second stage 疾風炎嵐


#バズリンアイドル
#バズリン_ミルフェス
#ヴァンド
#豪華炎乱


 ◇  ◇  ◇

 エナガとアヌビスが舞台袖にさがった後から流れていた音楽が、静かに消えていく。
 空は変わらず晴れ渡り、日差しも少しずつ強くなって目に痛いくらいだ。
 眩しい青空の向こうには、きらきらとした星空が広がっている。
 太陽の光が強くて、日中は見えないだけだ。でもちゃんと、星はそこにある。
 目指すべき六連星(すばる)も、見えなくなる季節があるけれど、ずっと見えないわけではない。
 秋になれば、また会える。
 今は見えない背中も、いつか見える時が来る。
 そう信じて、風を吹かせる。
 ヴァンド、二回目のフェス。
 自分たち以外のファンが居る場に出るのは久しぶりだ。
 樹は、月曜日のマクハリ公演でも着た籠目の衣装に身を包んで、頭上に広がる青空を仰いだ。

 ◇  ◇  ◇

 短い針が十の位置に。長い針が、十二の位置を指し示す。
 七月二十二日、午前十時。
 ミルキーウェイスターフェスティバルのステージは、この道十八年の男二人によって幕を開けた。
 しゃらしゃらと、星が流れていく音が会場に流れるのに続いて、豪華炎乱のリーダー、榊雅臣(さかき まさおみ)の力強くも慈愛に満ちた歌声が、青空へと抜けていく。
 歌っている曲は、有名な【星に願いを】だ。
 ステージに雅臣の姿はなく、観覧席にいる火種がキョロキョロと視線をさまよわせていると、後方にいる火種たちが歓声が上がった。
 観覧席の通路を使って、雅臣が歌いながらステージに近づいている。
 歌いながらも時折火種とハイタッチを交わし、握手をしたり、笑いかけたりしながら通路をゆっくりと歩む。
 一節歌い上げると、歌声が雅臣のものからもう一人の男の者へと切り替わった。
 観覧席前方の火種から歓声が上がる。
 雅臣の右腕、聖春高(ひじり はるたか)が、観覧席とステージの間にある通路を歌いながら歩いて、ステージの前に出ていた。
 優しさに満ちた歌声が、会場を包んでいく。
 勢いのあるステージに定評のある二人が、今日は一転して穏やかな始まりであった。
 ミルフェスのモチーフである七夕の雰囲気に合わせているのだろうと、見ている者は察する。
 二人の衣装も、ツアーで見せた豪奢な和風の衣装ではなく、夏物のスラックスとシャツに、きらきらと控えめに輝くスパンコールが散りばめられた薄く黒い生地のジャケットである。シャツの色は、雅臣は黒。春高が水色だ。足元は革靴だった。
 二人がステージ前方に並び立つ頃に、【星に願いを】も終盤へと入る。
 二人の歌声が混ざりあって空に溶けていく様を、若い火種は扇子を振って、この道十数年な火種たちはうっとりとしながら聞き入っていた。
 歌が終わると同時に、火種たちは歓声を送りながら拍手をする。中には口笛で二人に声援を送る者もいた。
 ツアーで巻き起こった爆発的なものではないが、火種たちからの声を一身に受けつつ、雅臣が先に口を開く。

「〈低いところからごめんねえ! やあ、火種の諸君! おはようー!〉」

 再び、会場の隅々まで届くくらいの挨拶が豪華炎乱の二人に返される。

「〈うん。みんな、元気でよろしい〉」

 春高が微笑みながら言葉を放つ。
 その言葉に雅臣が頷いて、言葉を続けた。

「〈エナガとアヌビスの指導の賜物だね! さてと、僕らの挨拶とこのイベントを企画運営するオフィスキュートイの皆様に感謝の言葉を述べたいところだけど、まずはあの子たちを呼ばないとね!〉」

「〈籠目の星を目指す若き獣たち。フェスへの出演は二回目になります。一度見たことある方も、昨年から成長を見守って来た方も、ぜひ彼らの歌声に耳を傾けてください〉」

「〈さーて、口上はどれにしようかなー。【──扇子を振る準備は】〉」

「〈ちょっと待ったーーーー!〉」

 まだ誰の姿もないステージのどこからか、樹の声が響き渡る。

「〈それを言うのは、ヴァンド(うち)のエースだーーーー!〉」

 樹の声に続いて、大の声も響く。
 ステージの前に立つ大人二人は、頬を緩めてお互いに顔を合わせた。

「〈だそうですよ〉」

「〈しょうがないねえ。じゃあ、いつもの口上にしよう。【頂きにて────!】〉」

【咆哮せよ!】

 刹那。
 ステージ前方から、挨拶代わりの銀テープが放たれる。
 火種たちが銀テの発射音と、銀テープに気をとられている間に、観覧席の後方から獣(しょうねん)三人が、姿を現した。
 白い半袖が太陽の光を反射して眩しい。
 半袖の下にあるのは、最近作られたヴァンドイメージのネックレスの柄を模した黒のタンクトップ。夜を表す黒いパンツと、満月の光が零れ落ちるように腰から太ももにかけて刺繍された青白い蔦模様。
 少年三人は堂々と後方から観覧席を見据え、手に持つマイクを強く握る。
 中央に立つ直哉(エース)が手を差し出し、口を開いた。

「さあ、みなさん」
 ──扇子を振る準備はよろしいですか?

 籠目の前奏が流れ出す。
 篠笛とバックバンドによる早い曲調の曲。鬼頭昴のデビュー曲。
 観覧席最後尾。その背後にある通路に設置されたお立ち台の上で、スタンドマイクがあるかのように腕だけの振りを見せる。
 ヴァンドの視線の先にあるのは、銀テープ片手に手を振る火種と扇子を振る火種。それから、この後のステージを目当てに集まった他ユニットのファン。
 火種はもちろん、他のファンをヴァンドの方へ誘き寄せるようにして、前奏が終わる直前にくるりと身体を回転させる。
 大事な歌い出しは、海原の時同様樹からだ。

《瞼開けろ 準備はいいか》
《旅立ちの合図に 耳をすませ》
《荒野抜ける 風に押され》
《古い地図を片手に 最果てを目指せ》

 樹が歌っている間に、並び立つ直哉と大が振りを見せる。
【籠目の星】は、最果てにある『もの』を求めて旅立つ旅人の歌だ。
 砂嵐で足止めをされても、雨風で視界を遮られても、胸に秘めた熱を絶やさず、何度でも歩き出す。その思いが空に届いて、星に導かれて行く旅人。
 鬼頭昴は、日向橘と二人でデビューするはずだった。
 二人で歌い披露するはずだった【籠目の星】は、橘が去った後、鬼頭自身が歌詞に手を加え一人で歌う曲に変わり、外に出た。
 その曲をヴァンドが歌うからとまた手を加えて、何があっても前に進むというメッセージを込めて、少年三人に与えられた。
 カバー曲だけど、新しい曲。
 ナゴヤ公演で籠目の星をヴァンドの結成日に歌うと決まってから、ヴァンドが歌っても違和感がないようにと進化した。
 元の曲が好きだと思う昴のファンもいるかもしれない。
 でもこれが、アイドルを辞めて裏方として生きる鬼頭昴からの、今もどこかで密かに復帰を待ち望むファンへ送るメッセージだ。

《砂の嵐に煽られて》
《歩みを止めてしまってもいい》

 樹が高らかに出だしのメロディーを歌い上げ、サビに入る前のメロディーを直哉と大が同時に歌い出す。
 サビに入る直前の三行は、大から直哉へ、直哉から樹へと繋がれていく。

《夢失(な)くさねば》
《また踏み出せる》
《あの帳(そら)の彼方へ────!》

《六連星に呼ばれて 進んだ先には》
《物事がうまく廻る世界ではないけど》
《あげ続けろ咆哮 燃やして行け魂(こころ)》
《途切れさせるな この意志を》

 サビに入ると同時に、青緑色と深海の色をした紙吹雪が放たれる。
 午前中の明るい日差しを紙が反射して、空から零れて来た星の欠片のようだ。
 観覧席からわっと歓声が上がり、振られる扇子に力が入る。
 煽られた紙吹雪と少年三人が舞い踊る様を、豪華炎乱の二人も手拍子をして見守る。
 サビを終えた三人は次のメロディーが始まると、後方のステージから飛び出し、観覧席の通路へ降り立つ。
 前方のメインステージに向けて歩きつつ、火種たちとハイタッチを交わし、握手をしながら、道を進む。
 メインステージにはスタンドマイクが三人分用意され、使われているのを今か今かと待っていた。
 メロディーが終わるまでの僅かな時間を使って移動した三人が、階(きざはし)を使ってステージへと駆け上がる。
 流れるような動作でスタンドに持っていたマイクをセットし、サビへと入っていった。
 六芒星を描く動作に続いて、描いた星を空へ流す振り付け。
 蒸し暑い気温に負けないように、三人の歌声が会場の空気を震わせた。
 籠目の星を歌い上げた三人が最後のポーズを決める。
 そのまま豪華炎乱のMCに移ると思っていた会場に、雅臣の言葉が響いた。

「〈そのまま【海原】いっくよーーーー!〉」

 海原の前奏が流れ、ステージの三人がマイクを抜き取り、スタンドを軽く蹴り上げて、待ち構えていたステージ下のスタッフに渡す。
 立ち位置は、樹が中央。樹の右側に直哉、左側に大。
 前奏が終わると、樹が囁くように語るように、曲に言葉を乗せる。
 ヴァンドが海原を歌うのは、花明かり以来だ。

《真っ青なグラデーションは 鈍色の彼方》
《電光石火で切り裂いて 風待つ君のところへ》
《高い高い 波にさらわれて 溺れてしまっても》
《この骨が 折れるほど 抗いもがいて行け》

 最後のサビもしっかりと締めてから、少年三人はようやく肩の力を抜くことができた。

 ◆  ◆  ◆

「〈さあ、改めまして〉」

 ステージに上がった春高が口を開く。
 その手には資料が握られており、並び立つ雅臣も同じ物を持っていた。
 その二人の後方で、ヴァンドが息を整えながら水分を補給していた。

「〈皆様、ミルキーウェイスターフェスティバルへのご来場誠にありがとうございます。この時間、ステージの方を任されました豪華炎乱の聖春高と〉」

「〈榊雅臣でーす! 【初めましてー】な子もいるのかな? Bsプロに所属してるよ、よろしくねえ〉」

「〈そして、先程パフォーマンスを見せてくれたのが、Bsの新人アイドルで今年度から豪華炎乱(うち)の専属バックダンサーをしているVent de Rafaleの三人です〉」

 春高が資料を持つ腕を広げ、少年三人を紹介する。
 紹介された三人は一度頭を下げてから、「おはようございます」と観覧席に向けて挨拶をし、手を振った。

「〈三人がフェスに出るのは花明かり以来かな?〉」

「〈そうですね、花明かり以来です〉」

 春高の質問に樹が答える。

「〈本当はジュノフェスにも出たかったんですけど、先輩たちのツアーと被ってしまって出れなかったので、今日のイベントを楽しみにしいてました〉」

 樹と春高がやり取りを広げていく中で、樹が持っていたペットボトルを直哉が抜き取り、下にいるスタッフから渡されたカゴを大が受け取って、直哉が持っているペットボトルを回収する。
 その様子を見ていた雅臣が、ぱくぱくと口だけ動かして「偉いねえ」と褒め言葉を送っていた。

「〈七夕と言えば、短冊に願い事を書く風習があるけれど、三人は書いたかな?〉」

「〈書きましたー!〉」

「〈三人とも書きましたー!〉」

 大が言葉を返したのに続いて、樹も言葉を返す。

「〈Bsプロの事務所にある笹と、会場にある笹と二枚書きました〉」

 樹に続いて、直哉が口を開く。
 彼の言葉に答えたのは、雅臣だった。

「〈おー! さすがだね! 何て書いたんだい?〉」

「〈会場の方には『良いパフォーマーになりたい』と書きました〉」

 樹が朗らかに笑って答える。
 他の二人も似たようなものだと答えると、春高が表情を崩さず会話を繋げていく。

「〈事務所の方にはなんて書いたんだい?〉」

「〈『五千兆円稼ぎたい』〉」

「〈『赤点とりたくない』〉」

「〈『休みもぎとる』〉」

 直哉、大、樹の順に口を開く。
 本音丸出しの願い事に、観覧席からあたたかな笑いがこぼれ、雅臣と春高も頬を緩める。

「〈いやいや、本音と建前の使い分けがお上手だこと!〉」

「〈少年らしさがあっていいんじゃないかな? ねえ〉」

「〈いやあ、本当にぶっちゃけた話、休みが欲しいです〉」

「〈俺なんか花明かり終わってから、ファントム×ナイトの練習とツアーの練習して、全国ツアーしてからここに居るからね〉」

「超忙しかった」とぼやく直哉に、樹が苦い笑いを返す。

「〈大変だったね、直ちゃん。……先輩方は短冊書かれましたか?〉」

 樹の問いに、大人二人は一度顔を見合わせた後、春高の方から口を開いた。

「〈君たちとあまり変わらないかな?〉」

「〈五千兆円?〉」

「〈そっちじゃなくて!〉」

 雅臣が否定の言葉を入れる。

「〈この歳になると自分の事じゃなくて、周囲の人の事を願うよね〉」

「〈世界平和とかね!〉」

「〈ハルさんはともかく、マサさんは平和を願うタイプじゃないでしょう〉」

 雅臣と直哉がやり取りをしている間に、春高がちらりと自分の腕時計に視線を落とす。
 ステージが開始してから二十分が経とうとしている。残りの時間は四十分くらいだろう。
 豪華炎乱は、その気になれば六十分みっちりとパフォーマンスが行えるほど引き出しがある。が、観覧席の入れ替えや休憩の事を考えると、少し早めに切り上げた方が良い。
 豪華炎乱一組のライブならともかく、今日は十組以上のユニットが出演するのだ。出だしで時間を押すような真似は出来ない。
 時計から視線を外して、観覧席に向ける。
 火種たちから伝わってくるのは、大人と子どものやり取りが微笑ましいというほのぼのとした空気。その中から、宴を期待して待つ空気も伝わって来る。
 この時間まで、大人が披露したのは【星に願いを】だけだ。豪華炎乱をよく知る者なら、このまま何もせずに幕を下ろすとは思っていないだろう。
 もちろん、本人たちもそのつもりだ。七夕のコンセプトからは離れてしまうが、正統派から野蛮と見なされることが多い事務所のタレントとしてはらしい行為だとも言える。
 雅臣に目配せをしようとしたところで、春高は動きを止めた。
 観覧席の隅で、金色が輝いた気がする。
 視線を動かし、視界に掠めた金色を探す。それは……その男(ひと)は容易く見つかった。
 金色の髪と、鋭く尖った視線。濁りのある瞳。炎天下にも関わらず、スーツで身を包んでいる男を、春高はよく知っていた。

「(淀水流(よどみ ながれ)……)」

 BtHの終盤。ヴァンドの出番が終わり、閉会式を待っている最中、一人で居た大に話しかけて来た男だ。禁止されている引き抜きの話をしてきたと、大は言っていた。
 その男が、なぜこのイベントに来ているのか。
 疑問の只中へと引きずり込まれそうになる春高を、観覧席から上がった声援が引っ張りあげ、繋ぎ止める。
 今は、このステージだ。
 淀水を一瞥してから、春高は相方と子どもたちの作る空気の中へ戻る。
 雅臣と直哉を中心としたヴァンドのやり取りは、午前中に出てくるアイドルの紹介に入っている。
 この後に出てくるアイドルユニットは、シックなダンスでファンを魅了する『カレンデュラ』。その後は、瑞々しさと若々しい力が溢れる『段々UP!』が登場する流れだ。
 段々UP!の紹介が終わった所で、雅臣が春高に視線を送り、口の端をつり上げてから観覧席へと移す。

「さてさて……そろそろ弾けたくなって来た頃かな⁉ 火種の諸君!」

 雅臣の呼び掛けに、観覧席から地鳴りにも似た歓声が上がる。
 ぶんぶんと和柄やエナガが描かれた扇子が振られ、今か今かとその時を待つ火種たち。
「おやおや」と雅臣は愉しげに笑い、「待てない子達だねえ」と言葉を続ける。

「それじゃあ、開いてあげましょうかマサさん」

「そうだね、ハル! 獣の諸君も準備はいいかな⁉」

 言いながら、二人は着ていた夏用のジャケットを脱ぎ、それぞれ近い方にある舞台袖へ向けて投げる。
 少年三人も上に着ていた半袖のジャケットを脱ぎ、ステージ下にいるスタッフによって届けられた羽織りへ着替える。BtHでも着た、地獄絵図柄の羽織りだ。腰に扇子を収納するホルダーを着けて、三人は大人二人の後方に立つ。
 春高が少年三人に向けて人差し指と中指を立てると、三人は慣れた様子で首を縦に動かす。
 続けて、樹に向けて人差し指を立てた。樹もわかった様子でこくりと頷く。
 春高が見せたのは、ツアーでも行われた三十分通しメドレーの種類だ。メドレーは四種類ほど用意されていて、種類ごとに番号をつけている。このステージで見せるメドレーは二種類目のメドレーだと、春高は子どもたちに伝えたのだ。
 二種類目のメドレーは【業火の華】から始まる。業火の華は、曲の前に決まり文句を言うのが恒例となっていた。直哉も花明かりで行っている。舞台の幕開けとなる大役を、春高は樹に任せた。
 雅臣がばしんと樹の肩を叩いてから、ステージ前方に移動し、扇子片手に声を張り上げる。

「待たせたね、火種の諸君! さあ! 楽しい宴の始まりだ! 思う存分、咲き乱れると良い! そしてそのまま────燃えちまいな」

 一拍おいて、樹の声が青く澄み渡る空へと抜けていった。

《咲き乱れろ 業火の華────!》
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