second stage 疾風炎嵐


#バズリンアイドル
#バズリン_ミルフェス
#ヴァンド
#豪華炎乱


 七月二十二日。午前九時二十五分。
 青々と晴れ渡る空の下。冷めない熱波に包まれた都心のどこかにある広場で、豪勢な笹の葉が七夕飾りでその身を飾り、ゆさゆさと枝葉を揺らしている。
 そんな広場の片隅には、イベントテーマに合わせた物販やゲーム、フード出店が行われ、併設されているカフェもイベントモードに入っている。
 出店エリアから少し離れた場所では、アイドルたちによるライブパフォーマンスが行われるステージが用意され、午前のまだ早い時間だというのに、十時から開始される一組目のステージを観ようとすでにゲストたちが観覧エリアへと案内されていた。
 エリアは少しずつではあるが、時間が経つにつれて満員へと近づいている。
 ある者はパタパタと扇子で自身を扇ぎ、ある者は倒れないように喉を潤しつつ時間を潰す中で、時計の長い針が六の数字に重なる。
 刹那。
 しゃららんと星が流れる音に続いて、世界的に有名な某D社の星に願う音楽が一節分流れ、その後に続いてイベントの開催をお祝いする晴れやかで賑やかな音楽が流れ出す。
 そして、音楽が十五秒ほど流れたところで、ステージの右側の袖から黒いTシャツとパンツを着たジャッカルの姿が、左側の袖から白いもふもふとした大福みたいな鳥が現れた。

「〈現世のみんなー! そして亡者のみなさーん! おはようございまーす!〉」

「〈おはようございまーす!〉」

 ジャッカルがマイク片手に、資料を持った方の手をぶんぶんと観覧席に向けて振る。
 白い鳥も、ジャッカルに負けずに手を振った。
 観覧席から、ちらほらと「おはよう」の挨拶が返ってくる。
 ジャッカルはステージに置かれている床置きタイプのスピーカーに片足を置き、資料を持った手を観覧席に突き出して、声を張り上げた。

「〈声がちいさあああああああああああい!〉」

「〈そうだ、そうだ!〉」

 ピョコピョコと、白い鳥も跳ねる。

「〈朝だから声がでないってーのは甘えだからな! そんなんだと、この後に出てくるボスに怒られるぞ!〉」

「〈そうだ、ぞうだ! 無駄に厳しいんだぞ! ため口は何も言わないけど、挨拶だけは口うるさいんだぞ!〉」

「〈中身が昭和の野球部だからな! 挨拶してきた人間とそうでない人間全部覚えてるからな! 気をつけろよ!〉」

「〈ほらー! ボスの性格に心当たりのあるお姉さんたちが苦笑いしてるよ! ヴァンドのお友だちも気をつけてー!〉」

「こらぁあー! 誰が昭和の野球部だ!」

 ジャッカルと白い鳥から見て、左手の舞台袖から清楚な私服に長身の男が姿を見せる。
 豪華炎乱のリーダー榊雅臣(さかき まさおみ)だ。
 雅臣が姿を見せるなり、観覧席からは登場を喜ぶ声と純粋な笑い声と苦笑が飛び交い、ステージ上ではジャッカルと白い鳥が「ひいいいい!」と身を寄せあっている。

「〈おっかない人が来たよー!〉」

「〈噂をすればだよー!〉」

「僕の事はいいからさっさと、アナウンスに入りなさーい! あと、野球部じゃなくてバスケ部だから! そこんとこよろしく!」

「アデュー!」と観覧席に手を振り、雅臣は舞台袖に引っ込んでいく。

「〈…………もう行ったかな?〉」

 白い鳥が舞台袖の方をそろそろと覗き込む仕草を見せる。

「〈あーーびっくりした! みんなもびっくりしたな!〉」

「〈おっかなかったねえ!〉」

 白い鳥が観覧席へ向けて、羽根を振る動作をする。
 扇子を持った人たちが、ぶんぶんと振って答えた。

「〈さーて気を取り直して! 挨拶もう一回行きまーす! 現世のみんなー! そして、亡者のみなさーん! おはようございまーす!〉」

【おはようございまーす!】と、会場全体に響き渡るほど大きな声が返ってくる。

「〈なんだー! ちゃんとできんじゃーん!〉」

「〈もう! 最初っからやってよねえー!〉」

 白い鳥が、腰に手を置く動作を羽根を使ってやってみせた。

「〈さあ! ご挨拶が済んだならー!〉」

「〈次は自己紹介だねえ!〉」

「〈オレたちはヴァンドのお友だち、アヌビスとおおおお!〉」

「〈ボク、シマエナガー!〉」

「イエーイ!」と、名前を名乗った二人が両腕(羽)をあげる。

「〈みんなー! 今日はミルキーウェイスターフェスティバルへようこそー! ご来場ありがとうだよー!〉」

「〈今日は大事なアナウンスを任されて、地獄から参上した次第!〉」

「〈超大事な話だから、みんな耳の穴よくあけて聞いてねー!〉」

 パタパタと、シマエナガが羽根を動かす。
 アヌビスが一度資料に視線を落とした。

「〈【本日のミルキーウェイスターフェスティバルは、七夕をコンセプトにしたイベントになっております。会場には大きな笹を用意しておりますので、ぜひお願い事をしたためた短冊を飾って】〉」

「〈ちょっとアヌビス! 誰がそのまま読めって言った⁉〉」

 ばしんと、エナガの羽根がアヌビスの腰に入る。
 アヌビスは情けない声を上げて、膝から崩れ落ちた。

「〈いーい⁉ アヌビス! こういうのはねえ、テンポが大事なの! いかにして、興味を持ってもらうかが重要なの! 読めばいいってもんじゃないの!〉」

 こほんと一度咳払いをしてから、エナガがお手本を見た。

「〈本日のイベントミルキーウェイスターフェスティバルは、七夕をコンセプトにしてるんだってー! ロマンチックだねえ! 会場には大きな笹も用意してあるから、短冊にいっぱいお願い事書いて、飾って行ってねえ! アイドルたちの短冊も飾られてるかもよー! 叶うかどうかは、君しだーい!〉」

 ビシッと羽根の先を観覧席に向けて決めポーズをとる。

「〈どうよ、アヌビス! やり方わかったー?〉」

「〈いやー何て言うか…………エナガと声の主の性格の落差が大きくて、頭に入ってこねえ〉」

「〈それは言ってはいけないよ、アヌビス。ていうか、エナガに中の人も声の主もいませんからー! エナガはエナガですからー!〉」

 バタバタと羽根を振って抗議するエナガの言葉を、アヌビスは「はいはい」と聞き流す。

「〈というわけで、次のお知らせ行きまーす!〉」

「〈併設されてるCトイのカフェでは、所属アイドルのコラボメニューが提供されているよ! エナガも後で食べにいくんだー!〉」

「〈その巨体で、行列に並ぶのか?〉」

「〈巨体って言わないでくれる? エナガはお痩せさんです。物販・出店エリアでは、所属アイドルのグッズ販売やアイドルによる出店もあるよー! ボクのお友だちヴァンドもヨーヨー釣りを出店するから、みんな涼みがてら遊びに来てね!〉」

「〈天国、現世、亡者モードをご用意してお待ちしてますー!〉」

「〈天国モードは、釣り中に問答無用で裁判が始まるからねーっ! 亡者モードは水流アップです!〉」

「イエーイ!」と、エナガが羽根をバタバタと動かす。
 その間に、アヌビスが原稿を盗み見た。

「〈また、本日は暑くなる予報ですので、ご来場の皆様は熱中症にお気をつけくださーい〉」

「〈アヌビスー。ボクも喉乾いちゃったよー〉」

「〈え? もう十分経った? あ、本当だ。ちょっと待ってろー〉」

 ステージ下で待機していたスタッフが、冷やしたペットボトルをアヌビスに手渡す。
「〈夏のエナガちゃんは十分おきに水飲まないと死んじゃうですよー〉」と言いながら、アヌビスはエナガの背中からペットボトルを差し入れた。

「〈定期的に水飲まないと、あの世に強制送還されちゃうんだよー。みんなもちゃんと水分補給するんだよー。物販・出店エリアで冷たいドリンク販売されてるからねえー〉」

「〈体調が悪くなったら、近くのスタッフに声かけてくれよな!〉」

 ばさばさと、エナガが右の羽根を動かす。

「〈アヌビス飲み終わったよー!〉」

「〈はいはいー〉」

 エナガの背中から、空になったペットボトルが飛び出す。
 梨の妖精もやっている、イリュージョンというやつだ。
 空のペットボトルを拾ったアヌビスは、ステージ下にいるスタッフへ投げ渡した。

「〈つづきまして、ライブの注意事項です! 今回もパワフルでハッピーで良い顔したアイドルがたくさん登場するぞ! みんなで気持ち良く見る為に、しっかり守ってくれよな!〉」

「〈ボクライブだいすきー! でも、勝手に写真撮ったらだめだよー! 盗撮ダメ絶対!〉」

「〈ライブステージ、公演中の写真撮影、動画撮影録音は禁止です。推しはあなたの心に収めていただきますよう、お願いします!〉」

「〈約束を守らない悪い子は───骨の髄まで食べちゃうぞ〉」

 羽根の先を観客席へ向けて突きだし、エナガの決め台詞を言う。

「〈撮影スタッフ以外の撮影行為は、見つけ次第獄卒が連行していきまっす! おっかない鬼の頭が事情聴取するからな! 覚悟しろよ!〉」

「〈鬼の頭がするのー? おっかないねえーやだねえー。頭のお説教長いんだよなあ。一から十まで、ねちねちと拾い上げてきてさー〉」

「〈……そろそろ怒られるんじゃね?〉」

「〈大丈夫。怒られそうになったら、奥の手使って鎮めるから。ライブエリア内での喫煙、キャンプファイアー、盗んだバイクで走り出すのも禁止です。わかりましたか? 大人たちー? 特に喫煙してる大人たちー!〉」

「〈喫煙は喫煙所でするんだぞ! 大人たちーーーー!〉」

「〈火種さんを使って、会場を灰にしてる大人たちもねえーーーーーー! ところで、アヌビスー〉」

「〈なんだよ、エナガー〉」

「〈【盗んだバイクで走り出す】ってどういうこと?〉」

「〈昔々、そのような歌詞の歌が流行った時期があってだな……って、なんでオレに言わせてんだよ! オレも生きてねえよ!〉」

「〈生きてないのに知ってるじゃーん!〉」

「〈流行りだったからな!〉」

 そのまま、昔はこういう曲が流行っていた談義が始まりそうになったところで、エナガたちから見て右手の舞台袖から、先ほどとは違う長身の男が姿を現した。
 白いシャツと黒いパンツ姿の、爽やかな夏らしい装いに身を包んだ男である。豪華炎乱の聖春高である。
 春高はにこにこと笑みを見せて、穏やかに言葉を紡いだ。

「エナガ、アヌビス。もうお着替えの時間だよー」

「〈えー! もう時間ー⁉ 喋りたりないよー!〉」

 いやいやと羽根をばたばたさせるエナガを、アヌビスが宥める。

「〈しょうがねえ! この続きはまた今度な!〉」

「〈もーーーー。次あったら、時間ぎりぎりまで喋るからねー!〉」

「長くなりましたが、以上でエナガとアヌビスによるご案内アナウンスを終わります。注意事項を守って、ゲストの皆様もキャストも楽しい一日にしましょう。お付き合いありがとうございました!」

 観覧席に向けてお辞儀をする春高にならって、アヌビスも頭を下げ、エナガもぴょこんと頭を下げる動作をした。
 拍手に包まれる中、春高が左手の舞台袖へと二人を誘導する。
「〈じゃーねー!〉」とエナガが羽根を振り、春高、アヌビスの後に続いて舞台袖に入る。
 が、ものの数秒で舞台袖から顔を出し、最後のお知らせを出した。

「〈ステージが始まるまで、【ハピネス・イズ・ヒア】と【Brand New Day】流しておくね!〉」
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