second stage 疾風炎嵐


#バズリンアイドル
#バズリン_ミルフェス
#豪華炎乱
#ヴァンド

「エナガの動画が小児科で流れてた?」

 直哉が、白鶯会総合病院の小児科で見たものを樹と大に伝えると、二人は驚いた様子で目を開いた。
 汗で濡れたシャツを脱ぎながら、直哉は頷く。
 まだレッスン前。事務所の最寄り駅から歩いて来ただけで汗だくになるほど、外はぎらぎらとした暑さに包まれている。
 暑いのはわかっていたから、駅まで迎えに来てもらえばよかったと後悔した。
 いつも使っているレッスン室の扇風機に当たりながら、直哉は言葉を続ける。

「帰る時に小児科に寄って確認してみたら、待合室のキッズスペースと病棟のフリースペースでアニメと交互に流してるんだって」

「へえー」

 はじめはアン○ンマンだけ流していたそうなのだが、たまに通院する子どもたちはともかく、入院中でもフリースペースで遊べる体調の子どもたちは、毎日アン○ンマンを見せられて飽きていたそう。
 教育テレビで流れているおかあさんおとうさん御用達の番組も流しているようだが、やはり代わり映えがなく飽きが来てしまうらしい。
 他のアニメを流してもいいが、流すにしてもどんなものがいいか、どういうものが見たいのかと考えた末、子どもとその保護者たちにアンケートをしたそうだ。
 そのアンケートの回答の中にあったのがエナガちゃん動画だった。
 書いてくれたのは、先月末から盲腸で入院している小さな女の子。歳は光希と同じ小学校一年生。お姉ちゃんがアイドル好きで、定期的にアイドル専門雑誌を買って読んでいるそうだ。女の子は、花明かり特集が載っている号を偶々見て、そこに載っていたエナガちゃんに一目惚れしたんだってと、看護師さんが教えてくれた。
 顔の良い男たちよりも、大福みたいな白いもふもふを選ぶ辺り、園児から卒業して間もない一年生らしくて微笑ましい。ちょこっとだけその子の病室を覗きに行ったら、桜エナガマペットと、七月頭に発売されたばかりの麦わら法被エナガのお手玉がテレビの脇に置かれていた。その調子で、エナガの中身にも興味をもってもらいたいものである。

「アンケートの結果を見て、アン○ンマン以外にも採用して流してるんだけど、アニメばかり流してもじっと見ているだけだから、ダンスや体操で身体を動かすきっかけがあるエナガ動画も採用したんだって」

「意外なところで役に立ってたんだねえ」

「エナガとアヌビスが、ただただラジオ体操をしたり、マルモリ踊ったり、パプリカ踊ったりしてるだけなのにな」

 直哉から話を聞いた樹と大が、のんびりと口を開く。
 とりあえず、気づいた人が見てくれて癒されればいいかなあという緩い気持ちで載せたものが、公共の施設で流されているとは嬉しい面もあり、もう少しクオリティあげておけば良かったとも思う。
 現在、HPに載せているエナガの殆どが、イベントに出したエナガを再編集したものだ。新規の映像は少ない。
 見てる人間が居るとわかった今、新しい動画を用意するしかないか。
 樹と大が目配せをした時、直哉が言葉で割って入る。

「というわけだから、小児科の看護師長さんと約束してきたよ」

「え?」

「は?」

 この副官は、小児科と何の約束をしてきたんだ。
 時が止まった二人を置いて、ヴァンドの副官(おに)は淡々と話を進めた。

「二人のことだから、この話したら【そのうち新規動画作ろうね】とか、【お礼言いに行きたいね】とか言うと思ったから、近いうちにエナガとアヌビスお邪魔しますって約束してきた」

 ヴァンドの練習着に腕と首を通し、裾を整えながら日程の事を考え始める。

「行くとするなら、夏休み入る頃かなあ。八月はまだ予定がわからないし、今はテスト中だし、ツアーの公演も残ってるしー」

「ミルフェスと慈善事業も加わって、この一年で一番忙しい月になりそうだねえ」と呑気に言う副官の首を、リーダーが背後から近づき両の手で絞め上げた。

「ぐえっ」

「おい、こら、バカ。誰がどこに邪魔するって?」

「勝手に約束してきてんじゃねえぞ、バカ」

「……バカって言った方がバカなんですけどー?」

 首を絞められながらも「知ってますかー?」と、二人を小馬鹿にした様子で口を開く副官である。
 樹と大のこめかみに青筋が浮かぶ。
 こいつ。一回痛い目あった方がいい。
 口には出さずとも、二人の考えが揃った瞬間であった。

「まあ、直ちゃんの突飛な一人行動は今に始まった事じゃないから、お仕置きは後でするとして」

 樹(リーダー)は直哉の首から手を外し、腕を組む。
「お仕置き必要ー?」と直哉はぼやいたが、見事に無視された。因みに、お仕置きの内容は樹と大が食べたい物を一回奢るである。

「慈善事業行くなら、病院の人とも鬼頭さんとも相談しないとだよ。何をやるのかとか、病院でやって良いことと駄目な事とか聞いておかないとだし」

「病院の方は任せといて。お見舞いついでに打ち合わせ進めるから」

「……本当に大丈夫?」

「大丈夫ですー」

「まっかせなさい」と、副官は胸を張って見せた。


「慈善事業とミルフェスの準備もだが……」

 レッスンを一時間と三十分終えて休憩に入った獣たちに、鬼頭マネージャーの尖った視線が降り注ぐ。
 三人は肩で息をしつつ、汗を拭いながら耳を傾けていた。

「十九日の公演でファンに伝えるメッセージ、ちゃんと考えてんだろうな?」

 正式結成してから一年を迎える、まだまだ半人前な獣三人。
 同時期に結成されたユニットに比べ、世間への露出度は低く、活動内容も限定的ではあるが、一定のファン層は掴みつつある。
 そのファンと当日会場にいる豪華炎乱のファンに向けて、メッセージを伝える時間を設けてあるのだが、鬼頭は三人の様子を見て、浅く息を吐いた。
 鬼頭からの問いかけに、三人はピシリと動きを止めて、目を泳がせている。
 テストとレッスンで忙しかったとはいえ、この三人、まだ何も考えてねえなという雰囲気がよく伝わってきた。
 一回目よりもやや深く息が吐き出される。

「十八日までにちゃんと考えてメモってこいよ、変なこと言わないか確認するから。宿題な」

【宿題】という単語に三人は目を剥いて、カエルが潰れた時のような声を出す。

「宿題なんて、今時の高校生に似合わないよ、パパー」

「似合う似合わないの問題じゃない。やる。わかったな?」

「二十分休憩したら、籠目の練習に入るから」と言いおいて、鬼頭はレッスン室を出ていく。
 世話烏の後ろ姿を見送ってから、三人は顔を見合わせた。

「二人は何て言うか決めてる?」

 樹が口を開く。
 大はぶんぶんと首を横に振り、直哉は答えを誤魔化すように首を傾げた。

「……やっぱり?」

「オレ、言われた時に考えてみたけど、さっぱり浮かばなかったから放置したわ」

「俺はさっきまで存在を忘れてた」

「慈善事業の営業してる場合じゃなかったね、直ちゃん」

「いやーうっかり、うっかり。副官は完璧人間じゃないので許してー」

「申し訳ー」と手を合わせる直哉に、樹は息を吐き出す。

「とりあえず、三人で被らない感じのやつにしようよ。同じこと何度繰り返されても飽きちゃうだろうし」

「それなら」と、直哉は言葉を続けた。

「ミルフェスも近いし、願い事っぽく作れば被らないんじゃない?」

 一周年を迎える自分達に、一周年を迎えるファンとその他大勢の人に願うこと。

「願い事ねえー」

 うーんと、大が腕を組み、首を捻る。

「そういえばよー。二人は、入り口の短冊に願い事書いたん?」

 事務所の入り口には、社長が用意したとかしいてないとか言われている笹が飾られている。
 笹を飾った初日に「君らも書けば?」と言って、雅臣から短冊を渡されていた。
 短冊書かされたなあと、数日前に書いた事を十年前に行った気分で思い出す。

「俺は【休みもぎとる】って書いたよ」

「【五千兆円稼ぎたい】って書いた」

 二人の返答に、大は頬をひきつらせた。
 リーダーも副官も、願いじゃなくて恨みと欲望が込められてないか。
 ツアーが始まってから、休みが減ったのは確かだし、お金を稼ぎたいは、人間なら誰もが一回は考えることだ。
 一字一句伝えると、二人はやれやれと肩をすくめる。
 リーダー曰く。誰が見るかわからないところで、本気(ガチ)な願いを書くわけないじゃない。
 副官曰く。本気の願いは、舞浜の方で英語で書いてきた。
「変なところで個人情報気にしてんじゃねえよ」という突っ込みがアヌビスの喉の入り口まで来ていたが、外には出さず奥へ押し戻す。

「大ちゃんは何て書いたの?」

 樹が問う。
 大は組んでいた腕を解き、顎に指をそえて自分の短冊の記憶を引き出す。

「【赤点とりたくない】だな、うん」

「なんだあ」と、直哉が拍子抜けした。

「大ちゃんも俺たちと変わらないじゃん」

「何を言う。これでも一応、オレのでっけえ決意が込められてんだぞ!」

「どんな決意?」

「え?」

 副官がずいっと距離を詰めて来て、大は足を一歩引く。

「どんな決意ですか?」

 丁寧な物言いで改めて問われるが、底の見えない黒い瞳にじっとりと見られていると、尋問されている気分である。
 クリフェスで直哉の裁判を受けたやつは、この瞳でじーっとりと内面を見られていたのだろうか。それは、怖くなって泣いても可笑しくない。
「晶輝(アッキー)元気かな。あ、この間ロケ番組持ったって聞いたわ」などと頭の隅で考えながら、大は口を開いた。

「オレさ、進学するなら兄貴と同じ國學院の神道文化学部に行こうと思っててさー」

 大の祖母の家は、神職の家だ。管理している社は自宅近くにある神社だけでなく、地域に建立されているものも含まれている。この国は、神職よりも社の方が多いのだ。管理の掛け持ちは当たり前にあるのだ。

「寺の方はもう跡継ぎ決まってるし、人数的にも安泰なんだが、神社の方がどうも手薄でなあ。そのうち兄貴が世話するんだろうけど、一人じゃ大変だから、俺もいつでも手伝えるように資格持っておきたいなあって。ハルさんも、文化学部行きながら仕事してたみたいだし」

 手助けというと気恥ずかしさがあるが、助けてあげたいなあという気持ちは本気だ。
 だから、ちょっと……否、かなり真剣になって勉強してみようと思ったのだ。期末テストで赤点を取っているようでは、大学に受かるなど夢のまた夢である。
 近年稀に見る、大の並々ならぬ熱意に、直哉と樹は顔を見合わせる。

「意外」

「意外だね」

「もう進路の事考えてたんだね」

「意外だね」

「ひっでぇな、おい。そんなに将来考えてないやつに見えてた、オレ⁉」

 うんと、二人が同時に頷く。
 二回目の「ひっでぇな」が、口からこぼれ出た。

「まあ、大ちゃんの家見る限り、寺か神社には行くんだろうなあとは思ってたけどね」

「てっきり、山にこもる方だと思ってたけど。まあいいや。今ので、メッセージのヒント貰えたし」

 直哉はぺしんと大の肩を叩いてから、荷物が置いてある壁際へと歩いていく。
 先程までレッスンで息を荒くしてたとは思えないほど、動きが早い。善は急げというやつだ。
 直哉は自分の鞄から、家庭学習用のノートと筆箱を取りだし、まだ使っていないノートのページを適当に開く。

「メッセージ三人分も考えるのは面倒だから、三人で分割できるくらいの長さで作って、当日お披露目しよう。パパには先に見せるけど。メッセージのテーマは…………【願い】です」

 レッスン室の時計を見ると、次のレッスンまでまだ十分ある。
 今日の籠目の指導者は、籠目を歌った本人(マネージャー)だ。大人たちは人件費(トレーナー)節約とか言ってた。
 今から頭をフル回転させれば、レッスンを始める前にメッセージ出来たぞと見せられる。

「とりあえず、浮かんだ文言ってくれる? 良い感じにまとめるから」

「お前、思い付いたんじゃないのかよ」

「俺のは一番最後に付け足すの」

 かちかちと、ボールペンの先を出し入れさせて、二人を急かす。
「じゃあねえ……」と、樹が口を開きかけたところで、レッスン室の扉が前触れもなく開き、鬼頭が顔を出す。
 噂をすればなんとやらというやつで、獣三人の肩が跳ね上がった。

「パパ、来るの早くない⁉」

「ちげえ、バカ。レッスン始めに来たんじゃなくて呼び出し。直哉に客が来てる」
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