first stage ワタリガラスの止まり木
#ヴァンド
カシャリと音を立てていたカメラの背後から、男が一人にこやかな表情で顔を覗かせた。
「はい、オッケー。お疲れさまでしたー」
樹は、慣れたようで慣れない撮影を終えて、ほっと息を吐き出す。
今行った撮影は、ホームページに載せるアーティスト写真だ。今までは、個人の写真を載せることはあっても、三人揃っての写真を載せるのは初めてであった。
スタッフの挨拶もそこそこに、直哉がモニターへと駆けていく。そこでは鬼頭が撮影した物を確認していた。
何度か撮影しているとはいえ、立ち位置やポーズについてはまだ戸惑う事も多く、マネージャーになにかと口を挟まれながら今日もなんとか乗り切っている三人である。
慣れてきたら自然と身体が動くと言われたが、今のところそんな気配はない。
樹が、一仕事終えた安堵感から来る息を吐き出していると、大が自身の頬っぺたをマッサージしていた。
「大ちゃん、どうしたの? 虫歯?」
「いんや……。作り笑いしてると頬がひきつってさあ」
「なんか歯医者で麻酔受けた後みたいな感じー」と、頬をむにむにとつねったり、引っ張ったりしている。
大の言い分に樹も心当たりがあり、確かにずっと撮影していると顔が疲れてくる。
正式にユニットを結成してから、仕事が急に増えた気がする。
そう鬼頭に告げたら、「元々この予定だった」と言われていた。
大人たちの間では、正式結成した後の予定を組み立てていたらしい。結成が頓挫した時の予定も立てていて、樹たちが事前に知らされていた予定は後者だった。
少々休憩をとりたい所だが、今日の仕事はまだある。この撮影が終わったら、東京タワーの側にあるスタジオに移動してミニコーナーの収録をした後、ライブに向けたダンスレッスンだ。今日のダンスレッスンは、朝田先生のスタジオで練習している組も来ると聞いている。ミニコーナーも収録も、正式結成に関するものなので、変なやっかみを投げられないかと樹は心配していた。
事務所に入ってから、まだ片手の指で数えられるほどの月しか経っていない。若い子の中には、まだ結成していないフリーの練習生もいることだろう。「新入りがなぜ先に結成を……!」と胸に抱くものもいるはずだ。
「収録上手くいくかなあ?」
「大人が大勢居る前で喧嘩売ったり買ったりはないだろう」
大が樹の心中を察して、ゆるりと口を開く。
「それもそうか」と樹がうなずきかけた所で、大は釘を刺した。
「あいつはわかんねえけどな」
くいっと顎で示した先にいるのは直哉だ。
彼の直情的な性格をよく知る二人は、売られた喧嘩を買う姿が容易に想像できる。
いざという時は頼むぞ、たっちゃん。
俺一人じゃ無理だって。
視線で言葉を交わしていると、直哉の「ねえ」と二人を呼ぶ声が耳に届いた。
「色味がない?」
直哉と鬼頭の話を聞いて、樹は大と首を傾げた。
曰く。今撮った写真を確認すると、色が無いのだという。
この場合の色は色気の色ではなく、カラフルな方の色だ。
「あえてモノクロにする方法もあるが……お前らまだ若いしな」
モノクロにして大人っぽく表現するのは、もう少し年数を重ねたやつがやることだと、マネージャーは言う。
それにまだ出たばかりだから、三人の印象と顔をしっかりと伝える為にも、一枚目はカラーの方がいい。ただ、カラーだと色が無い。
「俺と大ちゃんが並ぶと真っ黒なんだよ。樹は髪明るくしてるから、なんとかなってるところあるけど」
「おい。俺が、自分から進んで髪明るくしてるみたいに言うな」
「でも明るくしてるでしょう? なんなら、中学の時よりも明るいでしょう?」
「高校は今時珍しく染髪自由だから」と、直哉がじわじわと責める。
樹は一瞬言葉を詰まらせるも、負けじと口を開いた。
「黒のままだと、兄ちゃんと間違えられるんだよ。それに、髪明るい方が顔も明るく見えるんだぞ」
「若く見えるって言うわな」
二人の会話に、大が入る。
むすりと、直哉の眉間にしわが一本入った。
「ただでさえ若いのに、さらに若く見せようとしてどうすんの? 俺が年寄りに見えちゃうじゃん!」
「俺のこと若いって思っててくれてたのか⁉ どうもありがとう!」
「わけーもなにも、お宅らまだ高一な。ついでにオレもな」
大は、ぎゃんぎゃんと言い合いを続ける樹と直哉を再び放置して、確認用のモニターと向き合う。
今にも飛びかかってきそうな直哉の肩を押さえ込む最中、大が「よし」とうなずく姿が、樹の視界の隅に入った。
「オレ、金髪にしてみっか」
「は?」という威圧的な声が直哉から出て、「え?」という気の抜けた声が樹から出る。
二人の反応に、大は「なんだよ」と眉根を寄せた。
直哉が一歩距離を詰めて、大を見上げるように腰を屈める。
「大ちゃん、染めて大丈夫なの?」と問う表情は真剣なものだ。
彼の雰囲気に大もつられて、「なんで?」と真面目に問い返す。
続いて返した直哉の言葉に、樹は脱力した。
「禿げない?」
「お前、オレのじいちゃんの頭を思い出しながら言ってるだろ。あれ、自分で剃ってるだけだからな」
「なんだあー」
「なんだあじゃねえわっ!」
カシャリと音を立てていたカメラの背後から、男が一人にこやかな表情で顔を覗かせた。
「はい、オッケー。お疲れさまでしたー」
樹は、慣れたようで慣れない撮影を終えて、ほっと息を吐き出す。
今行った撮影は、ホームページに載せるアーティスト写真だ。今までは、個人の写真を載せることはあっても、三人揃っての写真を載せるのは初めてであった。
スタッフの挨拶もそこそこに、直哉がモニターへと駆けていく。そこでは鬼頭が撮影した物を確認していた。
何度か撮影しているとはいえ、立ち位置やポーズについてはまだ戸惑う事も多く、マネージャーになにかと口を挟まれながら今日もなんとか乗り切っている三人である。
慣れてきたら自然と身体が動くと言われたが、今のところそんな気配はない。
樹が、一仕事終えた安堵感から来る息を吐き出していると、大が自身の頬っぺたをマッサージしていた。
「大ちゃん、どうしたの? 虫歯?」
「いんや……。作り笑いしてると頬がひきつってさあ」
「なんか歯医者で麻酔受けた後みたいな感じー」と、頬をむにむにとつねったり、引っ張ったりしている。
大の言い分に樹も心当たりがあり、確かにずっと撮影していると顔が疲れてくる。
正式にユニットを結成してから、仕事が急に増えた気がする。
そう鬼頭に告げたら、「元々この予定だった」と言われていた。
大人たちの間では、正式結成した後の予定を組み立てていたらしい。結成が頓挫した時の予定も立てていて、樹たちが事前に知らされていた予定は後者だった。
少々休憩をとりたい所だが、今日の仕事はまだある。この撮影が終わったら、東京タワーの側にあるスタジオに移動してミニコーナーの収録をした後、ライブに向けたダンスレッスンだ。今日のダンスレッスンは、朝田先生のスタジオで練習している組も来ると聞いている。ミニコーナーも収録も、正式結成に関するものなので、変なやっかみを投げられないかと樹は心配していた。
事務所に入ってから、まだ片手の指で数えられるほどの月しか経っていない。若い子の中には、まだ結成していないフリーの練習生もいることだろう。「新入りがなぜ先に結成を……!」と胸に抱くものもいるはずだ。
「収録上手くいくかなあ?」
「大人が大勢居る前で喧嘩売ったり買ったりはないだろう」
大が樹の心中を察して、ゆるりと口を開く。
「それもそうか」と樹がうなずきかけた所で、大は釘を刺した。
「あいつはわかんねえけどな」
くいっと顎で示した先にいるのは直哉だ。
彼の直情的な性格をよく知る二人は、売られた喧嘩を買う姿が容易に想像できる。
いざという時は頼むぞ、たっちゃん。
俺一人じゃ無理だって。
視線で言葉を交わしていると、直哉の「ねえ」と二人を呼ぶ声が耳に届いた。
「色味がない?」
直哉と鬼頭の話を聞いて、樹は大と首を傾げた。
曰く。今撮った写真を確認すると、色が無いのだという。
この場合の色は色気の色ではなく、カラフルな方の色だ。
「あえてモノクロにする方法もあるが……お前らまだ若いしな」
モノクロにして大人っぽく表現するのは、もう少し年数を重ねたやつがやることだと、マネージャーは言う。
それにまだ出たばかりだから、三人の印象と顔をしっかりと伝える為にも、一枚目はカラーの方がいい。ただ、カラーだと色が無い。
「俺と大ちゃんが並ぶと真っ黒なんだよ。樹は髪明るくしてるから、なんとかなってるところあるけど」
「おい。俺が、自分から進んで髪明るくしてるみたいに言うな」
「でも明るくしてるでしょう? なんなら、中学の時よりも明るいでしょう?」
「高校は今時珍しく染髪自由だから」と、直哉がじわじわと責める。
樹は一瞬言葉を詰まらせるも、負けじと口を開いた。
「黒のままだと、兄ちゃんと間違えられるんだよ。それに、髪明るい方が顔も明るく見えるんだぞ」
「若く見えるって言うわな」
二人の会話に、大が入る。
むすりと、直哉の眉間にしわが一本入った。
「ただでさえ若いのに、さらに若く見せようとしてどうすんの? 俺が年寄りに見えちゃうじゃん!」
「俺のこと若いって思っててくれてたのか⁉ どうもありがとう!」
「わけーもなにも、お宅らまだ高一な。ついでにオレもな」
大は、ぎゃんぎゃんと言い合いを続ける樹と直哉を再び放置して、確認用のモニターと向き合う。
今にも飛びかかってきそうな直哉の肩を押さえ込む最中、大が「よし」とうなずく姿が、樹の視界の隅に入った。
「オレ、金髪にしてみっか」
「は?」という威圧的な声が直哉から出て、「え?」という気の抜けた声が樹から出る。
二人の反応に、大は「なんだよ」と眉根を寄せた。
直哉が一歩距離を詰めて、大を見上げるように腰を屈める。
「大ちゃん、染めて大丈夫なの?」と問う表情は真剣なものだ。
彼の雰囲気に大もつられて、「なんで?」と真面目に問い返す。
続いて返した直哉の言葉に、樹は脱力した。
「禿げない?」
「お前、オレのじいちゃんの頭を思い出しながら言ってるだろ。あれ、自分で剃ってるだけだからな」
「なんだあー」
「なんだあじゃねえわっ!」