first stage ワタリガラスの止まり木

#ヴァンド

 アリーナ会場に設置されたライブ用のステージ。それをぐるりと囲むように置かれた客席。頭上を見上げれば、目に眩しい照明。
 レッスン室ともスタジオとも違う広々とした空間に、先日ユニットを組んだばかりの三人は、あんぐりと口を開けた。
 今はスタッフしか居ない空間に、あと数日もしたらお客さんがたくさん入る。自分達を目当てとした人たちではないが、万単位の目がステージを見下ろすのだ。緊張を通り越して、怖いと思う。
 自分達のマネージャーは、十年このステージに立っていたのかと考えると、辞めたくなる気持ちもなんとなくわかる。
 こんなに多くの視線を浴びていたら、身体のどこかが絶対狂う。耐えられるのは、心臓に毛を生やした奴か、空気を読まない強者だ。

「今すぐ帰りたくなってきた」

 ぼそりとこぼした樹に、大が「気持ちはわかる」と同意の姿勢を表す。
 アリーナのステージはメインの大きなステージが一つ、中央に円形のステージが一つ、バックステージが一つ設置されている。それぞれのステージは花道で繋げられており、メインステージから円形ステージまでは三本、円形ステージからバッグステージまでは一本、道が用意された。花道の下には移動用の空間が作られており、樹たちはもちろん、本日の主役もこの下を台車に乗って移動する。
 通路下からは階段を使って上がり下がりする他、リフトを使ってせり上がる演出方法もあるそうだ。メインステージもステージの一部が上下するからくりを入れてある。
 本番までに、この大きさのステージに慣れるだろうか。
 ステージ上で呆けたままの三人に、ステージの様子を確認していた鬼頭が戻ってくるなり、呆れた口ぶりを見せた。

「今からそんなんじゃ、本番が思いやられるな」

「だって……」

 ステージの大きさもだが、見たところステージと客席の距離はお互いの顔がはっきりとわかるほど近い。
 しかもその客席に居る人たちは、自分達のような新米ではなくメインのアイドルを見に来ているのだ。果たして、高いお金を出して足を運んできた人達は、自分達みたいな新米を見て満足するだろうか。

「どうすれば満足させられるのか。それを勉強する為に後ろに立つんだろ。お前らはまだ新人だから、手を振って、バク転して、投げキッスでもしとけばなんとかなる」

「顔と骨格だけは良いからな」という身も蓋もない言い分に、少年三人は「うわあー」と引いた声を出した。
 今の自分たちにダンスは期待しておらず、顔しかないという言い分である。
 褒められたのかけなされたのかわからない言い分に頬をひきつらせていると、集合の合図が出た。


 会場で行う初めてのリハーサルは、なにがなんだかよくわからないまま時間が過ぎていった。
 鬼頭に引率されて、樹と大は疲労困憊という表情を見せたまま、すんとした表情の直哉を先頭に楽屋へと続く通路を進む。
「事務所の先輩が来ている」という話を聞いたのは、リハーサルが終わった直後であった。
 立ち位置を覚えるのも精一杯なこのタイミングでという強い気持ちを抱きつつも、何かを言える気力も立場も無いので、大人しく従っている。
 事務所の先輩とは、どの先輩だろうか。
 樹たちは事務所でレッスンを受けているものの、所属している芸能人には事務所に足を運んだ時に偶然出会った人か、衛星放送の番組で司会をしている先輩にしか会っていない。片手で数えられる人数だ。今日のステージで主役をするアイドルとも、直接会うのは初めてである。その上、さらに先輩になる人にこれから会えと言うのだから、今にも胃がひっくり返りそうだ。
 見学者用の楽屋まで来たところで、鬼頭がぴたりと足を止め、つられるようにして三人も足を止めた。
 灰色の扉が、ぎいっと重たい音を立てて開き、中から少年が三人、列を成して出てくる。
 一番先に出てきたのは、アイドルにしては少々いかつい顔立ちの少年だった。アイドルというよりも、海賊や山賊と紹介された方が納得できるような容姿で、髪はライオンのたてがみを思い出す切り方をしている。
 二番目の少年は一番目の少年と正反対で、まさに王子様といった容姿だ。明るい色の金髪は頭の形に沿って整え、背筋もしゃんと伸び、肌の色はむらのない綺麗な小麦色だ。唯一欠点があるとすれば、眼光がやや冷たいところだろうか。三番目に出てきた少年は、この三人の中で一番小柄で、一番人に好かれそうな雰囲気を持っていた。
 最初に出てきた二人は覚えがないが、最後の一人は樹も朧気ながら見覚えがある。確か、衛星放送の番組で一度だけ顔を合わせた。出たコーナーが違うので、楽屋で挨拶を返したくらいのやり取りしかしてないが、とても元気で声量がある少年だったと思う。つんつんと尖りがある髪は緑色で、身長は樹たちよりも低い。年下のような見た目だが、歳は今年で十八になると自己紹介していた気がする。
 観察している間に、一人ずつ中に居る人物に頭を下げてから、身体の向きを鬼頭の方へ向ける。
 元アイドルに気づいた三人は、硬い口調と表情で「お疲れ様です」と頭を下げると、返事も聞かないうちに早足でその場からステージの方へ去って行った。

「誰あれ?」

 直哉がじっとりと湿った視線を背後に向けつつ、鬼頭に問う。
 鬼頭は息を吐き出してから、口を開いた。

「ハイエナだよ。【High!Enerjinks!(ハイエナジンクス)】っていう、何年か前に別事務所で結成して、今年うちに移籍したユニットだよ」

「今は朝田先生直々に面倒見てる」と、鬼頭は言うが、歓迎しているのか、それとも哀れだなと思っているのかわからない微妙な態度を見せた。
 肩を小さく上下させてから、樹たちに記憶を辿らせる

「前に素行不良の奴がいるって話しただろ?」

「採用試験の原因になったやつ?」

 直哉が答え、鬼頭は「正解」と返す。

「その素行不良ってのが、あいつらの事だ」

 出てきた三人が消えた方向に、樹と大は視線を向ける。
 容姿は確かに派手だったが、素行は悪く見えなかった。この数ヵ月の間に矯正でもされたのだろうか。あの魔女みたいな容姿のプロデューサーとは、少しの時間共に過ごしただけでも体力と精神が削れていく。言動が終始パワフルなのだ、あの魔女だ。その人直々に面倒を見ているという事だから、レッスンもさぞかしパワフルだろう。耳の穴から指でも入れられて、脳みそをぐりぐりとされてても不思議ではない。

「かわいそうに……」

「せめて、良い夢を見れてると良いな」

「健やかにあれ」と、樹と大はなむなむと手を合わせる。

「他人の心配してる場合じゃねえぞ、気を引き締めろ」

「お前らも、今から中の奴等に会うんだからな」と、扉を三度叩かれる。
 ああ、そうだった。ここへは先輩に会いに来たんだったと当初の予定を思い出して、顔の筋肉が強張った。
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