second stage 疾風炎嵐


#バズリンアイドル
#豪華炎乱
#ヴァンド
#バズリン_ミルフェス

 なんでもない平日の、なんでもない午前中。
 雅臣が、事務所のエントランスの隅に作られた休憩スペースで、至極真面目な表情をして口を開いた。

「ねえ、昴くんよ。僕は君にひとつ問いたいと思うよ」

「……なんだよ」

 問われる立場となった鬼頭は、銀テープを結ぶ手を止めた。

「僕たち、なんで笹飾り作らされてるのかな?」

「俺が作ってるのは銀テのダリア。お前だけだよ、社長に笹手伝わされてるの」

「そこよ! なんで僕だけ⁉」

 テーブルに突っ伏した雅臣の頭に、鬼頭と同じく銀テのダリアを作っていた春高が言葉を投げる。

「子どもがいるから、慣れてると思われたのでは?」

「子どもがいるからといって、毎年笹を飾るわけじゃないんだよ」

「毎年じゃなくても、やったことあることに変わりないじゃないか」

 そう返した鬼頭の手には、豪華炎乱のロゴとライブタイトルが印刷された銀テープが一(ワン)ロールある。ガムテープのように巻かれた状態になったままのやつだ。それが足元の段ボール箱に十は残っている。
 先月のナゴヤ公演が終わってから、七月の公演で使う銀テのダリアを用意しているのだが、これがまっっっったくと言っていいほど終わりが見えない作業だった。豪華炎乱とヴァンドのスタッフを総動員しても公演最終日までに作り終わらないかもとなって、総務部にも手伝ってもらっている。ダリアをばら蒔く本人たち(ヴァンド)にも手伝わせたいところだが、今はテスト期間中なのでやらせていない。

「あーだるいだるい。短冊を切る単調な作業がすごくだるい。幅が均等になるように切るの超だるい」

「それ折り紙? 画用紙か?」

「両方あるけど、今は折り紙」

「四つ折りにしてから切れば良いじゃないですかー」

「その折る作業に集中力を持っていかれて『うがー!』ってなってるんだよー」

 飾り一つ、短冊一つ作るのに何をこだわっているのかと、鬼頭と春高は同時に肩をすくめた。

「ごうえんの振り付けが細かいのはマサのせいだな」

「ですねえ」

 エントランスの入り口では、社長が見守る前で笹が剪定されている。入り口に飾るにはいささか邪魔になる枝葉があったようだ。

「あの笹、入り口に飾るだけで終わりか?」

 鬼頭の問いに、春高が答える。

「ミルフェスの方に持っていくのでは?」

 ミルフェスは、ミルキーウェイスターフェスティバルの略称だ。
 七月二十二日に、アイドルプロジェクトの参加している事務所の一つ、【Office Cutoy(オフィス・キュートイ)】が主催する七夕をテーマにしたフェスイベント。Cトイの敷地内に設置される特設会場とステージで、花明かりやジュノフェスの時同様に、アイドルがパフォーマンスを見せ、イベントテーマにちなんだ出店をしたり、グリーティングを開いたりする。Cトイは、自社アイドルが給仕をする自前のカフェを持っている事でも有名な事務所だ。カフェも盛況な入りになるであろうということが予測された。
 ミルフェスには、Bsプロからは当日ロケ仕事が入っているキャガレイを除いて全員の参加が決まっている。どういう縁かは知らないが、ヴァンドはアヌビスとシマエナガを使ってステージ開演前のオープニングも任された。そして、クリフェス以来の出店も決まった。マーケティングチームが「グッズ(の在庫)を売り捌くなら今しかない」と呟いているのを耳にしたが、鬼頭は何も聞かなかった事にして流した。
 雅臣が眉間にしわを寄せて、突っ伏していた身体を持ち上げる。

「笹は、Cトイさんの方でも用意してくれるでしょう。イベント会場に短冊を飾るエリア用意するって、企画書にも書いてあったしー」

「ヴァンドの出店テントに括りつけるとか?」

「笹が軒先にあれば、ちょっとは目立つだろうからなあ」

 その笹に、自社タレントや幹部たちの願い事が書かれた短冊が飾られていれば、ちょっとしたフォトスポットにもなるだろう。

「持っていかなければ、七夕終わり次第そのままお焚き上げコースですかねえ」

「ハルの神社(じっか)でやるー?」

「マサさんがきちんとお金納めてくれるなら予約しておきます」

 銀テのダリアを作りつつも、隙の無い言動をする春高に、雅臣は唇を尖らせた。

「えー」

「うちも商売なんで、身内料金とかありませーん」

「えーー」

 鬼頭は、いまだ現役の三十代アイドルのやり取りを聞きつつ、腕にある時計で時間を確認する。獣たちを迎えに行く時間になりつつあった。
 テスト期間中は午前終わりだ。今日の午後からは、千秋楽に向けたレッスンが入っている。自力で事務所まで来てもらう手も考えたが、直哉が「暑いから出歩きたくない。レッスン前に熱中症になったらどうしてくれる」と朝からギャーギャーと騒いで却下された。
「テスト中はレッスン入れたくねえんだけどなあ」と、鬼頭はスケジュールアプリに記録している予定を見ながら息を吐く。

「今期はそうも言ってらんないでしょう、パパ。籠目の進捗どう? 順調?」

「誰かさんが余計な提案もちかけてくれたおかげでな。パート分けに苦戦したが、概ね順調だ。安心しろ」

「誰が面倒見てると思ってんだ」と、作りかけてた銀テのダリアを仕上げて、完成品の箱へ投げ入れる。
 春ツアー最終日の七月十九日は、ヴァンドの正式結成日。その翌日は、籠目の星が発売された日。
 同日ではないものの、記念の日付が一日違いとあってか、火種や亡者たちも間で「良い組み合わせだ」と楽しみにしているメッセージが届いている。千秋楽の掴み次第では、ミルフェスで披露するのもありだろうと大人たちは考えている。
 そろそろヴァンドにCDをという声もあるが、そちらは慎重に進めていきたい。育ちきったところを横から盗られるような真似はごめんだ。
 ヴァンドの前に扇子部隊をしていた若いユニットがそれだった。虎モチーフの若い二人組で、年齢はヴァンドより一つ上。雅臣が自分の子のように可愛がっていた。なのに、育ったなと思って扇子を卒業させた途端、突然の事務所退所。疑問を抱く間もなく、他所の事務所に移ってデビューするという噂が流れた。噂は噂のまま終わった。実際にデビューするという動きが行われなかったからだ。卒業した彼らは、表舞台から姿を消したままである。
 何事もなく、日常生活を送っているならそれでいい。が、辞め方が唐突過ぎた為か、この場にいる大人三人は疑念と不安が胸の片隅に引っ掛かったままだ。CDデビューが決まった事を知った小虎たちは、それはそれは嬉しそうにして、全力で喜んでいたのだ。家庭環境も生活環境も良好で、辞める雰囲気なんて微塵も感じ取れなかった。
 雅臣は言っていた。「同じ轍は踏ませない」と。
 初代ヴァンドはもちろん、あの子たちが歩んだ轍も踏ませない。
 初代ヴァンドが、豪華炎乱が、若いあのユニットが、歩きたくても歩けなかった轍を歩かせる。
 鬼頭もその考えに賛成して、マネージャー職を容認したのだ。

「マサよ。迎えに行ってる間に、短冊終わらせて正月ドラマの企画書に目を通しておけよ」

「ふふん、僕を見くびってるね昴くん。既に通し済みだよー。直哉もバーターで出るやつでしょう。西野啓吾作品が原作のドラマ」

「確認してんなら、ちゃんと報告しろや」

 鬼頭は、雅臣の手元にあった扇子で、ぺしんと男の頭を叩く。

「西野作品なら、探偵物のドラマですね。スペシャルドラマで年始や年度末にやってるやつ」

「ハルは、その人の原作読んでるタイプ?」

「全巻買って読んでますよ」

 えっへんと胸を張る春高は、年上二人の会話を聞いている間に銀テのダリアを四つ仕上げていた。五つ目もすぐに完成しそうである。
 実家が神社なせいか、破魔矢を作ったり、お守りを作ったり、お札を作ったりと細かい作業をする機会が多かったおかげで、ダリアを作る手もすいすいと進む。
 花弁が崩れないように花の中心をホチキスで止めながら、春高は「何役で出るんですか?」と雅臣に聞いた。

「犯人役だね!」

「マサさん、俺が原作読んでる人間で良かったですね」

「読んでなかったら、最悪なネタバレでしたよ」と、春高は微笑んだ。

「じゃあ、俺行ってくるからな。サボんなよ」

「はいはい」

「気をつけてー」

 迎えに行ってる間の作業は二人に任せ、必要最低限の荷物と車の鍵を持ち、エントランスを通って外に出ようとした時であった。
 受付に居た社員が、鬼頭を呼ぶ。手には受話器があり、手招きをしていた。
 動作を見る限り、鬼頭宛の電話だろう。
 似たような展開を、二月に経験したことがある。
 嫌な予感がすると思いつつも、鬼頭は受付に寄り、受話器を受けとる。
 電話の主は「藤」と名乗るお祖父さんからだった。
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