first stage ワタリガラスの止まり木

#ヴァンド

 べりっと、ガムテープを伸ばしては切って、ぺたぺたと衣装の背中に貼りつけていく。短く切ったガムテープと長めに切ったガムテープの配置に気をつけながら貼って出来たものは、自分の名前だ。黒いTシャツの背中に、遠くからでもわかるようにデカデカと、自身の名を主張させる。

「画数が少ないっていいな。今だけ親に感謝だわ」

 大は誇らしげな表情をして、今しがた完成した自分の名前を見下ろす。
 ガムテープで【大】と作られた名前は、一分も経たないうちに出来上がった代物だ。黒い生地の上で、威風堂々とこれから着る人間の性格を主張している。
 ふふんと鼻を鳴らす幼馴染みを、直哉と樹は恨めしい目で見やる。両者共、名前を漢字で作るには手間が多い画数なので、カタカナでどうにかこうにかと作っていたところだ。
「カタカナでやれし」と、じっとりと湿った目で直哉が言い、「日頃から感謝しろし」と、樹が続けて言う。
 大は間髪入れずに声を大にした。

「カタカナだと面倒が増えるだろうが!」

「一文字だと味気ないから、斜め上の辺りに短いガムテ貼ってみようよー。目立つよー、きっと」

「【犬】になるだろうが!」

 直哉の提案にさらに声を上げて突っ込みを入れる。
 樹はというと「本番前なのに二人とも元気だな」と感心していた。
 樹も身体は元気だ。ただ、本番前ということもあってか、心はそわそわと落ち着かない。
 名前を作っている間は作業に集中することができたので緊張を忘れられた。が、作業も終わりに差し掛かると、本番前だということを思い出して、またそわそわとする。朝食も、半分ほどしか食べられなかった。胃が縮こまってしまったみたいだ。
 採用試験の時も緊張したが、いよいよ大きなステージで人前に立つとあって、試験とは別の緊張感に襲われている。失敗したら、どんな目で見られることか。
 まだデビューはしていないけれど、ファン事情に詳しい練習生から、「ライブのレポートをSNSに投稿する習慣がファンの中にあるんだよ」と聞いた。
 今日のライブに出ることが決まってから、単独練習が多かった樹たちも別スタジオや練習室でレッスンを受けていた練習生たちと合流し、事務所が所有する少し大きめのスタジオで稽古を受けている。直哉はのんべんだらりと一匹狼を貫いているが、樹や大は年齢が近い練習生や、まだ小学生だというのに自分たちよりも何年も早く練習生になっている少年たちと、ちょこちょこ話す仲にはなっていた。
 ファン事情に詳しいその練習生曰く、内容はがっつりとしたものではなく、書き手がライブで印象に残った場面やMCの様子を、箇条書きや短い文章でまとめて、自分のSNSに載せるのだそうだ。現地に行くことが叶わなかったファンはレポを楽しみにしているそうで、書く側も記録として残しておくのに丁度いいらしい。中には、投稿されたレポートをまとめるブログもあるそうだ。
 永遠に残りそうな媒体に、何か書き記されては大変だ。見つけた瞬間、恥ずかしさで地面に埋まる自信がある。
 今日がビデオ撮りの日でなくてよかった。このライブの主役は、次の会場でDVD収録をする予定だと聞かされている。それでも、事務所の記録やビデオ撮りの予備として簡単な収録はされているそうだ。
 DVDとして発売される公演以外、会場にいない者は見られない。その時その場の空気は、出演者と会場へ足を運んだ者のみの特権で、その空気を少しでもお裾分けしようと、生まれたのがこのレポート文化だ。と、練習生は熱く語っていたけれど、発祥元の考えなんて今では誰にもわからない。
 樹は、完成した自分の名前を見下ろしてから一つ息を吐き出し、隣におかれた直哉のものに視線を移した。
 まだ【ヤ】の部分が出来てないそれは、やや傾いている。工作の類いだけなら、直哉よりも樹の方が得意だ。
 作った本人は、まだやいやいと大とやりあっている。
 あの様子では、作ってる途中だったことも忘れてそうだなと思って、一度は置いたガムテープを再び手に取った。
 壁に掛けられた時計が告げる。
 出番まで、あと三時間。
 鬼頭から「ちょっとおいで」と呼ばれたのは、最後の全体練習が終わってからだった。
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