second stage 疾風炎嵐
#バズリンアイドル
#ヴァンド
#バズリン_怪盗騎士
マイハマ駅は、夢と魔法の王国と冒険とイマジネーションの海へ向かう者たちと現実世界へ戻ってくる者たちで混雑するのが常であった。
首都の名を冠しつつも住所はチバ県から始まる、国内でも有名なリゾート施設。
マイハマ駅の改札を抜け、右手に進めば夢と魔法の王国に繋がる連絡通路と、旅行鞄を模した大きな建物があり、左手に行けばリゾートを一周するモノレールの駅と、ブランド店が立ち並ぶショッピングセンターがある。
駅前を行き交う人々は、リゾートではお馴染みとなりつつある定番のカチューシャを着けていたり、お土産が詰まったショッピングバッグを片手に、ポップコーンバケットを肩から首から下げている。
マイハマのリゾートは、駅を出た瞬間。否、電車を降りたところから始まっているのだ。
鬼直哉(ぬくたに なおや)は、旅行鞄を模した建物から連絡通路へ出て、スマートフォンに届いたメールを確認した。
これから会う予定の、最近話す機会が増えた先輩からメールが一件届いている。
本文には「改札を出た」という旨が書かれていた。
直哉も、アソートクッキーの缶や三十八周年のポストカードやマグカップやらが入った袋を提げて、これから夢の国に向かうであろう人の群れとすれ違いながら連絡通路を下り、改札口前へと向かう。
人がひっきりなしに行き交う改札口の前で、落ち着かない様子できょろきょろと辺りを見回す谷萩玲央(やはぎ れお)の姿があった。
直哉は、慣れた足取りで人を避けて進み、玲央の前まで進み出る。
直哉の姿を視界に入れた玲央が、ぱっと表情を明るくさせた。
「おはよう、直哉くん」
「おはようございます、玲央さん。お待たせしました」
お互いにおはようと言っているが、時間帯はそろそろ昼になるかというところである。
五月の始めにあるファントム×ナイトの準備や他の仕事で慌ただしい時であるが、二人揃っての休みを擦り合わせて作り、今日こうして会うことが出来ている。校外で会うのはマジアワの花明かりイベント以来だ。
「じゃあ、家(うち)に行きましょうか。お昼買ってありますか?」
「うん、買ってきた。そういえば、鬼頭さんって今日いるかな……?」
今日は二人で、鬼頭昴(きとう すばる)が所有する霹靂神(はたたがみ)の資料映像を見るのだ。
直哉は、普段から勝手に見ているのだが、玲央が資料を見るのも、ましてや家に上がるのも初めてである。
直哉が事前に説明をして許可を得ているが、律儀な玲央は自分の口からも礼を言いたいのだろう。その証拠に、彼の手にはお土産が入った紙袋が提げられていた。
直哉は、ICカードが入ったパスケースをリュックのポケットから引っ張り出しつつ口を開く。
「鬼頭さんは、早朝の生放送に出演するハルさんの付き添いで、出掛けてます。放送はもう終わってるので、見てる間に帰ってくるはずですよ」
「ハルさん?」
玲央が首を傾けると、彼のあほ毛もちょいんと揺れる。
「豪華炎乱の、聖春高さんです。見た目が優しそうな方のおにいさん」
「レッスンは優しくないけど」と出かけた言葉は、喉の奥に押し込む。
玲央は騎士チーム。春高も騎士チームなので、世間話になった時、玲央の口から「直哉がこんなことを言っていた」と出たら大変だ。後が恐ろしい。
「そろそろホームに行きますか?」と聞くと、玲央が「うん」と首を縦に動かした。
「俺が行かなくてもよかったんじゃないか?」
鬼頭は車を走らせながら、助手席に座る春高に問う。
春高はドアに肘を置き頬杖をしながら言葉を返した。
「えー? いいじゃないですか、たまには。どうせ、明日は午前休もらってるんでしょう?」
「休日出勤の埋め合わせで取ったものじゃない」
「わかってますよー」
放送局を出て、都会のビル群の中を進みながら向かう先は、春高の住まいである。
今日は早朝にある生放送情報番組に、春高は映画の番宣で出演していた。主演ではないものの、主人公にとってとても重要な役だったので、告知ポスターでもフライヤーでも、クレジット表記がヒロイン役の女優を挟んで主人公と並んでいる。
アイドル歴が長い春高だ。生放送の段取りはもちろん、楽屋での対応も局への移動も一人でできる。それに、マネージャー以外にも豪華炎乱のスタッフがついている。
休みだった鬼頭が、車を出して、送迎から何から彼の面倒を見る必要はないのだ。これは完全に、春高の気分というやつである。
「そういうところを、直哉が真似してきたらどうする」
「そうならないように教育するのが、お父さんの仕事では?」
「お父さんじゃねえ」
「どうかなあ」
くつくつと喉を鳴らす春高の横顔を、鬼頭は一瞬盗み見てから前方に視線を戻す。
そして、四月の頭辺りからずっと抱いていた疑念を春高にぶつけた。
「豪華炎乱(おまえら)、どうして急にイベント出るって言い出したんだ?」
豪華炎乱は、昨年から始まったアイドルプロジェクトのイベントにも、各アイドル主催のイベントにも参加していない。格付けはスタジオに遊びに行っただけ、BtHも休憩時間中に公開リハーサルという名目でステージに上がっただけ、花明かりも観に行っただけだ。
芸歴が長いだけあって、請け負っている仕事が多く忙しいという理由もあるが、他のアイドルたちと歳が離れていることから、遠慮していたという面もある。
ツアーも近いのに、五月にあるファントム×ナイトに出ると言い出したのは、長い付き合いの鬼頭も意外だったのだ。
鬼頭の質問を聞き、春高はゆるやかな弧を唇で描く。
「別に、深い理由はないですよ。まあ強いて言うなら、後輩たちの顔を近くで見てみたいと思ったからです」
「Bsプロの子たちはともかく、他の事務所の子たちとは滅多に会えないから」と、春高は続けた。
「それに…………俺たちもそろそろ店仕舞いをしてもいい頃だと思うんです」
春高の声は、とても明るい。
が、選ばれた言葉の一つが、鬼頭に息を呑ませる。
店仕舞い。
それは、社長たちも鬼頭も通った道だ。
今度はこの二人が歩くのかと、呑んだ息を吐き出した。
「これが、家にある霹靂神の資料映像です」
直哉は、テレビとソファーの間に置かれたローテーブルの上に、ケースに入れられた白いディスクが四枚出す。
ケースにはそれぞれメモ用紙が入れられ、霹靂神と書かれた横に年月と番組名やイベント名が書かれていた。
「これが、一番最近。これが、霹靂神初期。そして、この二枚が初雪さんが入った頃の霹靂神と抜ける直前の霹靂神です」
ひとつひとつのディスクを指差しながら説明した。
ネズミ柄の長布団に座る玲央は、じいっとディスクを観察した後、「じゃあこれで」と、霹靂神初期を選ぶ。
初期の方から順番に確認したいようだ。
「わかりました。…………流す前に、そろそろ聞いてもいいですよね? この映像を見たくなった理由(わけ)」
すっと目を細め、先輩を見据える。
玲央はごくりと唾を呑んでから、直哉と同じく視線を鋭くさせ、意を決した様子を見せた。
「花明かりイベントで、霹靂神の嵯峨菊司さんから勝負をもちかけられたんだ」
「勝負? また急な話しですね。誰か、喧嘩でもしたんですか?」
マイハマで買ってきたばかりのアソートクッキーの缶に手を伸ばし、蓋が開かないようにと貼られていたビニールテープを剥がす。
直哉の返しに、玲央が苦笑する気配がした。
「直哉くんから見たら喧嘩に見えるかも」
聞きながら、ぱかんと缶の蓋を開く。
缶の中に閉じ込められていた甘いバターの香りとフルーツの香りがふわりと広がった。
テーブルの上にクッキー缶を置き、視線とジェスチャーで「お食べ」と勧める。
お昼は家に着いて直ぐ食べたが、二人ともおにぎりやサンドイッチという軽食メニューで、高校生のお腹には少々物足りなかった。
「勝負に至った色々と細かい事情とか、理由とかあるんだけど…………。嵯峨さん、初雪さんがカレンデュラにいるの納得してないみたいで……」
直哉の動きがぴたりと止まる。
玲央はクッキーに手を伸ばしていて、気づくことはなかった。
「ハロフェスで会った時から、なんとなくそんな感じはしてたんだけど、花明かりではっきりと言われちゃって。でも、初雪さんはカレンデュラにも必要な存在だし。それを言ったら、初雪さんは霹靂神にも必要な人で、待ってる人は僕だけじゃないみたいな返しをされて」
話している間に二人とも主張が止まらなくなって、本人からの許可を得る前に、初雪を戻すか戻さないかを主体とした勝負をすることになったと、玲央は眉尻を下げる。
「高校生にもなって誰かと人間を取り合うとか、他人に話すのちょっと格好悪いというか、恥ずかしいんだけど」
「大好きなお兄ちゃんを取り合う弟たち。もしくは、大好きな初雪先生を取り合う園児の図が浮かびました」
「うっ。で、でも……本気だから。初雪さんの居場所はカレンデュラだって、嵯峨さんに認めてもらいたい」
冗談でもなんでもなく、本気で丹和初雪をかけて勝負する。
玲央は、ふにゃけた顔の筋肉を引き締めて直哉を見た。
「オレ、初雪さんが霹靂神にいたことを知ったのも最近で、霹靂神にいた頃の初雪さんはもちろん、三人で活動してた霹靂神も見たことないから、どんな雰囲気だったのかなって。嵯峨さんは、三人とも活動を楽しんでいたって言うけど、言われて納得するのと、自分の目で見て納得するのは違うでしょう」
「それで、確認したくなったんですね」
「うん」
「じゃあ、早速流しますか」
直哉は、玲央が見たいと言った霹靂神初期のディスクを取り、デッキのリモコンを操作した。
直哉にとっては何度も見た、玲央にとっては初めて見る映像がテレビに映る。
まだ新人らしさが抜けきらない、若々しい三人組。
ディスクは霹靂神初期を終えて、二枚目の霹靂神三人時代に入っている。
玲央は食い入るように、その映像を見ていた。
今映っている三人は、この頃高専生だという。学生らしい表情や仕草が時折出ており、アイコンタクトも見られる。見せる笑顔も自然なものだった。
雷を思わせる音楽に合わせて、三人は歌い踊る。
「初雪さん…………楽しそう……」
「この時は……ですね。次、脱退前のやつ見たらびっくりしますよ」
「そんなに雰囲気変わるの?」
「アイコンタクトの回数ががっつり減ってます」
「うわぁ……」
音楽番組の特集映像だったり、ライブのリハーサルだったりと、映像がころころ切り替わっていく。
霹靂神の映像は、さすがの鬼頭も多くは持っておらず、初期から三人組時代にかけては特に少ない。初期の頃は数えるのに片手で事足りる。
直哉は、三人でパフォーマンスを披露する霹靂神を見ながら眉間にシワを寄せた。
「俺、霹靂神は三人の時よりも、二人でやってる方が好きなんですよね」
「え⁉」
玲央の視線が、映像を流してから初めて外された。
ぎょっと目を見開く先輩に、直哉は本当であると言わんばかりに頷く。
「俺が初めて見た霹靂神は二人でやってる頃で、三人でやってるやつは一番最後に見たんです。だからなのか、初雪さんがいることに違和感があって…………。光希(みき)がカレンデュラを推してるから、余計になんか違うなあってなるんですよね」
困ったものだと、大きく息を吐き出す。
「だから、正直なところ初雪さんに戻られるのは困るんですよ、俺としては。菊司先輩は、初雪さんが戻ってくるのを待ってるファンがいると言ったようですが、俺みたいなそうでないファンはどうしたらいいのか」
「そっか……。三人の頃が好きってファンもいれば、二人の頃が好きってファンもいるんだね」
「カレンデュラのファンにもいそうですね。二人の頃が好きってファン」
「それ、オレが辛いやつ!」
想像して、胸と胃がちくちくと痛んだのだろう。
「ただでさえ、色々悶々と考えて、ダメージを受けているのに」と恨みがましい視線を向ける玲央に、直哉は「冗談です」と狛の口にクッキーを差し込む。
もごもごとクッキーを咀嚼する先輩から、視線をテレビへ移した。
「俺の口からはっきりと言えるのは、初雪さんに戻られると困るってことです。今さらって感じもするし、なにより……光希が泣く」
光希が好きなのは、三人でいるカレンデュラだ。
千両柘榴がいて、丹和初雪がいて、そして谷萩玲央がいるカレンデュラだ。
推しているのは丹和初雪だが、三人でいるカレンデュラが好きだから、クリスマスに贈った絵にも三人の姿を描いたのだ。
初雪に渡すだけなら、初雪だけ描けばいいのに、幼い妹はそれをしなかった。
そんな彼女が、二人になってしまったカレンデュラを見てどう思うか。霹靂神にいる初雪を見てどう思うか。
どうして一緒にいないのかと、どうして一緒に歌わないのかと泣く姿が想像できる。根気よく説明しても、納得してくれるのは何年も先のことだ。
今、初雪が霹靂神に戻ったら、今度は光希が、霹靂神のファンのように推しが戻ってくるのを待つ側になる。
戻ってこないとわかっても、もしかしたらという脆い希望を抱いて、待ってしまうだろう。
「霹靂神時代の初雪さんのファンもそうなのかな……?」
「さあ……どうでしょうね」
「直哉くんは、初雪さんが霹靂神抜けた時のファンの反応とか、鬼頭さんから聞いたことある?」
直哉は首を左右に振った。
「いいえ。気になるようでしたら、帰ってきた時に聞いてみたらどうですか? …………噂をすれば」
玄関の方から、がちゃりと鍵が開く音がした。