second stage 疾風炎嵐


#バズリンアイドル
#ヴァンド
#バズリン_怪盗騎士


 ◇  ◇  ◇

『また見てるのか?』

 頭上から降ってきた声に、呆れが混ざっている。
 直哉は、目前にあるテレビの画面から声の方へと視線を移した。
 顔の半分を隠すように、長く伸ばした前髪と、黒縁の眼鏡が目に入る。服は仕事で着ているビジネススーツではなく、完全な私服だ。黒に近い色をしたジーンズのパンツと、Vネックの白い長袖。
 直哉が月に一度、へたしたら月に二、三度は足を運ぶこの家の家主で、ヴァンドのマネージャー、鬼頭昴(きとう すばる)だ。
 今日は「ハロフェスの打ち合わせ」と言って、勝手に上がり込んだ。
 眼鏡の奥から放たれる尖った視線をものともせず、直哉はこくりと首を縦に動かす。
 この男(マネージャー)の家に通うようになってから、直哉は家のあちこちに収納されているアイドルの資料やライブ映像、果てはデモCDまで、片っ端から引っ張り出しては、家庭学習の合間に流していた。
 鬼頭は、五年前までアイドルだった。十周年を迎えた年に、ファンを置いてきぼりにして電撃引退したものの、その後は事務所のマネジメント部に異動して、後進の育成に手を貸している。そんな彼の家には、レジェンドが現役だった頃のものから、現在活躍しているアイドルのものまで色々な資料が眠っていた。
 この男と出会ってからまだ半年も経っていないが、直哉はソファーとローテーブルの間にある床を陣取って、自分の家のように寛ぎつつ、お気に入りを流す。
 直哉が特に気に入っているのは、エーデルシュタイン所属のティアゼと、プロダクション・プリローダ所属の霹靂神だ。どちらも、直哉の耳に馴染む音楽と声を持っている。
 ティアぜの方は、圧倒的な表現力で悲劇舞台を生み出し、見ていて飽きがない。
 霹靂神は、単純に曲が好き。あと、二人の息づかいが好き。ヴァンド(うち)のように裏でみっちりと練習しているのか。それとも、豪華炎乱のように長い経験がそうさせるのか、二人の呼吸は画面越しでもぴったりだとわかる。ヴァンドは七月に正式結成したばかりだから、この部分は見習いたい。
 直哉は、机に広げた英検二級の教材をそのままにしたまま、正面に置かれたテレビ画面に視線を戻した。
 今日流してるのは、音楽番組に出演した霹靂神の映像だ。録りたてほやほやである。
 映像のすべてを脳裏に刻もうとしていると、鬼頭がソファーに腰掛ける気配を感じた。

『霹靂神か……。そのユニット、三人でやってた時があるんだぞ』

 画面から、再びマネージャーへと視線を向ける。

『そうなの?』

『カレンデュラに、丹和初雪って奴がいるだろう。そいつが、霹靂神に居たんだよ』

 そんなに長い期間ではなかったけどな。
 男は言いながら、缶コーヒーのプルタグを開ける。
 カレンデュラは、直哉もこの世界に入る前からよく知っている。
 六歳になる妹が、このアイドルに夢中なのだ。特に、丹和初雪という男がお気に入りらしく、アイドル雑誌を買っては他のアイドルそっちのけで「はつゆきくんはどこだ」と探している。
 初雪という男は、紳士的なキャラが売りだったはず。雷鳴を轟かせる霹靂神に居たと言われても、直ぐにはピンと来ない。
 直哉が眉間にしわを寄せていると、鬼頭は和室がある方へ視線を向けた。鬼頭の母親が泊まりに来た時くらいしか使われない部屋だ。

『あの部屋にも物が置いてあるし、何かしら残ってるだろう』
 
 ◇  ◇  ◇

「だりいなあ。新学期」

「もう授業始まるとか、どうかしてる」

 大と直哉は二人大きく息を吐き出して、自分の机に突っ伏した。
 異例の早さで咲いた桜は、すっかり葉だけの姿となり、在校生たちの春休みもあっという間に終わって、新学期が幕を開けた。
 始業式と入学式も無事に終わり、自己紹介や委員会決めも済んで、今日から本格的な授業が始まる。
 授業といっても、一発目はシラバスが配られるだけだ。年間の授業計画を確認するだけで終わるだろう。担当の教師からこの学期にこの分野の授業をやるという話をされ、さらに月別単位でも細かく説明される。一時限丸々使うこともあれば、あっさりと終わってしまう教科もあるが、大体の教科は丸っと使うことが多い。
 樹は、既に配布されている時間割を見つめる。
 見慣れた教科が並ぶ中に、ぽつんと浮かぶアイドル科の文字。
 一年生の時は選択科目で、座学が中心の授業スタイルであったが、二年生からは本格的なアイドル活動をすることになる。
 アイドル活動といっても、ヴァンドはまだCDを出していない。アイドル界隈では度々名前が出るが、世間ではまだまだ無名のアイドルユニットだ。三月にあったBtHのスカウトも、ヴァンドが豪華炎乱の扇子部隊になったと発表されたせいか、豪華炎乱に関する取材は来たものの、それ以外の仕事は無かったと聞く。
 ヴァンドの演技後に急遽行われた、豪華炎乱による公開リハーサルの中で「扇子部隊に仕事を持ってきたい企業の皆様は、まず豪華炎乱(うち)を通してからにして」と、雅臣が言ったせいかもしれない。
 昨年までは自由に過ごしていたヴァンドも、今年は豪華炎乱の傘下だ。豪華炎乱が本社なら、ヴァンドは子会社。本社のブランドに傷をつけるような真似(しごと)は許されない。
 二人が十八年かけて作り上げてきたものを、ぽっと出の半人前が崩してはいけないのだ。

「(そういう理由があるのは、なんとなくわかるんだけど……)」

 樹は時間割り片手に、頬杖をつく。

「(それはいいんだけど、ヴァンドのCDを出すみたいな話が昨年から一切出てこないのはなんでなんだろう)」

 まずは発声の基礎からだと言って始まったレッスン。その後、ダンスのステップを基礎の基礎から叩き込まれ、アイドルとはそもそもなんぞやというお勉強もさせられ、ハロフェスでようやくイベントデビューしたわけだけど……CDの話は一切でなかった。
「CDはいつ出すのか?」と鬼頭に問いかけたら「十年早い」と言われて流されるし、豪華炎乱の二人に質問しても「扇子部隊してる間は無理だよ」と言われ、それ以上の事は無し。
 ヴァンドよりも、一ヶ月と十日ほど遅く結成されたハヤラスは、一年経たない間に何曲も出しているのに、この差はなんなのだろう。
 ヴァンドって、実は干されてたりするのだろうか。
 うーんと頭を悩ませていると、樹の前に席がある大が「どうした?」と声をかけてきた。

「いやあ、うちはいつCD出す許可来るのかなって」

 声を冗談の色に染めて、軽く笑って伝える。
 樹は、世間話をするつもりで口を開いたのだが、大はやや固い表情を見せながら口を開いた。

「別に、出さなくてもいいんじゃね?」

「は?」

 樹の口から、気の抜けた声音が出る。
 構わず、大は続けた。

「出さなくても、死にはしないし、今だって……活動出来てるんだし」

「まあ……そうだけど」

「目立つリスクを背負ってまで出すもんでもねえべ」

 ヴァンドのマスコットが、なかば吐き捨てるように言うと同時に、授業の開始を告げる鐘がなる。

「大ちゃん……?」

 どうしたのだろうか。いつもなら冗談に乗じて来る大が、今日はやけに大真面目な答え方をした。
 言葉を続けようとするも、一時限目の教師が入室してきたので、会話を打ち切るしかなかった。


「直哉くん、いるかな?」

 お昼休みに入り、空っぽの胃に食物を詰め終えた後のこと。
 ざわざわと騒々しい二年十三組の教室に、聞き覚えのある先輩の声が混ざる。
 ヴァンドの三人が揃ってドアの方に視線を向けると、カレンデュラの谷萩玲央が顔を覗かせていた。
 何の前触れもなく、この先輩が後輩の所へ顔を出すのは珍しい。
 顔を見合わせる樹と大を尻目に、直哉は扉の方へと歩み寄った。

「どうしました?」

「ちょっと聞きたいことがあって……」と、言葉を続けられたところで、玲央の視線が直哉の後方へ向けられる。
 好奇心に満ちた視線が、教室の内部から向けられてるのだ。
 ざわざわとした空気も、少し落ち着いている。
 直哉は、教室内を一度睨みつけてから、玲央を人気のない図書室の方へと誘った。

「それで……聞きたいことってなんですか?」

 人の出入りが少ない図書室の前で足を止め、直哉の方から口を開く。
 玲央は一度頷くように首を動かしてから、言葉を返した。

「鬼頭さんの家に、霹靂神の過去のライブ映像とか保管してある?」

「多分あると思いますけど」

 玲央に言う過去がどの時期を指しているのかわからないが、鬼頭の家にはアイドルの映像や雑誌等が置かれている。入手経路は、仕事の付き合いや、知り合い、自分で収集したものまで様々だ。

「でも、なんで急に」

 カレンデュラのメンバーである丹和初雪は、その霹靂神にいたはず。
 直接聞けそうなものなのになと首を傾げていると、玲央は「ちょっと諸事情で、霹靂神の昔の映像が見たくて」と言葉を濁した。

「まあ、理由は何でもいいんですけど……。ディスクに入ってるものから、パソコンに入ったままのやつまで色々あるので、一度家に来てもらっていいですか?」

「見るのはいいけど、持ち出すのは怒られそうだから」とつけ加えて、提案を出す。

「わかった」

「待ち合わせ場所等は、後程メールで話し合いましょう」

 昼休みもそろそろ終わる頃だろう。
 腕にある時計を確認すると、そろそろ予鈴がなる時間だ。
 別れる間際で、「そういえば」と玲央が口を開いた。

「ヴァンドは、ファントム×ナイト誰が出るか決めた? というか、誰か出る?」

「ファントム……? ああ……ティアぜのやつですか。それなら、俺が怪盗で出ることになりました」

 日曜の午前中。ゴロゴロと二度寝三度寝をしていたところに、鬼頭が現れ、イベントがあると教えられた。
 内容は、ティアぜ主催の歌劇型イベントで、怪盗と騎士チームにわかれて戦うのだと説明された。イベントの様子はネットにも配信され、勝敗は配信や現地で見ている観客の投票で決めると。簡単に言えば、歌劇型紅白歌合戦である。
 ティアぜのメンバーである種田朱雀と水沢透に、ヴァンドはイベント等でお世話になっている。
 マジアワの時と同様、日頃のお礼を兼ねて参加すべきなのだろうが、ヴァンドは五月から始まる豪華炎乱のツアー練習と準備で、正直なところイベントに参加している場合ではなかった。ツアーで披露する演目の三分の一が、まだ未完成だからだ。
【業火の宴】と【桜ひらひら】はもう完璧と言ってもいい出来だが、他の曲が観客に「魅せる」には不十分なのである。
 なので、今回は仕方なくお断りしようという話が一度出た。が、ツアーを控えた当人の豪華炎乱が出ると言い出したので、お目付け役として、樹や大よりも振り付けの覚えが進んでいる直哉に白羽の矢が立ったのである。口が達者で、ベテランと若手を繋ぐ架け橋として最適という面もあるかもしれない。
「あのヌタウナギ。忙しい時にイベントぶっ込みやがって」という思いを抱きつつも、直哉はイベントにエントリーした。

「玲央さんも出るんですか?」

「うん。騎士側で」

「じゃあ、当日は敵同士ですね。他には、どなたが出るんですか?」

 問いかけた瞬間、玲央の表情が一変する。
 ゆるりと笑っていた口許は引き締まり、眉もいささかつり上がった。
 丸々とした目に、闘志が灯る。
 直哉は、あくまでカレンデュラから他に誰か出るのかなという考えで聞いた。イベントには各ユニットから二人まで参加できるからだ。
 ルール上、目前にいる先輩のユニットはもう一人参加できる。
 なのになぜ、戦う気に満ちているのだろう。まるで試合前の選手みたいだ。

「先輩?」

 意識を呼び戻すように声をかけると、玲央の表情から険しさが消え、いつもの柔らかな表情が戻る。
 そして、いつもと変わらぬ口調で、言葉を放った。

「霹靂神の嵯峨さんが出るって、初雪さんが言ってた」

「あの二人……今も連絡取り合う仲でしたっけ?」

「みたいだよ」

「へえ」

 予鈴の鐘が、校舎に鳴り響く。

「じゃあね。詳しい事はまた後で」

 玲央はひらひらと手を振り、自分の教室がある階へと走っていく。
 足を動かす度に、ピョンと跳ねた髪がゆらゆらと揺れていた。
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