大きな幕間


「直ちゃん、もうホテル泊まってるんだって」と、樹がスマホを片手に大に言う。

「どうりで、先に行ってとかわけのわからんことを言うわけだ」

 大が樹の言葉を聞いて、やれやれと肩を上下させた。

「先輩たちは、今京葉線乗ったみたい」

「先に着くのはうちか。それにしても、開園一時間前集合とか気合い入りまくりだよなあ、直ちゃん。オレはもう眠いわー」

 家の最寄り駅から電車に乗っているが、始発近い時間帯だったのであくびが止まらない。

「そりゃあそうでしょ。この面子でがっつり遊ぶの初めてだし。それに場所も場所だし」

 樹は、がたんごとんと電車に揺られながら、窓の外へ視線を向ける。
 海沿いの工業地帯を抜け、大型ショッピングモールを抜け、異世界が姿を現す。世界で一番安全な火山と、クリーム色と青い屋根が目立つおとぎ話のお城。
 細長い乗り物は駅のホームへ滑り込み、やがて停止した。
 二人が降りる駅だ。
 今日一日必要な荷物を持って、ホームに降り立つ。
 耳に届いてきたのは、これから夢と魔法の冒険へと誘う曲調の音楽。
 駅の改札口へ降りていく人を見れば、黒い耳のカチューシャを着けていたり、ファンキャップを被ったり、ポップコーンバケットを首や肩にかけている。
 大きな荷物を抱える家族や学生のグループは、泊まりがけで今から行くリゾートを楽しむのだろう。少ない荷物を片手に早足で歩いていく若い人間は、きっとキャストだ。
 樹と大は、改札を出て右手に流れる陸方面のゲストを背に、左手へと進んでいく。目指す場所は、リゾートの周囲を周回するモノレールだ。リゾートラインと名付けられたそれは、窓枠の形が世界のスターの顔の形に作られ、車内もスターのメインカラーで椅子が配置されている。吊革も顔の形だ。最近、新型車両が導入されたとあって、リゾートが好きな人の中には、新型車両が来るまで乗るのを待つ人もいるようだ。

「……あのポンチョとヘアバンド持ってきたか?」

「持ってきたよ。じゃないとうるさいじゃん? 直哉(あいつ)」

「確かに」と、大は首を縦に動かす。
 大と樹の鞄には、ハロウィーンの時分に買ったポンチョと、ダルメシアン柄のヘアバンドが入っている。ヘアバンドは今年の二月に三人お揃いで買ったものだ。ポンチョももちろんお揃いだ。

「それに、先輩たちにも色々着けさせるんでしょう? 俺たちだけ何も着けてなかったら浮いちゃうんじゃない?」

「それもそうか。でも、あのポンチョ目立たねーか? 身バレしたらどうするべ」

 ポンチョは黒い生地で出来ているので、中に入れば目立たないとは思うのだが、なんせ腹にある柄が舌を出して笑うスターの顔である。そして、暗い場所ではその顔が緑色に光るのだ。
 デザインも通年で使用しようと思えば使用できるが、ハロウィーンの季節に合わせて作られたので、クリスマスシーズン真っ只中のリゾートで浮かないかどうか心配である。
「まあ、なんとかなるでしょう」と、ヴァンドの副官は言っていたが。果たして本当に大丈夫なのだろうか。
 今日の事を話し合っていると、リゾートラインは海側のパークにあるステーションへ滑り込む。
 荷物を抱えた家族連れと恋人たち、自分達のような学生グループに混ざりながら、ホームへと降り立った。

「東側でいいかな?」

「いいんじゃね?」

「じゃあ、先輩たちにラインしとく。大ちゃんは直ちゃんに言っといて」

「はいよー」

 手分けして連絡を入れて、待つこと十五分。

「おはー」

 待ち合わせ場所に先に現れたのは、ヴァンドの副官。お揃いで買ったヘアバンドに、スターのイラストがプリントされたパーカー。スターの耳がついた黒いリュック。蒸気船のポップコーンバケット。そして、冬デザインのコスチュームを身につけたダッフィー。ディズニーでないところを探した方が早い。ズボンと靴……いや靴もディズニー産だ。スターのシルエットが着いている。ズボンと、マフラーくらいなものか。
 副官の姿を改めて見て、二人はうんと頷く。

「こいつの姿を見ると、自分達は普通だなと安心するんだわ」

「だよね」

「なんの話?」
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