second stage 疾風炎嵐


#バズリンアイドル
#バズリン_夏フェス
#豪華炎乱
#ヴァンド

 時計の針が、十七時を刻んだ八月の終わり。
 バンズリンクスサマーフェスティバルの最終日、屋外ステージ最終公演。
 雷と電がもたらした熱狂が冷めぬ中、最後のステージを飾る二人が、上手と下手に現れる。

「〈やあみんな! またせたね!〉」

 上手側には榊雅臣(さかき まさおみ)が、下手側には聖春高(ひじり はるたか)が。白いシャツの上に、ナポレオンジャケットを模したマントを肩にかけて、観覧席を埋め尽くす火種を見下ろす。
 雅臣が口を開いている間に、春高はばさりとマントを退けて、首にかかる髪を背中へ払った。
 気の早い火種は、ぶんぶんと扇子とペンライトを振る。
 ちかちかと揺れる唐紅色。豪華炎乱の色に混ざって、青緑色や先ほどまで踊っていた山吹色、空色(スカイブルー)、黄色(レモンイエロー)も同じく踊っている。午後の部を通しで見ていた猛者たちの夏も、このステージで終わりを迎える。
 二人の登場で僅かに湧いた声が、雅臣の呼び掛けで地響きに似た歓声へと変わった。

「〈霹靂神くんたちに黒焦げにされたところ悪いんだけど、今度は灰になってもらうよ!〉」

「〈君たち、準備の方はいいかな? 出て早々に俺たちがMCをしているってことがどういうことだか、わかってるかい?〉」

 春高が観覧席に微笑む。
 青い獅子の顔が見える位置に居たゲストが、きゃあきゃあと声をあげる。
「まだ話は続くよ」と、春高は人差し指を唇の前で立てた。

「〈この先、しばらくノンストップ進行で行くからねえ! 給水するなら今のうちだよー!〉」

 言葉の意味を瞬時に理解した火種が、いそいそと手持ちの水分を口に含んだ。
 近くにいる火種に倣って、観に来ていた者たちも水分を補給する。
 観覧席の準備が整うまでの間、大人二人は語りかける口調で、言葉を交わした。
 春高の方から口を開く。

「〈一昨日から始まった夏フェスも、今日で最終日。ここまで無事に進行できたのは、運営の言うことをよく聞いてきた来場の皆様と、円滑な運営をすべく、長い期間を使って準備を進めたスタッフ諸君のおかげです〉」

「〈みんな、協力してくれてありがとうね! まだまだ終わる時間ではないけど、僕らから君たちへ、そして尽力してくれたスタッフたちへ拍手を贈るよ〉」

 パチパチと雅臣と春高が拍手を始めると、火種たちもぱらぱらと拍手をする。

「〈さてと! あんまり喋ってると、今度は歌う時間が無くなってしまうからね。真面目なお話はこれでおしまい!〉」

「〈豪華炎乱がお届けするサマーフェスティバル、その身でしっかりと受け止めるといい〉」

 穏やかだった二人の空気が、ぴんと張り詰める。
 足を肩幅開き、背筋を伸ばして、マイクを握る手に力を入れる。
 これから始まるのは、燃える獅子が開いた業火の饗宴。
 初めて宴に招かれた者は何が始まるのかと目を輝かせ、何度も訪れている者は、期待と膨らみ続ける高揚をそのままに、扇子を掲げ今か今かとその時を待つ。

「〈さあみんな! 準備はいいかな!〉」

 赤い獅子が吠える。
 続けて、青い獅子が饗宴に招かれた者たちへ語りかける。

「〈宴の門は開かれた〉」

 赤い獅子が再び口を開き、交互に言葉を投げていく。

「〈僕らの火種たちよ〉」

「〈その身を弾けさせ〉」

「〈そしてそのまま──〉」

「〈燃えちまいな〉」

 開演の言霊が、青い獅子によって放たれた。
 一拍置いて、宴の曲が始まる。
 サビ前に入る、きっかけのCメロ。
 胸を震わせる、ベースとドラム、ギターの嬌声。

《笑え!》
《踊れ!》
《狂え!》

 赤い獅子が一言言葉を放てば、青い獅子が続けて一言言葉を投げる。
 一つの言葉を放つと同時にステージは火花に包まれ、空には始まりを告げる白煙が広がる。
 そして、右の舞台袖から黒豹が一頭、左の舞台袖から二頭、言葉に合わせながらひねり側転からの後方倒立回転跳びをして、ステージ中央へと躍り出た。
 軽やかに着地を成功させた獣はくるりとターンをすると同時に立ち位置へ移動し、腰にある扇子ホルダーから扇子を抜き取る。
 きりりと引き締まった表情は、これから狩りを行う獣の表情だ。
 獅子も扇子を抜き取り、先を観覧席へ向けた。
 別々だった雅臣と春高の声が合わさる。

《さあ、乱れろよ!》

 刹那、紙吹雪が放出される。

《Venus! この夜を 君へと捧げよう》

 豪華炎乱の力強い歌声が高らかに会場を満たす中で、観覧席の火種が扇子を左右に振りながら跳び跳ねる。
 獅子が選んだ一曲目は、ライブでも定番となっているダンスナンバー。
 早い曲調の音楽を、獅子たちは慣れた様子で堂々と歌い、メインステージでは、若き獣たちが扇子を片手にキレのあるダンスを披露する。

《I'll dance and spend.》
(I'll dance and spend.)

《I'm not afraid.》
(I'm not afraid.)

 獅子の歌声に続いて、火種たちが英語の歌詞を輪唱する。
 自分たちのライブと変わらないその様子に、雅臣が口許を緩めた。
 目前に広がる扇子が、波の間を飛ぶ飛び魚のようだ。
 サビを歌い切った獅子たちがメロディーを歌いながら、メインステージへと向けて歩き出す。
 時折、近くの火種に向かって扇子を振ってみせると、きゃあきゃあと声を上げた。
 どこのステージに立っても、この光景は変わらない。
 でも、最初からこうだったわけではない。
 今でこそ、収容人数の多い会場でも抽選でゲストを招くことが増えたが、始めたばかりの頃は、小さな会場でも満員にするどころか人を呼ぶ事そのものに苦労した。
 アイドルの裾野を広げ、活動の幅も大きく変えてくれた偉大な先輩たちの背中は、頼もしくもあり、時に大きな壁にも見えた。
 あの六つの背を越えるのは難しい。
 生まれたばかりの獅子がどんなに弾けて見せても、あの六つの背中に向けられた大衆の視線を、小さな獅子の方へ振り向かせるのは、容易いことではなかった。
 それは獅子だけでなく、海原に沈んだ二羽の鳥にも言えることだ。
 ここまでの道のりは、優しい道のりではなかった。
 何をしても、あの人たちの二番煎じだと、何度耳にしただろう。
 新しい事に挑戦しようと思っても、次々と新しい芽が生える世界では、大きな木が枝葉を伸ばす世界では、生き残る事だけで精一杯だった。
 あの六つの背中が活動をやめた時、寂しいと同時に正直ほっとした。
 胸を撫で下ろした。
 やっと楽に息が出来ると、肩から力が抜けた。
 恥ずかしい話である。
 あの大きな背中にも、色々な思いが乗っていただろうに。
 今度は自分たちが、追いかけられる側になるというのに。
 抜けたと思った重圧は、違う形でまた肩にのしかかった。
 優しい道のりではなかった道を、笑って振り返られるようになったのはいつからだろう。
 後輩たちの活動を、笑って見守れるようになったのはいつからだろう。
 雅臣と春高の視線が、遠く離れていてもかちりと合う。

 ──色々あったけど、ここまで来れてよかったね。

 ──そうですね。

 自分たちのファン以外が集まるアイドルのイベントに出るのは、ミルフェスから続けて二回目だ。
 出演する後輩たちと年齢が離れているから、火種以外は自分たちの事がわからないのではと危惧したが、元気に跳び跳ねている姿を見る限り、大丈夫そうである。
 メインステージに、豪華炎乱が並び立ち、若い獣たちが場を明け渡す。
 熱い視線と、弾ける熱気が、二人を襲う。
 びりびりと震える空気を自分のものにして、黒い獣を従えた二人は声を張り上げた。

《歌え!》
《騒げ!》
《叫べ!》

「〈〈さあ! 弾けて魅せろ!〉〉」

 火種を煽る言霊を放つと同時に、ステージを炎が包み込んだ。
 地も空気も湧かす大歓声の中、獅子の歌声も響いていく。

《ねえ、Queen! この夜は 君への宴だ》
《Please dance together now.》
《Please also forget time.》

 扇子を使った一糸乱れぬダンスは、豪華炎乱の目玉であり、誇りだ。
 十八年に渡って作り上げて来た、宝物。
 歌いながらも、力強く華やかに、火種たちの熱い息吹を全身に纏うように、ステージに立つ獅子と獣が、衣服の裾をひらひらと舞わせながら、自分の手のひらのように扇子を操る。
 まだ一曲目。
 与えられた時間はまだ多く残っているが、一曲目から体力を気にして手を抜く五人ではない。
 ヴァンドが、豪華炎乱の春ツアーへの参加が決まった時、最初に課せられた物は、振り付けを覚えることでも、ライブ中の手信号を覚えることでもなく、二時間躍り続ける体力をつける事だった。
 火種たちは一曲目から全力なのだ。舞台に立つ自分たちが、最初から本気で挑まなくてどうする。
 どんなに疲れても、手を抜いてはいけない。
 火種をがっかりさせるような真似だけはしていない。

 ──会場に来る者は、多額のお金を払って来てるんだからね。この世界に来た君たちのパフォーマンスもファンサービスも、もう無料じゃないんだよ。プライベートでも、気軽にしてはいけないよ。

 レッスン中、大人は何度もこの言葉を繰り返した。
 踊りながら、大人たちは後方で同じ振りをする子どもたちに視線を向ける。
 大人の言葉をしっかりと聞き入れた獣たちは、始めこそ体力が続かずぐったりとする場面もあったが、今では慣れた様子で大人ふたりについて来ている。
 BtHの時は、振り付けをするだけで精一杯という雰囲気だったのに、子どもの成長は驚くほど早い。

『僕らもあっという間に、おじさんになるわけだよ』

 夏フェス最後のリハーサルを終えた後、大人たちで世間話をしながら獣たちの成長を喜んでいると、獣たちがしゃあしゃあと口を開いた。

『何言ってんですか』

『それだけ踊れれば、まだ若い若い。まだいける、まだいける』

『マサさんたちでおじさんなら、社長もおじさん?』

 直哉の余計な一言に突っ込みを入れたなと思い出した。
 一曲目がそろそろ終わる。
 二曲目は【業火の華】だ。
 最初の口上を、誰に言わせようか。
 豪華炎乱のどちらかが言ってもいいのだが、今日は夏フェスだ。
 バックダンサーとはいえ、ヴァンドもしっかりとステージの上に立ち、火種を魅了させている。この場には、亡者も来ている。
 ヴァン・ド・ラファールへのサプライズはいくつか用意してあるが、まずはこの口上だ。

「ここはやっぱり」

 雅臣は、ヴァンドのセンターに立つ鬼に視線を向けた後、春高に目配せをする。
 春高が同意するように小さくうなずいた。

「エースでしょう」

 一曲目の終わり。
 二曲目の立ち位置へ流れるように移動しながら、直哉の肩をぽんと叩く。
「頼んだよ」と、声に出さずに伝えれば、ヴァンドの鬼は「わかった」とでも言うようにうなずいた。
 横目で舞台袖を見れば、鬼頭昴が真っ直ぐな眼差しのまま、顔色を変えずにステージを見守っている。
 あの男はごうえんのライブへヴァンドを送り出す時、ぽんと背中を叩いて、おまじないをかける。
 一曲目の勢いに乗せて、二曲目へと入る。
 ヴァンドは、BtHの時と同様に直哉を頂点にして、直哉の後方右側に樹が、左側に大が立つ。
 豪華炎乱は一定の距離をあけて、直哉を挟む形で右腕側に雅臣が、左腕側に春高が立つ。

『思いっきり暴れてこい、獣ども』

 鬼頭昴のおまじないが、まだ半人前の獣の背中を押す。
 直哉は広げた扇子を火種と亡者たちに差し出し、息を吸い込み、言霊を放った。

《咲き乱れろ 業火の華────!》

【業火の華】の前奏が流れ出す。
 お囃子のような賑やかで艶のある調子。
 打ち鳴らされるドラムの音に合わせ、樹と大が顔を隠していた扇子を拍子に合わせてずらし顔を見せると同時に、獣三人は扇子を頭上に放り投げ、落ちてくる間にくるりと身体を回転させる。
 獣たちが前奏の舞いを披露する最中で、大人が火種を煽る。

「〈さあ! 宴はまだ始まったばかり!〉」

「〈色々用意してあるから、最後までしっかりとついてくるんだよ〉」

《代わり映えのない 地獄の片隅で》
《打ち鳴らされる 踊り子の足音》

 亡者を焼き尽くす業火の如く、躍り狂え、乱れ咲けと、退屈している女神を、躍りの舞台へと誘う、業火の華。
 五人の舞いと火種の舞いがひとつになって、夏の空が残る会場に浸透していく。
 サビに向かうにつれて、ステージ上の動きは大胆に、なおかつ艶やかさと鋭さが増していく。

《極楽へ行くには まだ早い》
《魂(こころ)滾らせて 踊れ》

 雅臣の歌声が強く熱く、広がりをみせる。
 彼に負けじと、獣たちも振り付けに力を込める。

《くるりくるりと 踵返し》
《バカになって踊れよ》
《閻魔サマの前で 美しく狂え 業火の華────!》

 二曲目の業火の華。女神を宴へと招く歌に続いて歌われた三曲目は、ジュノフェスが開催された日に行われたナゴヤ公演、そこで初披露された曲【dahlia】だ。
 鬼頭昴が作詞と作曲を手掛けた曲でもある。
 豪華炎乱と鬼頭昴は、かれこれ二十年近くの付き合いだ。特にリーダーの雅臣は、中学校入学からずっと一緒。
 そんな関係もあってか、鬼頭が現役だった頃から、豪華炎乱は彼に作詞、作曲を頼んだことが幾度かある。
 もちろん、逆もある。
 合同でライブをする時は、作った曲を交換して歌うこともあった。
 ジュノフェスの企画概要が出た後で頼んだものだから、「ツアーで忙しいのに」とぼやかれたりもしたけれど、鬼頭はしっかりとレコーディングの日に間に合わせてくれた。
 鬼頭の作った物だからか、獣たちも踊りやすいと言って喜んでいた。

『それ、豪華炎乱(ぼくたち)の曲踊りにくいってこと?』

 ダリアの練習をする合間に雅臣が問うと、子どもたちはうーんと首を傾げた。

『踊りにくいっていうか……』

『回る頻度高すぎて、目が回る』

『慣れたけどね。最初の頃はぐえーって酔ってたけど』

 大は言葉を濁らせたが、樹と直哉は直球で感想を述べた。
 鬼頭が作った【dahlia】は、初恋を忘れられない男が高嶺の花と呼ばれる女と出会い、初恋の女と花の間で揺れながらも、坂道を転がるように花へと堕ちていく歌だ。
 花びらが散る様子をイメージしたメロディーに、雅臣が詞をのせていく。
 一曲目、二曲目は終始早い曲調であったが、この曲はメロディーが緩やかでサビに向かうにつれて盛り上がっていく作りをしている。
 鬼頭が得意とする作り方だ。
 舞台には立たなくても、作詞と作曲という作り手の立場で、烏もこの夏フェスに参加している。

《移り気な気持ちを取られて》
《束ねられてく この劣情》
《華麗な花と見せかけて》
《艶麗に誘う ボクのダリア》

《高飛車な君に囚われて》
《沸き上がる 迂愚な熱情》
《移り気な気持ち見抜かれて》
《笑う 蛇蝎なこのダリア》

 最後のサビを終えると同時に、銀色の紙吹雪が舞う。
 三曲通して始まった豪華炎乱の夏フェス。
 その後も止まる事はなく、春ツアーのテーマ曲【Heat】、豪華炎乱一番のヒットソング【桜ひらひら】を経て、ライブは小休憩を兼ねたMCへと入る。
 ステージに立つ者もだが、観覧席の方からも大きく息を吐き出す気配を感じた。
 今しがた、長距離走を終えた空気に包まれる会場で、雅臣が笑みをこぼした。

「〈おやおや、さすがにみんなバテてきてる?〉」

「〈火種はまだ元気そうですよ。ねえ?〉」

 春高が火種が集まる方へ視線を向ければ、弱々しげに扇子が振られた。

「〈元気ではないかな⁉〉」

 雅臣が突っ込みを入れれば、かすかな笑いと共に扇子とペンライトが振られる。

「〈なーんか、空元気な感じだけどまあいっか!〉」

「〈ライブの時間も気づいたら残り三十分くらい……だそうです〉」

 春高が自身の腕にある時計を見ながら、微笑む。

「〈ここまでよくついてきました。偉いですよ、みなさん〉」

「〈ねえー。俺たちもちょっと褒めてえーーーー〉」

 直哉が口を挟む。
 半人前の獣たちは今、ステージの縁に腰を下ろして水分補給をしているところだ。
 三人仲良く並んで座り、のんびりと身体を休めている。

「〈……先輩のライブでここまで自由に休憩する後輩も珍しいよね〉」

「〈疲れちゃったー〉」

 ごろーんと、直哉が樹の膝に頭を乗せる。
「邪魔なんだけど」という樹の抗議は、近くにいる亡者と火種の悲鳴によってかき消された。

「〈よしよし。あと二曲……か三曲で終わると思うから、もうちょっとだけ頑張って〉」

 春高が穏やかに励ましたところで、大と樹が口を開いた。

「〈二曲と三曲は疲労の蓄積が大分違うぞー!〉」

「〈せめてどっちか決めてください。その方が身構えられるから、精神が楽〉」

「〈じゃあ、四曲!〉」と、雅臣が指を四つ立てる。
「嫌だ!」と、黒豹は首を横に振った。

「〈嘘。二曲〉」

 立てた指が二本に減らされる。

「〈一曲は君たちの好きな曲だよ〉」

「しょうがない子達だねえ」と、苦い笑いを見せつつ大人たちは準備をするように促す。
 よいしょと立ち上がった黒豹は、大人の後方ではなく舞台袖の方へと姿を消した。

「〈火種のみんなも給水終わったかなあ? 今から歌う曲は、ライブでも定番となっている僕らの曲【はなふぶき】と、昴くんの【籠目の星】です!〉」

「〈籠目の星、豪華炎乱が人前で歌うの久しぶりなんですよね。最後に歌ったの、昴さんと合同ライブした時かな。もう十年くらい前?〉」

「〈いい歳した大人が、がらにもなく緊張してるんだよーっ! 本人の前で歌うのも久しぶりじゃない⁉ 最近、カラオケでも歌ってないのよ! どうしよう! とちったら殺される!〉」

「〈今頃、スッゴい目で袖からステージ見てます〉」

「〈スッゴい目で見てるというか、喋りすぎって怒ってまーす〉」

 直哉が、すいーっと床を滑りながら大人の会話に口を挟んだ。
 比喩でもなんでもなく、直哉は床を滑っている。続けてステージに戻ってきた、大と樹もだ。
 獣の足元を見れば、ベルトで靴に装着するタイプのローラースケートを履いている。
 すいすいと慣れた様子で床をすいすいと滑る三人は、観覧席の火種や亡者の声援に応えつつ、豪華炎乱の後方い回り込んで、ピタリと動きを止めた。
 雅臣は三人を見せびらかすように、マイクを持っていない方の腕を広げる。

「〈今日はちょっと新兵器を試してみようと思ってね! 見ての通り、ローラースケート隊です!〉」

「〈昨年の夏頃から、扇子の練習と一緒に始めたんだっけ?〉」

 春高の問いに三人がうなずき、樹が口を開く。

「〈お二人と初めて会った翌日くらいから、こつこつと練習してました〉」

「〈ツアーでも見せられたら良かったんだけど、安全面を考えた結果無しってことになってしまってね。慣れないステージで無謀な真似をさせるほど、僕らも鬼じゃないからさ〉」

「〈今日は、獣(にゃんこ)くんたちもツアー走りきって、花明かりとミルフェスも頑張ったねってことで、ラストの二曲だけご褒美のローラーです〉」

「〈ご褒美ぃい?〉」と首を傾げる獣である。
 どの辺りがご褒美なのだろうか。
 ローラーも扇子と同様か、それ以上に難しい。
 子どもたちの納得がいかないという表情に、春高はくすりと笑みをこぼした。

「〈ご褒美だよ。ラスト二曲よろしくね。さあ、位置について〉」

「〈火種のみんなも、扇子を振る準備はよろしいですか!〉」

 雅臣が言い終えると同時に【籠目の星】の前奏が流れる。
 フォーメーションは後列にヴァンド、前列に豪華炎乱。正面から見ると、雅臣は樹と直哉の間に、春高は直哉と大の間に入るように見える。
 豪華炎乱の曲同様、手の先から足の先まで、キレのある前奏の振り付けを火種と亡者たちに見せつけ、歌唱に入る雅臣以外が華麗にターンを決める。

《瞼開けろ 準備はいいか》
《旅立ちの合図に 耳をすませ》

《荒野抜ける 風に押され》
《古い地図を片手に 最果てを目指せ》

 高らかに歌い上げた雅臣に続いて、春高が同じように力強く、空を突き抜けるような歌唱を披露する。
 AメロからBメロに入るほんの僅かにあいた時間。
 前列にいた大人たちが後列に、後列にいたヴァンドが前列へと身体をくるりと回して、移動する。

《砂の嵐に煽られて》
《歩みを止めてしまってもいい》

 樹と直哉が、お互いの顔を見ながら伸びやかに歌いつつ、ローラーでするすると動きながらお互いの位置を交代する。
 そして、大から直哉へ、直哉から樹へと歌い継いでいった。

《夢失(な)くさねば》
《また踏み出せる》
《あの帳(そら)の彼方へ────!》

 樹の歌声に導かれるようにして、青緑と深海の色をした紙吹雪がサビに入ると同時に発射される。

《六連星に呼ばれて 進んだ先には》
《物事がうまく廻る世界ではないけど》
《あげ続けろ咆哮 燃やして行け魂(こころ)》
《途切れさせるな この意志を》
《流れていく 火の欠片に》
《願いを 託してしまう前に》
《何度も 踏み出すのだ》
《軌跡を辿って 飛べ 大空へ》

 キラキラとした星屑に似た紙吹雪が舞う中、ステージに立つ五人を映していた大きなモニターが、昨年からのヴァン・ド・ラファールの活動の様子と春から行われた豪華炎乱のツアーの様子を映し出す。
 レッスン中の写真から、イベントの出店の合間に撮った写真。クリフェスで、ハヤラスと共演した時の写真。慈善事業の活動風景。ツアーは動画が使用され、籠目の星を初めて披露した時の姿とミルフェスで披露した時の様子がモニターに映る。
 まだ走り出したばかりの、三匹の若き獣。
 ローラーを操り、するすると床を滑って上手側に樹、観覧席の中央にあるセンターステージへ直哉、下手側に大が移動する。
 疲れが見えてきた三人を鼓舞するのは、大人たちの力強い歌声だ。
 曲の終盤に来ると、モニターはヴァンドの写真を区切りの良いところまで流したところで画面が二つに分かれ、火種たちから見て左側にツアーの千秋楽で籠目を歌うヴァンドが、右側にごうえんとの合同ライブで籠目を歌う鬼頭昴の姿が映し出される。
 過去の映像だが、ヴァンドと鬼頭が初めてステージに並んだ瞬間だった。
 寸分違わず、同じ振りを見せきった両者の映像が切り替わり、ヴァンドの結成日に大人三人と子ども三人で撮った記念写真が映される。

《雲の向こう側へ》
《空の向こう側へ》
《羽根を広げ 目指せ》
《籠目の星を》

 共演の余韻に浸る間もなく、ごうえんの夏フェス最後の曲が流れ出す。
 洋風の曲から一転して、お囃子に似た軽快な音楽が流れ出す。
 最後を飾るのに選ばれた曲【はなふぶき】は、豪華炎乱がライブで必ず歌う、ライブだけでしか披露していない曲だ。
 フェスはもちろん、テレビの音楽番組でも披露していない特別な楽曲である。
 その特別な曲を今日披露することにしたのは、やはり今回の夏フェスが特別な日だからだ。
 六つのプロダクションで企画されたアイドルのプロジェクトが誕生して、昨日で一年を迎えた。節目の年である。
 先ほどまでヴァンドを映していたモニターには、夏フェスのライブを行うアイドルユニットが、一組、一組、丁寧に映し出されている。今の時間も屋内ステージでライブを行っているユニットもだ。あちらは一時間早くステージが始まったので、ぎりぎり画像を組み込むことができた。

《朧月の下 騒げ 歌え 踊れ》
《心開いて 吹き上がれ はなふぶき》
《Don't stop, keep dancing!》
《Until the music stops!》
《Until you burn yourself!》

 曲の終わりと同時に、この日最後の銀テープが空中を舞う。
 どっと胸を震わせる大歓声が会場を包み、テープが落ちてきたエリアではきゃあきゃあわあわあと銀テの引っ張りあいと譲り合いが起きていた。
 静まり返っていたステージ上に【はなふぶき】のカラオケバージョンが流れる中、大人二人が最後の言葉を伝える。

「〈銀テは責任もって、みんなで持って帰ってねえ!〉」

「〈夏フェスご来場ありがとうございました。ステージは終了しますが、出店の方はまだ開いているので、引き続きお楽しみください〉」

 観衆に手を振り大人たちは舞台袖へとはけて行くが、ローラーをはいたままの子どもたちは、移動しながら花道に落ちた銀テを拾いつつ、観覧席へと落としていく。
 退場の順番が来るまでの間、火種たちが退屈しないようにと拾った銀テをなびかせながら花道を滑ったり、くるくると回ったり、一回転ジャンプをしてみたりと、獣は自由に動き回る。
 ゲストが半分ほど減ったところで、舞台袖に近い場所に居た火種と亡者がわっと小さく悲鳴を上げた。
 袖の方へ視線を向ければ、雅臣に肩を組まれた鬼頭がステージにちらりと姿を見せている。
 雅臣は「ほらー! 本当に観に来てたでしょう⁉」とばかりに、鬼頭を指差しては、火種に手を振る。
 鬼頭は、気づいたゲストの声に小さく手を振って応えた後、自分の獣たちに「もう帰ってきなさい」と手招きをした。
 フィギュアスケートの選手のように、膝と腰を折ってご挨拶してから、獣は舞台袖へと滑り出す。
 大、樹の順で舞台袖に帰還し、最後まで残って滑っていた直哉が戻ってくるのを出迎えてから、大人たちも袖に引っ込んだ。
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