second stage 疾風炎嵐


#バズリンアイドル
#ヴァンド
#豪華炎乱
#バズリン_怪盗騎士

 ◇  ◇  ◇

 見ていることしか出来ないというのは、どうしてこんなにも歯痒いのだろう。 
 見守る立場になるのは、これで二回目だ。
 一度目は、十一月にあった流行ダン。
 出場するはずだった俺は、身体の不調で出ることが叶わず、代わりに舞台に立った親友(とも)の姿を、舞台袖から見つめていた。
 見た目には良くできていても、緊張と責任感による圧力で徐々に崩れていく親友を、ただただ見ているしかなかった。
 そして二度目は、愛と闘志が渦巻くこの舞台、ファントム×ナイト。
 俺のユニット名にあるVentは「風」、Rafaleは「突風」という意味だけど、この舞台に渦巻く風は嫌いだ。
 欲に満ちてる。息が詰まりそう。
 俺が大切にしたいものを、全て奪っていきそう。
 喧嘩も試合も嫌いではないけれど、賭け事や欲に満ちた行いは嫌いだ。
 俺の母親がそうだった。だから、欲に満ちた奴も嫌いだ。
 欲望は、時に周囲を傷つけるから。
 この後、俺の大切な人たちが大切なものを賭けて、この舞台に立つ。
 言えばよかっただろうか。
「やめてくれ」と言えば、何か変わっただろうか。
 答えは否だ。
 推しは推せるとき時に推せと言うけれど、俺が「やめてくれ」と言ったところで止まるような人たちではないのは目に見えている。
 それに、俺の欲望を押し付けるみたいで不愉快だ。
 ある人は言っていた。
『大事なことは、自分の心で決めるのだ』と。
 他人の心ではなく、自分の心で決めるのだと。
 あの人たちが自分の心で決めたことに、俺が首を突っ込むべきではない。
 見守るしかない。
 流行ダンの時と違うのは、俺もこの舞台に立っているということ。
 相手は、高専出身のアイドル。
 年齢も上で、実力も経験も知名度も向こうの方が上だろう。
 観客の投票で勝敗が決まるなら、今の時点で不利なのは俺の方。
 そんな俺が今出来ることは、この舞台に渦巻くものを、少しでも散らすこと。
 この先、この舞台に吹く風が、少しでも穏やかなものになって、あの人たちの心を鎮めますように。

 ◇  ◇  ◇

 墨色のマントで身を包まれた黒い獣が、戦いの舞台に立つ。
 顔の半分は、獣とも鬼とも思わせる赤い仮面で覆われ、なおかつマントのフードを深く被っているため、表情を窺い知ることはできない。
 先に舞台に出ていた、騎士役の紅咲叶と相対する形で壇上に立った少年は、お待たせしましたと言うように、ぺこりとお辞儀をした。
 叶は、直哉の遅れた登場に気分を害した様子を見せず、整った顔に微笑みを湛える。

「どーぞよろしくー」

「こちらこそ……」

 きゃあきゃあと響いていた歓声が、戦う姿勢を見せた二人に気づいて、少しずつ萎んでいく。
 ステージを明るく照らしていたライトが消え、代わりに静寂に包まれた夜の城を表す光で照らされた。ぽつんと点けられた一際明るいライトは、月のつもりなのだろう。
 月下の中で、騎士と怪盗が姫をかけて戦う。
【下らない】と思ったのは、黒い獣か。それとも、獣の中にいる雇われ怪盗か。
 しんと静まり返る会場で先手を打ったのは、騎士の方だった。
 手慣れた動作で跪き、そこに姫がいるかのように手を差し出す。

「さぁ姫様、どうか私の元へ。何があってもお守りしましょう。私があなたの盾となりましょう。……貴方は私の宝、美しき姫君。手放しなどしませんよ」

 騎士の口上に続いて、怪盗が口上を述べる。

「しょーじき、宝石とか興味ないし、人間盗むのも体力使うし趣味じゃないんですけど…………お姫様(あなた)は別です。ちゃんと盗まれてくださいね?」

 騎士をその身に下ろした叶が、歌劇を始める。
 叶が優雅に動けば、観客席から吐息が零れ、雄々しく立ち回ればきゃあきゃあと甲高い悲鳴が上がる。
 彼の動作に合わせながら、獣も騎士を牽制するような動きを見せ、くるくると立ち位置を変えた。
 二人が大きな動作を見せる度に、お互いのマントが広がる。舞台を上から見たら、花びらが広がったように見えるだろう。
 姫の盾になる動きを見せていた叶が、不意を突いて攻撃に転じる。
 今回の歌劇では、騎士役は剣を持つことと定められている。
 模造刀であっても鋭利な形をしたその剣は、獣の頬を掠めた。

「(太刀筋が上手いのか下手なのか判断できない)」

 模造刀を避けるように後方へ飛び、叶から間合いをとる。
 仮面をつけているせいか、視界がいつもよりも狭い。
 距離の感覚が掴みにくく、持ち前の反射神経も半分も引き出せないでいる。

「(さて、どう演じたものか)」

 獣の怪盗はただの怪盗ではなく、雇われ怪盗。
 雇われ怪盗にとって姫はただの商売品、それ以上でもそれ以下でもなく、特別な感情も持たないが、勝負の勝敗をつけるのは観客。姫に塩対応を貫きつつ、観客(ひめ)の心を惹き付けなければならない。
 ふーむと考え込んでいると、叶が切っ先を直哉に向けてにこりと微笑んだ。
「次は君の番だよ」と言うように。
 余裕ですという態度が、妙に腹立つ。
 何でだろうと思って、すぐに気づいた。
 鬼頭(パパ)に似ているのだ。そういえば、あの男も俺から奪っていった側の男だった。
 舞台に流れる音楽が、怪盗のものに変わる。
 舞台だけでなく、会場の空気は騎士寄りだ。騎士が演じてたのだから当然といえば当然である。
 ここから、怪盗の方へ空気を引き寄せなければならない。
 勝利の風を掴んで、渦を巻かせろ。雇われ怪盗。
 時間が無いからと言われて用意された曲は、雅臣と同じもの。
 ツアー練習の合間に、怪盗騎士の練習もたくさんしてきた。
 すっと息を吸い込み、怪盗の調(しらべ)に言葉を乗せていく。
 もちろん、演技することも忘れない。
 雇われ怪盗は、騎士に扮して城に潜り込んだ。獣の腰には、それを表すように剣を帯刀させている。
 守りから攻めへと転じさせ、叶へと向かっていく。
 銀色に閃く互いの武器と、ひらひらとステージ上で広がる花弁のようなマント。
 叶の長い髪が、優雅に揺れ動く。

「卑怯だ」

 お姫様はきっと、あの髪の動きに弱い。
 遠目からでもわかる優美な騎士の動きに、舌を打ちたくなる。いや、もう何度か打った。
 六戦目の上演時間が残り五分となったところで、黒い獣は舞台の縁に追い込まれていた。欲を散らすどころではない。
 黒い獣は観客を背にして、美しい騎士は観客を正面にして、対峙する。
 観客の反応は五分五分といったところだろうか。
 お姫様は、どちらを応援すべきか迷っているとみた。騎士を応援する由緒正しきお姫様は、だ。
 では、黒い獣を応援するお姫様はどのような層だったかと思い出す。
 ああ、そうだ。うちにいるお姫様は、ただのお姫様じゃなかった。
 うちのお姫様は、怪盗そのものじゃなくて、もっと別のものを欲してるはず。
 獣も、そちらの方がやりやすい。

「【美しき姫宮よ。あなたのいるべきところは、ちっぽけな城ではない。自分の姿を今一度思い出し、その身を見てみよ】」

「【……いけないお方だ、盗人の言葉に惑わされてしまうのですか?】」

 叶が客席に向けて、ハスキーボイスで囁くように、薄く笑みで唇に人差し指を立てる。
 きゃあきゃあという悲鳴が、一際高く上がった。
 それに向かって黙れと言うように、雇われ怪盗は片手を上げて制する。

「【これを見ている現世と亡者のお姫様】」

 上げていた手で、後頭部にある仮面の結び目に手を伸ばし、しゅるりと解いた。
 会場から息を呑む気配がする。
 仮面を取り、怪盗から獄卒に戻った獣は、普段絶対に見せない満面の笑みをその顔に浮かべて、客席を振り返った。

「【応援してくれたら、あなたに向けて笑ってあげます】」

 さあ思い出せ、お姫様。
 お前のご主人様は一体誰なのか。お前はどういう立場なのか。

「【地獄から逃げた亡者め…………。俺の風で、再び地獄に落としてあげましょう】」

 一瞬の静寂を打ち破ったのは「オンギャアアアアアアアア」と叫ぶ、亡者たちの声であった。
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