second stage 疾風炎嵐
#バズリンアイドル
#バズリン_ミルフェス
#豪華炎乱
#ヴァンド
「直哉のお祖母ちゃん入院?」と、樹と大が学校から事務所に出社するなり、雅臣の声がエントランスに響く。
樹は、今しがた鬼頭からの伝言を聞かせたばかりの雅臣に「声が大きいよ」と人差し指を立てた。
「正確には、光希ちゃん麻希ちゃんのお祖母ちゃんで、直哉は血繋がってないよ。良い言葉で言うと義理のお祖母ちゃん」
樹が語る間に、大が空いてる椅子に座って銀テのダリアを作りつつ、間延びした口調で言葉を発する。
「まあーーーーびっくりするのもわかるわーーーー。オレらも車乗って早々に知らされて驚いたもん。直ちゃんは平然としてたけど」
「事務所出る時に受付で電話してたから、何かあったんだろうなあとは思ったけどねえ。それにしても、肺炎かー。夏休み前なのに大変だねえ、孫たちもゴリョウシンも。小学校の三者面談もこれからだったでしょう」
様子見で、病院と家を行き来しないといけないし、高齢者の肺炎は何が起こるか分からない。治ってきたと思った翌日に容態が急変して亡くなる事もある。一ヶ月、二ヶ月と入院が長引くこともある。
雅臣は、やれやれと腕を広げ肩を上下させた。
「マサさん【ご両親】が片言になってますよ」
春高がにこやかに指摘する。
「片言にもなるでしょう」と、雅臣は唇をへの字に曲げた。
先輩(ベテラン)から、子どもを持つ大人として抱いている憤りを感じとり、樹と大は苦い笑いを見せた。
「まあ、直ちゃんの親はなあ……」
「新しいお父さんの方もだけど、お母さんが特にねえ……」
高校生二人の視線が遠いところへと向けられる。
二月に行われた母親と直哉の大喧嘩とその顛末は、根強く記憶に残っている。
直哉は誰彼構わず喧嘩を売る性格ではない。ちゃんと理由を見つけて喧嘩する性格だ。手を出すのも、相手が出してくるまで待つ男である。
その直哉を一気に沸騰させたのが母親である。直哉の地雷を次々と踏み抜き、最後は平手打ちだ。
直哉の証言しか聞いてないから、本当はどんな様子だったか樹たちは想像するしかないが、平手打ちされたのは間違いない。
空港まで家出した直哉を迎えに行った時、彼の頬は少しだけ赤く腫れていた。
「それで、病院行ってから直哉と昴くんは来る感じかな?」
雅臣の問いに、樹と大は同時に首を傾げた。
「たぶん……?」
「多分?」
二人の反応に、今度は雅臣が首を傾げる。
「お祖母ちゃんが入院したのついさっきみたいだし。お祖父ちゃん、お祖母ちゃんと二人暮らしだから……」
「入院の準備とか色々手伝ってから来るんじゃねえの? 子どもも光希麻希の父親一人だけって聞いてるし。親が来るまでの間、七十過ぎのじいちゃん一人じゃあ心配だべよ、たぶん」
藤の祖父母が住まう場所は都内だ。ここの事務所から車で五十分も走れば着く場所に住んでいる。「仕事先がチバにある息子夫婦よりも、都内の学校に通う血が通ってない孫の方が比較的早く駆けつけられるからお祖父さんも電話してきたのだ」と、直哉が車の中で語っていた。
大は作り終わった銀テのダリアを、春高が積み上げた銀テのダリアの上にぽいっと放り投げる。
鬼頭が事務所を出る頃は、段ボールの底が見える個数しかなかったダリアだが、今では底をみっちりと埋め尽くし、山になりつつある。
「人に降らすものを投げないの」と、春高が大の頭を小突いた。
「二人とも、そろそろ着替えてお昼食べてきなさい。昴さんと直哉が居なくても、時間通り練習始めるからね」
春高の促しに、樹は「はいはい」と大は「へーい」と返事をして、のそのそと動き出す。
床におろしていたリュックタイプの学生鞄を担ぎ直し、若い二人はいつも使っているレッスン室へと向かった。
◆ ◆ ◆
直哉が病院の正面玄関を潜ろうとしたところで、一番下の妹が立ち止まった。
「……これなんてかいてある?」
病院の正面玄関近くに掲げられている看板を、直哉の一番下の妹、麻希(まき)が、エナガマペットの羽根を使って指差す。
「【白鶯会総合病院】だよ」
「こっちは?」
今度は、熱中症予防について書かれたポスターを指差す。
「【熱中症に気を付けましょう】だって」
「まいにちみずのみましょう?」
「そうそう」
水だけでなく、塩分も大事である。涼しいところでゆっくりと身体を休めるのも大切。都内の夏は、地球に向かって「お前、バカだろう」と罵りたくなるほど攻撃的な暑さだ。油断してると死ぬ。冗談ではなく、本当に死ぬ。
下旬にあるミルフェスは屋外だと聞いている。
熱中症対策と日焼け止めは本気でやらねば。肌見せの衣装を着たときに変な焼け方をしていたら恥ずかしい。
直哉はつらつらと対策を考えながら、麻希と光希に挟まれる形で歩き、病院の中を進む。
向かっている先は、祖母が入院している病棟だ。
今は土曜日の午前中。祖母が入院するという電話が来てから、数日が経っていた。
数日前。受付で鬼頭が電話をしていた相手は、藤家のお祖父さんからだった。光希と麻希の父方の祖父である。直哉は母親の連れ子なので、藤家とは血の繋がりがない。
血の繋がりがないお祖父さんが電話を掛けてきた理由が、藤の家の祖母が肺炎で入院する事になったというものだった。
お祖父さんは、本当は直哉に直接連絡したかったそうだが、携帯の電源が切れていた為出来なかったと、鬼頭に告げた。
テスト中は電源を切ることになっているから仕方ない事である。終わってからであれば、嫌々ながらも出れたであろう事が察せられた。お祖父さんはタイミングが悪かった。
直哉は連絡が来た日に、手続きの手伝いもあって祖父母に会いに来ているが、妹たちは今日が初めてのお見舞いだ。麻希は人生初のお見舞いかもしれない。光希の方は、麻希が産まれた時に母の見舞いに行っているが覚えてないだろう。
光希と麻希だけ血の繋がりがある祖母は、白鶯総合病院に入院する運びとなった。胸が苦しいといって、はじめはかかりつけのクリニックへ行ったのだが、肺炎の症状が見られた為、紹介状を書いてもらって総合病院で再度診察、入院という流れになったそうだ。
祖母は喋れる元気は残っているが、鼻から管を入れている。ドラマでしか見たことがない病室や病院の様子を生で見ることになって、光希麻希が驚いたり怖がったりしないか、お見舞いに飽きて騒ぎ出したりしないかと、兄は人知れずひやひやとしていた。
「二人とも、兄ちゃんはお昼頃にお仕事行っちゃうけど、トウキョーのじいじが来るから、良い子にしてるんだよ」
「はーい」と光希は返事をしたが、麻希の方は直哉の手をぎゅーっと強く握って返す。表情も固い。
「麻希は兄ちゃんの仕事が終わるまで、待ってられるかなー?」
「まてるよねー?」
「…………」
やはり、麻希の表情は固い。
直哉は嫌な予感を抱きながら、二人と一緒にエレベーターに乗る。
光希と麻希は夕方まで病院にいるが、直哉は午後からレッスンだ。お昼過ぎに祖父が見舞いに来ると言ってたので、そこで子守り交代である。レッスンが終わったら、直哉が二人を迎えに来て、家に帰る流れとなっていた。直哉も、今日は実家の方に帰宅だ。
父親が昼から夜まで仕事、母親が自分の両親の介護があるからと言って昨日の夜から泊まりで出ているせいだ。
「(本当に介護なのか……)」
不貞の前科があるだけに信用できない。
みしみしと、直哉の眉間にシワが寄る。
怪盗騎士の時も、介護があるからといって、母親は隣の兵藤家に妹たちを預けて泊まりに行ったようだ。ジュノフェス当日も兵藤家に預けていたようで、樹の兄と一緒にジュノフェスの配信を見ていたときく。
「帰ってきたら光希たちがまだ家にいてびっくりした」とは、帰って早々に直哉に電話をかけてきた樹の言葉だ。
二十三時頃に父親が帰って来るまで、ずっと兵藤家のお世話になっていた幼い妹たち。母親が帰ってきたのは日付が変わった頃だったそうだ。
何度も長いこと家を留守にして、子どもも置いたままで。
「(父親もだけど、クソババアほんとクソババアだな)」
妹たちが居なければ、今この場で盛大に舌打ちをしているところだ。
胸の内で母親を罵倒しそうになったところで、ぽーんと音を立ててエレベーターが止まり、扉が開く。
開いた先は小児科のある階だ。エレベーターホールから、ナースセンターと待ち合い室が見える。
待ち合い室の側にはキッズスペースがあり、そこに置かれているモニターの映像を見て、直哉は目を剥いた。
「(エナガ……⁉)」
扉が閉まり、再びエレベーターが動き出す。
気づいたのが扉が閉まる間際だったのと、遠くから見ただけなので確信は持てないが、あのモニターに流れていた映像は、ヴァンドのHPに載せているエナガのダンス動画とよく似ていた。
子どもたちが、特に光希とその同級生の子達がいつでもエナガを見られるようにと載せていたのだ。
「(何で、小児科のモニターに……?)」