣にあるパイプ椅子に腰をおろした。
「別れるの下手くそかよ、あの鬼は」
樹の視線が、忌々しげな色を持ってマネージャーの方へ飛ぶ。
男の背は樹たちに向けられているので、樹が睨んでいる事には気づいていない。ただでさえ忙しい身であるし、身内のことで腹を立てる樹を構っている時間はないはず。
遠慮なく、穴があく勢いでじっとりと見ていると、隣に居る直哉が喉を震わせる気配がする。
目を半眼にしたまま隣に視線を向ければ、にやにやと意地の悪い笑みを見せていた。ぽんぽんと、肩に手を置かれる。
「なんだよ」
「〝自分は別れるのが上手ー〟みたいな言い方してるから」
「そんな事ないって」
「あるよ。樹も過去の女から週刊誌に情報売られないように気をつけてよね」
まだ十六年しか生きていない人生だが、樹は女子と付き合った事がないわけではない。
樹が特に何もせずとも、女子の方から距離を詰めてきた。樹は樹で、年頃とはくっついたりはなれたりするものなのだろうと思って、拒まず女子受け入れて、冷めたら自然と離れるということを繰り返した。
長い子で半年、短い子は一週間もったかもたないかくらいだろうか。
唯一気をつけていたことは、樹の方から振らないという事である。
樹の方から振って逆恨みなどされたら困る。どんなに冷めても、樹の方からは別れを切り出さず、相手から切られるのを待つ。
来るものも拒まず、去るもの追わず。
外から見たら最低な男だろうなと思うが、樹にとっては普通のことであった。
直哉のせいで、忘れかけてた思い出を掘り起こしてしまった。
むすりとしていると、隣にいる男はさらに愉しげに笑う。
「緊張しいのクセに」
「付き合うのは別に緊張することじゃないし」
「気を遣うことはあるけれど」と、淡々とした口調でつけ足せば、直哉は「最低」とこぼした。
「こんな男にはひっかかりたくないな」
「安心しろ。男を引っかける趣味はない」
そこだけは自信がある。
強気な物言いで答えると、肩に強めの正拳が入った。
◆ ◆ ◆
泉と夕陽がライブ会場から外に出れたのは、終わってから十分を過ぎた頃だった。
会場の観客が一斉に席を立ち外に出ると、駅までの道どころか会場の出口に繋がる通路から混雑して危険だ。少しでも混雑を緩和する為、朝田事務所は出口に近い席から順に退場させている。長い時は二十分ほど待たされるのだが、今日は比較的出口に近い場所の席だったので、早めに外に出られた。
一生懸命応援したら小腹が空いた。
そう夕陽が言うので、会場から駅までの通りで軽く食べれるお店を探したが、帰る人たちは同じことを思っていたのか。どこのお店もコンビニも賑わっていたり、売り切れていたりで、結局駅ビルの中にあったファーストフード店で軽くポテトやチキンをつまみ、出てきたところだ。
「今日のペンラ、いつも以上に打点が高かったと思うんですよ!」
夕陽はライブの興奮が冷めてないらしく、周囲に響かない声量で力説する。
ペンライトや扇子は鞄の中にしまっているが、推しアイドルのアクリルスタンドは、鞄の外にありいつでも取り出せる状態だ。
ポケットから髪と顔の一部を見せるアクスタを眺めつつ、泉の推しアイドルは最後までアクスタを出さなかったなと思い返す。
ファンから幾度も要望を送られたそうだが「恥ずかしいから」と言って、断っていた。そんな話インタビューの記事で見たのも五年以上前だ。
仮に出していたとしても、泉は買わなかったかもしれないけど。あったらあったで楽しいのだろうけど、保管場所に困ってしまう。
泉の部屋にある棚は漫画や小説、昔から保管している雑誌でぎゅうぎゅうだ。
「確定ファンサは貰えたの?」
「あの距離じゃ無理ですよー! でも、双眼鏡越しで目はあったと思います!」
それは、アイドルのライブを見ている者は誰もが思う。
それだけ彼らは客席によく視線を送り、見ているのだ。
「やっぱりバックの人数が増えると、ステージも華やかだし盛り上がりも倍増だし良いですね! 先輩の弟さんたちの姿もしっかりと確認できましたし!」
「そこの部分だけちょっとハラハラしながら見ちゃったけどね」
ステージに立つ弟たちの様子を思い出して、頬がにやける。
背中にガムテープで作った名前を貼っている姿を見て、本当に朝田事務所に居るんだなと改めて思う。
ステージからは遠い席から見たので、直接顔を見たわけではないが、双眼鏡越しでしっかりとパフォーマンスを見る事は出来た。
まだ覚束ない姿ではあったが、ステージに近い客席のペンライトは弟たちの動きに合わせてもらえたようだし、直哉が操っているような姿も見えた。
「まるで主役がやるパフォーマンスだな」と苦笑すると同時に、元気な姿を見て安心した。ステージから落ちることもなく、大きなミスをすることもなく終了できて、姉としてはひと安心である。
「あの様子なら、CDデビューも早そうですね。マネージャーさんは鬼頭さんだし」
「びしばししごかれて、成長していきますよー」と夕陽が力説する間に、泉のスマートフォンがふるふると震える。
この震え方は着信の方だ。
画面を見ると、弟のマネージャーの名前が表示されている。
時間帯的に、これから樹たちが帰宅するという連絡だろう。一度深呼吸してから電話に出ると、やはりその内容だった。
一言二言、言葉を交わしてから通話を終了させ、息を吐き出していると、にまにまとにやけた表情をみせる後輩の表情が目に入った。
「朝田繭が、送ってたのか……?」
有名な女優が、あの気持ち悪い藁人形を。
今すぐには信じられない話である。
が、樹から出た再度の問いに直哉は迷うことなく頷いた。
「なんでまたそんな事して……」
「さあねえ。未練かなにかあったんじゃないの? それか、ただの悪戯心」
直哉は、両手を広げて肩をすくめてみせた後、どかりと樹の隣にあるパイプ椅子に腰をおろした。
「別れるの下手くそかよ、あの鬼は」
樹の視線が、忌々しげな色を持ってマネージャーの方へ飛ぶ。
男の背は樹たちに向けられているので、樹が睨んでいる事には気づいていない。ただでさえ忙しい身であるし、身内のことで腹を立てる樹を構っている時間はないはず。
遠慮なく、穴があく勢いでじっとりと見ていると、隣に居る直哉が喉を震わせる気配がする。
目を半眼にしたまま隣に視線を向ければ、にやにやと意地の悪い笑みを見せていた。ぽんぽんと、肩に手を置かれる。
「なんだよ」
「〝自分は別れるのが上手ー〟みたいな言い方してるから」
「そんな事ないって」
「あるよ。樹も過去の女から週刊誌に情報売られないように気をつけてよね」
まだ十六年しか生きていない人生だが、樹は女子と付き合った事がないわけではない。
樹が特に何もせずとも、女子の方から距離を詰めてきた。樹は樹で、年頃とはくっついたりはなれたりするものなのだろうと思って、拒まず女子受け入れて、冷めたら自然と離れるということを繰り返した。
長い子で半年、短い子は一週間もったかもたないかくらいだろうか。
唯一気をつけていたことは、樹の方から振らないという事である。
樹の方から振って逆恨みなどされたら困る。どんなに冷めても、樹の方からは別れを切り出さず、相手から切られるのを待つ。
来るものも拒まず、去るもの追わず。
外から見たら最低な男だろうなと思うが、樹にとっては普通のことであった。
直哉のせいで、忘れかけてた思い出を掘り起こしてしまった。
むすりとしていると、隣にいる男はさらに愉しげに笑う。
「緊張しいのクセに」
「付き合うのは別に緊張することじゃないし」
「気を遣うことはあるけれど」と、淡々とした口調でつけ足せば、直哉は「最低」とこぼした。
「こんな男にはひっかかりたくないな」
「安心しろ。男を引っかける趣味はない」
そこだけは自信がある。
強気な物言いで答えると、肩に強めの正拳が入った。
◆ ◆ ◆
泉と夕陽がライブ会場から外に出れたのは、終わってから十分を過ぎた頃だった。
会場の観客が一斉に席を立ち外に出ると、駅までの道どころか会場の出口に繋がる通路から混雑して危険だ。少しでも混雑を緩和する為、朝田事務所は出口に近い席から順に退場させている。長い時は二十分ほど待たされるのだが、今日は比較的出口に近い場所の席だったので、早めに外に出られた。
一生懸命応援したら小腹が空いた。
そう夕陽が言うので、会場から駅までの通りで軽く食べれるお店を探したが、帰る人たちは同じことを思っていたのか。どこのお店もコンビニも賑わっていたり、売り切れていたりで、結局駅ビルの中にあったファーストフード店で軽くポテトやチキンをつまみ、出てきたところだ。
「今日のペンラ、いつも以上に打点が高かったと思うんですよ!」
夕陽はライブの興奮が冷めてないらしく、周囲に響かない声量で力説する。
ペンライトや扇子は鞄の中にしまっているが、推しアイドルのアクリルスタンドは、鞄の外にありいつでも取り出せる状態だ。
ポケットから髪と顔の一部を見せるアクスタを眺めつつ、泉の推しアイドルは最後までアクスタを出さなかったなと思い返す。
ファンから幾度も要望を送られたそうだが「恥ずかしいから」と言って、断っていた。そんな話インタビューの記事で見たのも五年以上前だ。
仮に出していたとしても、泉は買わなかったかもしれないけど。あったらあったで楽しいのだろうけど、保管場所に困ってしまう。
泉の部屋にある棚は漫画や小説、昔から保管している雑誌でぎゅうぎゅうだ。
「確定ファンサは貰えたの?」
「あの距離じゃ無理ですよー! でも、双眼鏡越しで目はあったと思います!」
それは、アイドルのライブを見ている者は誰もが思う。
それだけ彼らは客席によく視線を送り、見ているのだ。
「やっぱりバックの人数が増えると、ステージも華やかだし盛り上がりも倍増だし良いですね! 先輩の弟さんたちの姿もしっかりと確認できましたし!」
「そこの部分だけちょっとハラハラしながら見ちゃったけどね」
ステージに立つ弟たちの様子を思い出して、頬がにやける。
背中にガムテープで作った名前を貼っている姿を見て、本当に朝田事務所に居るんだなと改めて思う。
ステージからは遠い席から見たので、直接顔を見たわけではないが、双眼鏡越しでしっかりとパフォーマンスを見る事は出来た。
まだ覚束ない姿ではあったが、ステージに近い客席のペンライトは弟たちの動きに合わせてもらえたようだし、直哉が操っているような姿も見えた。
「まるで主役がやるパフォーマンスだな」と苦笑すると同時に、元気な姿を見て安心した。ステージから落ちることもなく、大きなミスをすることもなく終了できて、姉としてはひと安心である。
「あの様子なら、CDデビューも早そうですね。マネージャーさんは鬼頭さんだし」
「びしばししごかれて、成長していきますよー」と夕陽が力説する間に、泉のスマートフォンがふるふると震える。
この震え方は着信の方だ。
画面を見ると、弟のマネージャーの名前が表示されている。
時間帯的に、これから樹たちが帰宅するという連絡だろう。一度深呼吸してから電話に出ると、やはりその内容だった。
一言二言、言葉を交わしてから通話を終了させ、息を吐き出していると、にまにまとにやけた表情をみせる後輩の表情が目に入った。