second stage 疾風炎嵐

#バズリンアイドル
#ヴァンド
#バズリン_花明かり

 日が暮れた中でも、薄紅色の花は美しく咲き誇る。
 昼間よりも優美、儚くも力強さが増したその花の前で、奇跡のボーイソプラノが音を奏でていた。
 朝早くから始まった花明かりフェスの最後を飾るのは、フェスの主催マジックアワーである。
 言わずと知れた、聖歌隊出身の双子アイドルだ。
 本人たちは、クリスマスの印象が強いから見てる人に不思議に思われないかと心配したようだが、二人の歌声は和の印象が強い桜にも似合っている。
 ステージを観覧しているクルーが夢中になって見ているのだから間違いない。
 ヴァンドの三人は、ステージ上の進行を気にしつつ、サプライズの準備を整える。
 樹と大は、午前中も着たステージ衣装。大の脇には、アヌビスの頭が抱えられている。直哉は、マジアワカラーの羽根と尾羽を持ったエナガの中だ。
 照明が限界まで落とされた舞台袖の中で、成人男性よりもやや大きなエナガがどーんっと鎮座している。
 見慣れない者はそのお姿を二度三度と振り返りながら見て、慣れた者は「やはり出たか」と納得のいった表情をしている。
 忙しそうに動き回るスタッフを尻目に、生身の樹と大だけ、舞台袖に置かれたモニターからステージを見守っていた。
 今はBsプロ所属アイドル、NーSリベラズムがサプライズゲストとしてバックバンドを始めたところだ。
 鬼頭昴は、二人がモニターに釘付けになっている後ろで、マジックアワーのマネージャー橘冬希に頭を下げる。

「すみません、冬希さん。我が儘を言って」

「いえいえ。こちらは全然構いませんよ。Bsプロらしく、思う存分暴れてください」

 ひらひらと手を振りつつ、鬼頭とそう歳の変わらない男は、獣二人の後頭部に視線を向ける。それに倣う形で、鬼頭も自分の獣を視界に入れた。興味津々な様子でモニターを見る姿に、先日直哉が見ていた百匹わんちゃんのとある場面が浮かぶ。誘拐された子犬たちがテレビを見ているシーンだ。
 でも、こいつらは犬じゃなくてネコ科なんだよなと思っていると、シマエナガの羽根が鬼頭の腰を小突いた。

「なんだよ」

「喉乾いた、水」

「さっきも飲んでなかったか?」

 鬼頭が眉根を寄せると、エナガがくちばしを使ってどすどすと鬼頭の背中を攻撃する。

「みーーーーずーーーー!」

「わかったから、大人しくしろ! たつきー」

「はいはーい」

 一連の騒動が耳に入っていた樹は、名前を呼ばれるまでもなく水が入ったペットボトルを持ち、エナガの背後に回る。
 エナガのチャックは背中にあるのだ。エナガの給水タイムはこのチャックを少しだけ開けて、隙間にペットボトルを押し込むのだ。梨の妖精でいうところの「イリュージョン」である。

「なんかあれだなあ。エナガの中から直ちゃんの地声がすると違和感あるなあ」

 眺めていた大がポツリと呟く。
「どういう意味⁉」と問い詰める勢いで、エナガの顔が大に向いた。

「びっくりしたー! 急にこっち向くなよ! こえーな!」

「直ちゃん、飲み終わったんならペットボトル出してー」

 わやわやと言葉を重ねていると、【Magic hour、五周年記念おめでとう!】という大合唱が、舞台袖にも届く。
 樹と大は同時に視線をステージへ向けた。
 この後の流れはお礼MCに続いて一曲歌い、終わったあとでエナガの乱入だ。
 そろそろ出る準備をしなければなというところで、ステージ上も舞台袖も慌ただしくなる。
 樹と大がモニターを見ると、ステージに居たはずの律が脱兎のごとく駆け出し、舞台袖に向かっているではないか。その後に詩も続いてる。
 舞台袖は暗くなっているとはいえ、このまま入ってこられると乱入前に鉢合わせしてしまう。が、シマエナガを隠している暇も場所もない。
 二人がどうしたものかと顔を見合わせていると、ばさりという音と共に視界が暗転した。

「何⁉」

「暗⁉」

 頭に不織布に似た生地が触れている。
 布の向こう側から鬼頭の「動くな」という声がしたのと同時に、律の声が耳に届いた。
 混乱しているような、焦っているような、少なくとも「嬉しい」という感情は混ざっていない声音だ。
 布が被されているなと、自分達の状況を確認しながら息を殺して、事が終わるのを待つ。
 観客席から漏れ聞こえるのは、詩と律を呼ぶ声。
 舞台袖に駆け込んで来た二人は、マネージャーの冬希が相手をしているのだろう。声変わりをしていない双子の声と、低く響く成人男性の声が船員(クルー)の声に混ざっている。
 この仕事を始めてから、音の聞き分けがよくなったなあと樹が思っていると、三人の声が遠退いた。
 話している場所を変えたのだろう。会話が完全に聞こえなくなる。
 そろそろ顔を出してもいいだろうか。狭いし、布の中にある酸素も少なくなってきた。
 居心地悪く、もぞもぞと身体を動かすと、被されていた布が外される。
 生身の二人は、揃って水から浮上するように息を吸い込み、辺りを見回した。
 布が取られても視界は暗いままだ。
 モニターも、電源は入ってるのに画が映っていない。視界と同じく真っ暗だ。
 ステージ上も暗転しているのだと気づいたのは、双子のMCに出てきた愛らしい言葉からだった。
 樹と大は、まだ慣れない視界でそろりそろりと舞台袖に進み、外の様子を盗み見た。
 冬希と話をして、色々落ち着いたのだろう。
 淡い色が灯る世界で、ステージに立つ双子は、自分達の言葉で自分達のことを話す。
 詩と律がどういう人生を歩んできたかは知らない。アイドルとして生きると決めた細やかな理由も知らない。
 それでも「ありがとう」と言った二人の表情は、とても良い表情をしていると心の底から思う。
 暗転していたステージに光が戻り、フルート音色が会場に広がっていく。
【Magic hour】が導く航路に耳を傾けつつ、樹は口を開いた。

「色探しだって。俺たちの色は何色だと思う?」

「色ー? そんなの決まってるべえ。黒と青緑だ」

 自信満々に言い切る大の答えに、樹はふっと噴き出した。

「炭治郎じゃん」

「しょうがねーだろ! うちのモチーフ黒豹だし、イメージカラーそれなんだから! 誰だ⁉ この色に設定したの⁉」

「【みずのこきゅう】の練習でもする?」

「…………CD出すまでに【みなもぎり】くらいはできるようになっておくか」

 一瞬の間の後、二人同時に息を噴き出す。
 肩を揺らし、クスクスと笑う二人の背中に、羽根を使ったエナガ渾身の【みなもぎり】が入った。
 ばたりばたりと、生身の二人が床に崩れ落ちる中、直哉の地声がエナガの内側から発せられる。

「きっちり【せいせいるてん】ぐらいまで覚えろ。みずのこきゅうなら、俺は【うちしお】と【なぎ】が好き」

「────エナガの骨が折れるってーの! 雑に扱うんじゃない!」

 先に復活した樹が起き上がり、シマエナガ直哉を一喝する。
 大は、「突っ込むところはそこじゃないだろう樹(リーダー)」と思いつつ、叩かれた時の痺れがまだ残る身体を起き上がらせた。

「さては直ちゃん……義勇ファンだな……」

「無駄話終わりでーす。そろそろ、詩律先輩の歌も終わりまーす」

 二人を押し退けて、えっちらおっちらとシマエナガが前に進み出る。
 いつの間にか曲は終わりを迎えていて、ステージ上の双子が再びMCへと入るところだった。
 構わず、シマエナガはステージへと進み出る。
 舞台袖からも出て、双子はもちろん船員にも見えているだろう。
 サプライズエナガの出現に、「エナガちゃん」とエナガを可愛がる二人は、案の定驚いた表情を見せた。

「もーっ! だからこーゆうの慣れてないんだってばー!」

「さっきライブ乱入してくれたみんなも、最後は出てきてもらうからね! 祝い逃げとか許さないんだから!」

 溢れる涙を拭って微笑む双子は、今度は逃げない。

「〈こんばんは、詩律さん! そしてクルーのみなさーん! ヴァンドのおともだち、シマエナガでーす! BtHぶりの現世だよーーーーーー!〉」

 会場に設置されたスピーカーから、直哉の超高い裏声が響く。

「〈さっきから、大泣きしている子はどこの誰かなーーーー! 罰としてーーーー! このエナガがぎゅーーーーうってしちゃうゾ!〉」

 シマエナガは、マジアワカラーに変えた羽根をばさりと広げた。
 クルーに見られているのも忘れて、双子がばっと走り出し、ステージに現れたエナガに問答無用で抱きつく。
 桜色と笑顔で満ちたステージを見つつ、「さて」と、樹と大も足を踏み出した。

「で、リーダーはオレたちの色、何色だと思ってんの?」

 アヌビスの頭を被りつつ、大が問う。

「さあ? 何色でも良いんじゃない? CDまだ出してないし。詩律さんやクルーの人たちと一緒でさ、これから見つけて行けば良い。行き当たりばったりなのが、うちらしいでしょう」

 そう言うと、樹はすっと息を吸い込み、自分のマイクに向けて言葉と吐き出した。

「〈クルーのみなさん、こんばんはー! ヴァン・ド・ラファールでーす!〉」
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