second stage 疾風炎嵐
#バズリンアイドル
#ヴァンド
#豪華炎乱
#バズリン_怪盗騎士
「霹靂神のファンの反応?」
急な休日出勤から家に戻ってきたばかりの家主こと鬼頭昴は、眉間にしわを寄せて、獣二人を見下ろした。
その獣たちは、食卓用に使ってるダイニングテーブルの椅子に仲良く並んで座り、鬼頭が土産として貰ってきた水羊羹を美味しそうに頬張っている。
質問をしてきたのは、本日獣が招き入れた少年(アイドル)、谷萩玲央だった。
先月行われた、Bsプロ主催のBtHにも出ていた少年で、事務所は違えど鬼頭もよく覚えている。花明かりの時は、彼が所属するユニットがヴァンドの次にパフォーマンスを披露していた。
鬼頭は、いつの間に仲良くなったんだと思いつつ、息を一つ吐き出す。
「急にそんなこと聞いてきて、どうしたんだ?」
「二人で映像見てたら、そういう話になったの。初雪さんが脱退した時って、どんな空気になったんだろうねえって。ほら、出来上がってるユニットに人が加入したり、脱退したりとかって、ファンからしてみると異常事態でしょう?」
鬼頭が面倒を見ている獣、鬼直哉が水羊羹から顔をあげて口を開く。
同調するように、玲央がこくこくと首を縦に振った。
「確かに、大きな出来事ではあるか……」
ユニットへの加入に脱退、さらに移籍もついてくると事務の面でもあれこれ用意しないといけないので、大変ではある。
自分の昼食、近くのスーパーで買ってきた幕の内弁当をレンジに入れながら、鬼頭は慎重に口を開いた。
「あいつらのファンの反応は、動揺の方が大きかったな。まあ、時が経つにつれて、あーだこーだと余計な詮索やちょっかいを入れる奴らも出てきたが……後者はただスキャンダルに飢えてる輩が主だったから、ファンは真に受けず相手してない。本来のファンは次第に落ち着いて、そのまま霹靂神に留まったり、移籍した丹和初雪を追いかけたり、どっちも応援すると決めたファンもいる。そういうファン層に恵まれたから、今まで大きなトラブルも無く、どっちもやってこれたんだろう」
「確かに……。ファン同士で大喧嘩になったみたいな話は聞いたことないかも」
「なってたら、週刊誌もワイドショーも、面白おかしく取り上げてるでしょうからね」
ツイッターもアイドルの情報を書き込む掲示板も燃え放題だ。
鬼頭が飼う獣は、あっという間に水羊羹を完食して、二個目の水羊羹に手を伸ばす。一個目はこし餡。二個目は抹茶味だ。
少年二人が納得した様子を見せるのと、電子レンジがピーピーと音を出して、温めを終えたと主張するのが重なった。
「荒れはしなかったが、ファン全員がそうだったわけじゃない。メンバーの脱退で、ファンが悲しんだり怒ったり、悔しがったり寂しがったり動揺したりするのは、避けて通れない道だ。人間(ひと)の感情は、一つじゃないからな」
レンジの中にある弁当を取り出す。
温める時間が足りなかったのか、底がやや温い。
鬼頭は、冷たいよりはいいかと妥協し、弁当と割り箸を持って、ダイニングテーブルの空いてる椅子に座る。直哉の向かいになる位置だ。
「でも、一つ一つ汲み取ってたらキリがないでしょう」
直哉が水羊羹を切り分けながら問う。
隣に座る玲央も、眉間にシワを寄せていた。
「そうだな。だから、こういう時はファンの事は無視していい」
「いいんですか?」と、驚いた様子で口を開いたのは、玲央であった。
直哉は切り分けた水羊羹を口に含み、もごもごと咀嚼している。
「加入にしろ脱退にしろ、ファンはざわつくものだ。いちいち気にしてたら、こっちの心が病む。だから、ファンのことは無視していい。大事なことは他人の声じゃなくて、自分の心で決めるんだ」
「電撃引退した時も、そうやって決めたんですか?」
「電撃?」
玲央が首を傾げると、すかさず獣が耳打ちする体勢に入った。
「このパパ、デビュー十周年記念の全国ツアー、会場予約してたのに全部キャンセルして、」
「こらこらこらこら」
余計な事を吹き込むんじゃないと、テーブルの下で足を伸ばして、獣の足を小突いた。
◆ ◆ ◆
ステージの方から、お姫様を誘う二つの歌と二つの言葉が響いてくる。
片方は、お姫様をお城から拐い出そうと、その身を絡めとるように。
片方は、お姫様をお城へ縫いとどめようと、その身を囲い守るように。
舞台上で熱く甘く囁かれる甘い口上と、胸に刺さりじわじわと広がる熱い言葉に、どれほどの観客が魅了されていることだろうか。
まだ初々しさと若々しさが残る歌声に耳を傾けながら、榊雅臣(さかき まさおみ)は閉じていた目を薄く開いた。
──みんな、まだまだこれからだね。
舞台袖にいるのは、自分の出番を今か今かと待つ参加者と、出番が終わってスッキリした様子の参加者だ。そして、イベントを運営するスタッフの姿がちらほらと見え隠れしている。
戦いの場となっている舞台の様子は、舞台袖からも覗き見られるし、今日のイベントはネット配信もしているので、観客目線でじっくりと見たい者は、自分の持つ端末で観覧していた。
雅臣は、視線を舞台袖へと移す。
まだまだ若い黒い獣が、じっと舞台に目を向けたまま静かに佇んでいた。
「今日の直哉はやけに静かだねえ」
「若作りじじい」だのなんだのと生意気な事ばかり言ってくる後輩が、今日は会場に着いた時から静かだ。
先輩への挨拶は、いつものようにしっかりとした口調で行っていたが、それ以外ではずっと口を閉ざしている。
他のアイドルの雑談には応じるものの、積極的に参加している様子はない。
集中力を高めているのかと思ったが、雅臣の思考を読み取った相方(はるたか)が、ゆっくりと歩み寄りながら口を開いた。
「微熱があるんですって」
「微熱?」
眉間にしわを寄せる雅臣に、春高は「はい」とうなずく。
ふふと楽しげに笑う春高は既に自分の出番を終えて、のんびりと高みの見物をする気でいる。
結果は負けだったけれど、本人は後輩たちの励む姿を近くで見れて満足しているようだ。
「呑気な奴め……」
「何か言いました?」
「いんや、何も。で、直哉が微熱ってどういうこと?」
二人揃って、視線を黒い獣の背中に向ける。
口数は普段と比べれば少ないが、体調がすこぶる悪いようには見えない。
「昴さんが言うには、朝から体調崩してるみたいなんです」
起きたときから頭に痛みがあり、熱を測ってみれば三十六度八分。会場に着いて測ってみれば、三十六度九分。
来週末には豪華炎乱の春ツアーが始まる。
「ここで無理してはいけない」と鬼頭は止めたが、「微熱以外の症状はないし、風邪ではなくストレスによる熱だ」と直哉は言い張り、熱が上がったら即辞退という条件を作って、この場にいるらしい。
だから、熱が上がらないように大人しくしているのだと、春高は微笑んだ。
「子どもだねえ」
一通り話を聞いて、雅臣は呆れた表情を見せる。
「あの子にしては珍しく、どうしても出たいって粘ってきたみたいですよ。逃げたくないって」
「負けず嫌いだとは聞いてたけどねえ」
微熱が出ていても、ここに居たい理由があるのだろう。
獣にしかわからない理由が、彼の胸の中にあるのだ。
会話を交わしている間に、ステージに居た者たちの歌劇が終わる。
今の勝負は、五戦目だ。イベントの進行ではまだまだ序盤。
ステージの熱が冷めないうちに結果が発表され、騎士の勝利が告げられた。次の六戦目は、勝者の騎士側から相手となる怪盗を指名して、対戦が行われる。
六戦目。騎士側の演者は、紅咲叶(べにざき かなた)。プロダクション・プリローダ所属、SAison◇BrighT(セゾン◇ブライト)のメンバーだ。
進行役に名を呼ばれた彼が、秋色の長い髪を靡かせた騎士の姿が、舞台に現れる。
凛とした姿の騎士が指名したのは、舞台袖からステージを眺めていた黒い獣であった。
呼ばれた獣はすぐには舞台に出ず、踵を返して舞台袖を切るように進み、豪華炎乱(じょうし)へと歩み寄る。
「鬼頭(パパ)は?」
耳にはめていた有線のイヤホンを外し、ズボンのベルトに挟んでいたスマートフォンを抜き取る。
獣は、くるくるとスマートフォンにイヤホンを巻きつけながら、マネージャーの居場所を聞いた。
「裏にいるんじゃない?」と答えた雅臣の声に被せるように鬼頭の声が奥から聞こえた。
「こっちだ」
つかつかと踵を鳴らして、舞台袖とバックヤードを繋げる扉の方から歩いてくる。
その手には、スポーツドリンクと直哉用の仮面がぶら下がっていた。
仮面の型は狐面の上半分を切り取ったものに似ている。狐面と違うのは、耳は豹に似た耳で丸みがあり、白い塗料で塗られる部位が、赤鬼と天狗の面ように赤い塗料で塗りつぶされているところだ。目の周囲は墨で化粧を施され、獣の目を思わせる。他にも仮面の鼻筋や頬に当たる部位に、獣を意識した化粧を入れていた。
鬼の名を冠し、黒豹をモチーフとした彼にはぴったりな仮面だ。
が、直哉本人が着けてるのも持つのも億劫で、「邪魔」と言ってマネージャーに預けていた。
鬼頭は、直哉からスマートフォンを預かりつつ「熱は?」と問う。
「ない」
「よく言うわ」
黒い獣はマネージャーに「仮面着けて」と頼んでから、スポーツドリンクの蓋を開け、一口含んだ。
直哉の顔に仮面が当てられ、仮面の左右に通された墨染めの手拭いを後頭部でしっかりと蝶結びにする。
親子のようなやり取りをする二人を、雅臣は微笑みながら見守る。
「こうして見ると、本当に親子みたいだよねえ」
「ほっとけ」
鬼頭は言い返しながら、直哉の仮面がしっかりと固定されているのを確認する。
「……動いてるうちに外れそうだな」
「外れたらどうしよう?」
「外れたら外れたで、ゲストに向けて投げてやればいいよ。さあさあ行っておいで。紅咲君待ってるよ」
舞台の方から、直哉の登場を待っている空気が伝わってくる。
春高が気をきかせて、進行役に少し待つよう伝えに行ってくれているが、そろそろ行かないと棄権扱いになりそうだ。
雅臣は近くあったパイプ椅子に腰を下ろし、長い足を組んで、獣を見上げる。
「自分の役、覚えてる?」
雅臣の問いに、直哉は尊大な態度で返した。
「どっかの伯爵に扮した怪盗と行動する【雇われ怪盗】でしょう?」
身をすっぽりと覆い隠す闇色のマントのフードを深く被り、裾を揺らして舞台袖と舞台の境目へ足を進めた。