second stage 疾風炎嵐
五月二十九日 十六時。
「この世は理不尽だ」と、直哉が突然切り出した。
鬼頭は、束の間の休憩時間を利用して喫煙所に行こうとしたのだが、獣にシャツの裾を捕まれ身動き出来なくなる。
「なんだよ、急に」
「俺さ、よくよく考えたら、二月に母親と大喧嘩して、精神すり減らしたじゃん?」
「……そうだな」
母親の理不尽な行いと物言いにこの獣がブチりと切れた姿は、鬼頭の記憶にもよく残っている。
だから、どうした。
あれから家庭裁判所にも行って協議して、今この生活に落ち着いてるんだろうが。この獣が何を言いたいのか、まだ見えてこない。
鬼頭が眉根を寄せている間に、獣は言葉を続けた。
「三月にはBtHがあって、メインやったじゃん? その一週間後に、花明かりでトップバッターやったじゃん?」
「…………」
「そんでもって、春ツアーのレッスンしながら、ファントム×ナイトのレッスンもしたわけじゃん?」
「そーですね」
「だからなんだよ」という言葉は、喉の奥に押し込む。
開演までまだ二時間あるが、今この場で機嫌を損ねられては困るし面倒だ。
獣が言いたいことを言うまで、元アイドルであり、彼のマネージャーでもあり、父親代わりでもある鬼は、辛抱強く言葉を待った。
「推しのユニットの行く末が気になって情緒不安定な中、超スゴい先輩と戦って勝ったわけじゃん?」
「はいはい、そーですね」
「なのにさあ」
「うん」
「推しのライブに行けないって、どういうこと? おかしくない? ねえ? 俺、二月から超頑張ってるのに、ご褒美がないんだけど? どういうこと?」
直哉の推しは、エーデルシュタイン所属のティアゼと、プロダクション・プリローダ所属の霹靂神だ。
が、来月霹靂神主催で行うイベントは豪華炎乱のナゴヤ公演と被っているため、豪華炎乱の専属バックダンサーのヴァンドは出ることも行くことも出来ない。そしてティアゼの方も、今日明日とライブがあるが、豪華炎乱と見事に被っているため、やはり行くことは出来ない。
推しのライブ、お預け状態である。
ティアゼの方は目と鼻の先に会場があるから、なおのことお預け感が強い。
ああ、だからだだっ子になっているのかと、ようやく納得した。
「理不尽過ぎる」
「で?」
「どうしてほしいんだ」と、視線で問うと、獣は至極真面目な表情をして口を開いた。
「休んでいい?」
獣の願いは、速攻で却下した。