first stage ワタリガラスの止まり木

#ヴァンド

「おはようございます、鍵取りに来ましたー」

 学校を終えた三人が、レッスン前の挨拶をしに事務室へ顔を出すと、スーツ姿ではなく運動用の衣服に身を包んだ鬼頭の姿が目に入った。
 マネージャーは、自分の机に置かれた段ボール箱に、華やかな包装紙に包まれた箱や袋を突っ込んでいる。段ボールの傍らには手紙の束が無造作に積み上がっていた。
「何してるのー?」と、直哉が先頭になって鬼頭に近づいていく。
 直哉の声を耳にしてからようやく顔を上げて、作業の手を止めた。

「誕生日プレゼントの整理」

「鬼頭さん、今日誕生日なんですか?」

「ドナルドと一緒だね」

「今も届いてんだなあ、へえー」

 反応を見せる子どもたちから、手紙の山に視線を移す。

「これでも少なくなった方だ」

 昔は机に全部置けなくて、床に溢れていた。
 食べ物や造花を含めた雑貨は、安全面と衛生面の問題でタレントに贈らないよう公式サイトで呼び掛けている。受け取れるのは、ファンレターのみ。禁止されている物が届いた場合は破棄か返送となっていた。
 辞めた年に来たものは全て破棄したが、一昨年辺りからは手紙だけは受け取れるくらい心が落ち着いていた。ファンの方も、辞めた年に比べれば熱が落ち着いたように思う。……ルール違反者以外は。
 外にいるであろうファンの姿を思い出して、肺の底から息を吐き出したくなる。

「今日、事務所の前で女の人たち見たけど、鬼頭さんが誕生日だから?」

 少々疲れた様子を見せるマネージャーの姿に、大は首を傾げる。
 その問いには直哉が答えた。

「誕生日じゃなくてもいらっしゃいますよ。追っかけのお姉さんたち。鬼頭さん以外の目当ての人もいるよ」

「鬼頭さんプライベートに介入されるの嫌なのにねえ」と言葉を振ると、鬼頭はうなずく代わりに手元にある鍵を直哉に渡す。

「先に行って、アップしてろ。俺はここを片付けてから行くから」

 その言葉に、三人は目を丸くする。

「マネージャーなのにレッスン指導するんですか?」

「そうだ。今日からハルは地方出張(ツアー)で留守だからな。他の先生も出払っている」

 ひえっと樹は情けない声を出した。
 まだ上手に出来てない段階で、本人を前にして本人の振り付けを練習するのか。
 練習している様子を何度か見に来てた事はあるが、常時張りついているのではなく、五分十分眺めて事務室に戻ることが多かった。じっくりと見られるのはもちろん、直接の指導も初めてである。
 大も同じことを思っているのか、苦い表情を見せている。
 直哉は気にしていないのか、いつものすまし顔だ。
「じゃあ行こうか」と、樹は大と視線を合わせ、扉の所まで戻ったところで、積み上がった箱が目に入った。
 マジックペンで大きく「破棄」と書かれているそれは、破棄される物が詰め込められた物だろう。
 一番上に置かれた箱は、今日鬼頭に届いた物だ。運輸会社が用意している一番小さいサイズの箱で、蓋の部分に伝票が貼られている。
 樹は、何の変哲もないただの箱に、身震いする。
 違和感があるのだ。その何でもない箱に。どこに違和感を覚えたのかははっきりとはわからないが、自分の勘がまずいものであると教えてくる。
 樹が足を止めて箱から視線をそらせずに居ると、背後に居た直哉がにゅっと手を伸ばして、箱を持ち上げた。
 左右上下に揺すると、がさがさかさかさと音がする。
「これも誕生日プレゼントですか?」と投げた先は、鬼頭の所だ。
 マネージャーは直哉とその手にある箱を視界に入れ「勝手に手を出すんじゃない」と嗜める。

「中身見なくていいんですか?」

 見たところ。封を解いた形跡がない。届いて早々に破棄置き場行きとなったようだ。
 直哉の問いに、鬼頭は苦々しげに表情を歪める。

「それはいいんだよ、開けなくて」

「何でです?」

「送り主を見ろ」

 言われて、伝票に視線を落とす。

「千代田区……?」

「って、これ江戸城の住所じゃん」

 番地まで読んだ大が指摘する。
 名前も、ありそうであり得ない、皇族風の名だ。伝票にはしっかりと名前と住所が書いてあるが、全て出鱈目。匿名で送られて来た代物。
 送ってきた人は確かに居るのに、匿名という掴み所が無い部分に気味の悪さを感じた。
 樹が嫌な予感がしたのはこのせいかと納得しかけたところで、直哉が怖い事を言い出した。

「開けてみる?」

「お馬鹿!」

「やめとけ、やめとけ。お化けが出てきたらどうするんだ?」

 今にも封を破りそうな幼馴染みを二人がかりで止めに入るが、「雀のお宿じゃあるまいしー」と軽く受け流された。
 直哉はべりっとガムテープを剥がし、躊躇いもなく開封する。
 そして中身を確認するなり、音を立てて閉めた。
 あまりの素早さに、中身を見る隙がなかった。
 大が眉根を寄せて「おい……」と一声かける。
 直哉は、ぶんぶんと首を横に振った。

「……そんなにヤバイん?」

 今度はぶんぶんと縦に振られる。
 直哉は一度樹の方を見てから、口を開いた。

「大ちゃんはともかく、樹は見ない方がいいかも」

「何でだよ!」

 樹が反応している間に、大が手招きされて中を一瞬だけ覗く。
 あっという間に顔を背け、大きなため息を吐いていた。

「ああ、うん……。たっちゃん、見ちゃダメだわ。直ちゃんも本当は見ちゃダメなやつだわ」

「びっくりだよねえ」

 中身を知る二人だけがわかる会話に、樹は苛立ちを抱き始める。
 本当に何が入っていたっていうんだ。
 むすりとしたまま二人を眺めていると、直哉が口の端をつり上げる。

「見たい?」

「見たいのわかってて聞いてるだろう」

「そりゃあねえ。まあ、後で引きずっても良いなら、見ても良いんじゃない?」

「俺は一応止めたよ」と言って、問題の箱を差し出した。
 直哉の言葉に首を傾げながらも、渡された箱の蓋をそろりと開く。
 中に入っていたのは、手のひらサイズの藁人形とその人形に釘ごと刺された泉の写真であった。
「は?」と驚愕と疑問が混ざった息が漏れる。
 直哉と大を見れば、二人ともやれやれと肩を小さく上下させる。
 いや、待て。何でこの二人、こんなに落ち着いているんだ。
 藁人形も問題だが、刺さっていた写真も十分問題がある。
 鬼頭宛の荷物に、なぜか樹の姉の写真が刺さって送りつけられているのだ。大問題である。緊急事態である。
 ふつふつと沸き上がってくるのは恐怖か、それとも怒りだろうか。
 樹が言葉を失ったまま藁人形を射抜いていると、鬼頭の手のひらが直哉の後頭部を軽く叩いた。

「いったい!」

「なにやってんだ、お前ら」

「マネージャー、これこれ」

 大に促されて鬼頭が中身を確認する。
 藁人形とそこに刺さる写真を認めて、大が吐いた時以上のため息が大人から吐き出された。
 そして、舌打ちも出る。

「これ、大丈夫なんですか?」

「……悪戯だろう。満足したなら、さっさとレッスン室行きなさい」

「アップしてろ」とうながされ、三人は事務室の扉を潜る。
 扉を閉める寸前、鬼頭の様子を窺うと私用のスマートフォンを取り出していた。
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