second stage 疾風炎嵐
#バズリンアイドル
#ヴァンド
#豪華炎乱
#バズリン_花明かり
◇ ◇ ◇
『さくらの日で、桜モチーフかあ。なら、【桜ひらひら】を歌ってみたら?』
豪華炎乱のリーダー雅臣は、花明かりフェスの概要を見るなり、獣たちに提案する。
レッスンの休憩中、フェスで披露する曲をどうしようかと考えていたところでの出来事だった。
ヴァンドが今練習しているのは、鬼頭昴の【海原】と豪華炎乱の【業火の華】だ。どちらもBtHで披露する為のもので、他の曲の練習はストップしている。
花明かりフェスは、BtHの翌週だ。一週間で、新しい曲を海原と業火の華と同じ仕上がりにするのは難しい。かといって、この二曲だけでは寂しい。なにより、フェスの世界観に似合わない。海原は海鳥と風の歌で、業火の華は地獄で行われる宴の歌だからだ。
『桜ひらひら?』
雅臣の提案に首を捻ったのは、大である。
タイトルだけではいまいちピンと来ていないようで、樹がサビの出だしを紡いだ。
『あれだよ、大ちゃん。《さくら ひらひら 舞い上がるその先は》ってやつ』
『ああ、それか。中学の時、一個上の先輩たちが卒業式で歌ってたな。あれマサさんたちの歌だったの?』
『そうでーす! 崇めてくれていいんだよ!』
広げた扇子で自身を扇ぎながら、歌の持ち主は胸を張る。
長いことやっていると、音楽の教科書に楽曲が載ることもあるようだ。
天を駆け上るような豪快な笑い声が、レッスン室に響いた。
『桜ひらひらさあ…………ごうえんの曲の中でも結構現代寄りだよね』
直哉がポツリと呟く。
三人が会話をしている間にスマホを操り、楽曲配信サイトからダウンロードして、話題の中心となっている歌をイヤホンで聴いていた。
豪華炎乱は和ロックな曲が多い。祭りのお囃子を思い出させるような賑やかさと艶っぽさが特徴的である。が、【桜ひらひら】は現代的なポップス曲で、メロディもわかりやすく、歌詞も単純で覚えやすい。内容も未来へ進んでいく前向きなものだ。
豪華炎乱らしさもあるにはあるが、火種に向けたものというより大衆に受ける感じに作られている。
直哉の感想に『確かに珍しい』と樹と大が頷いていると、『そりゃそうだ』と、雅臣はケラケラと笑い、言葉を続けた。
『だってそれ、復興支援ソングだもの』
◇ ◇ ◇
花明かりの早朝は、気温はやや低めではあるが、真冬の寒さに比べれば大変過ごしやすく、空も高い位置あるように見えた。
天気が荒れる気配は無い。ゲストの皆々様は、今日一日穏やかにフェスを楽しめるだろう。
そう、ゲストの皆々様は……。
樹は、スマートフォンの画面に表示された通知アプリの文面を見て、見事に凍りついた。
文を送ってきたのは、今年二十一歳になる兄、斎(いつき)からだ。内容は【花見ついでに、姉貴たちと見に来たぞ!】というもので、会場入り口の写真も届いている。
樹の隣で、大もカエルが潰れた時のような声を出していた。
「彰(あきら)兄ちゃんが来やがった……」
「やられたーー……」
花明かりの衣装に袖を通す最中だった二人は、スマホを見たままピタリと手を止めてしまっている。
直哉が、前座のFhosや後ろのカレンデュラへの挨拶回りから戻ってきたのはそんな時であった。
授業参観当日みたいな表情をしている二人を見て、大きく息を吐き出す。
「朝から鬱々しいんですけどーーーー?」
「だってさあ……」
「泉ちゃんが来るのは知ってたけど、兄ちゃんたちは盲点だったなあ……」
直哉が、鬼頭に届いた泉のメールを盗み読みした限りでは、泉は一人で会場に来るものだと思っていた。
さては、泉に便乗する形で兄貴たちは来たなと、樹は舌を打ちたくなる。
兄たちには「明日はお世話になっているアイドルのライブがある」としか伝えていない。別に来てもいいのだが、急すぎて兄たちにライブの様子を見せる心の準備がまだ出来ていないし、身内に見せる気恥ずかしさもまだ残っている。
「うおおおお……」と頭を抱える二人に、直哉は冷ややかな目をして言葉を投げた。
「俺は、毎日が授業参観みたいなもんですけど?」
三月上旬から、鬼頭(マネージャー)の家で下宿(いそうろう)を始めた直哉にとって、鬼頭は事務所の先輩であり、師匠であり、保護者であり、父親代わりだ。
事務所へ行けば当たり前のように居るし、レッスンも仕事の合間に様子を見に来るし、家に帰るのも一緒である。
「一時間くらいどうってことねえよ」という獄卒の雰囲気に、二人は「そうでした」としか返せなかった。
腹を括った大が、大きく息を吐き出す。
「しゃーねー。一時間くらい我慢してやっかあ。な、たっちゃん」
「そうだね。開き直って暴れようか」
兄のメールへ、適当に文を打ってから返信し、着替えの続きを始めた。
「そういえば、詩律先輩に渡す【朝焼けエナガと夕焼けエナガ】はどうしたの?」
樹が帯を締めながら、直哉に問う。
直哉は近くに置いてあったパイプ椅子に腰掛けながら、言葉を返した。
「リゾートのラッピングバッグに、アソートクッキーと入れて、エナガの着ぐるみと一緒に事務所の車に乗せてある。冬希さんにも、ライブの乱入許可貰ってるし、概ね予定通り」
冬希とは、マジックアワーのマネージャー、橘冬希のことだ。ヴァンドのマネージャー鬼頭昴は、喫煙所で度々この人と居合わせるらしく、業界人特有の世間話から愚痴まで話しているという。
直哉が、名字の【橘】ではなく名前の【冬希】呼びをしているのは、鬼頭がそうしているからだ。【橘】という名前の男は、鬼頭の身近な所にもう一人いる。初代ヴァン・ド・ラファールの片割れで海に沈んだ海鳥、日向橘(ひゅうが たちばな)だ。鬼頭は、日向橘のことを名前で呼んでいるから、混同しないように橘冬希のことも名前で呼んでいるのだ。
直哉は、懐からポチ袋を取りだし、中から細めのヘアピンを四本取った。Fhosの連城直輝(レンレン)に頼んで、買ってきてもらったものだ。BtHやら今日の花明かりやらのレッスンで、自分で買いに行く時間が取れなかったのもあるが、彼の方が直哉よりもアクセサリーに詳しい。アイドル仲間のセンスを信じて、ヘッドセットの邪魔にならない、細くて平らなピンを頼んだのである。代金は受け取った時に精算してきた。
耳にかける髪が垂れてこないように、左右二本ずつ挿していく。
二人よりも髪が長い直哉は、ヘッドセットをつける時に髪の毛をのけて、耳を出す必要があるのだ。
「鬼頭さんのスマホ使って、【ライブ中、エナガ乱入していいですか?】みたいな文を冬希さんに送ったら、【お前、鬼頭昴じゃねえな?】って一発で見抜かれてビビった」
「それは、マジアワのマネージャーじゃなくてもわかるでしょう」
「直ちゃんでもビビることあるんだな」
直哉の眉間にしわが寄る。
「大ちゃんは俺をなんだと思ってるわけ?」
「堅物(とんがり)ぼっちゃま」
直哉が立ち上がり、すかさず大が逃げ出す。
長机を中心に、ぐるぐると鬼ごっこを始めた。
「朝から元気ね」
そろそろ、舞台袖に移動しないといけない時間なんだけど。
樹は、二人の余裕ぶりに呆れつつ、指貫の裾を紐で搾り、足首の辺りで括る。
時刻は、朝の八時半になろうとしている。
ヴァンドの出番は午前九時から。
発声練習と準備運動は済んでおり、後はマジックアワーの二人による開会の挨拶と、Fhosの前座を待つのみである。
長机を挟んで対峙する二人の攻防は、鬼頭が呼びに来るまで続いた。
多少もたついた部分はあったものの、マジックアワーによる開会の挨拶が終わり、Fhosの名波リチャードと連城直輝がステージ上で息のあった掛け合いを見せる。
朝から駆けつけた観客(ゲスト)の顔に、自然と花が開いていく。
耳に馴染む声音を聞きつつ、ヴァンドは舞台袖で最終確認をしていた。
目前にいるのは、ヴァンドに自分達の曲を託した豪華炎乱の聖春高と、マネージャーの鬼頭昴である。
春高が腕を組みながら、先に口を開いた。
「リハーサルでもそうだったけど、今日は風が弱めに吹いてるね。扇子を投げた時、流されないように気をつけて。立ち位置も、レッスンの時よりも広めにとってね」
春高から出た注意に、三人は頷いて返す。
「BtHから一週間しか経っていない。慣れてない野外ではあるが、先週よりも出来が悪いと思われないように、しっかりやってこい」
「はい!」
三人分の返事が、舞台袖に響く。
〈桜舞う花風になっていちばん後ろまで響かせろー!! Bsプロ所属、Vent de Rafale!!!〉
連城直輝の声が、この場にいる五人の耳にも届き、視線がステージのある方へ向かう。
三人の背筋がピンと伸びて、表情も引き締まったものに変わった。
「呼ばれたね」
「行ってこい、獣ども」
大人二人の言葉に背中を押され、樹を先頭にステージへと向かう。中央は直哉、殿は大だ。
絹で出来た着物の裾が、歩く度にぱたぱたと揺れる。
ステージ裏に植えられている桜が、ゆるゆると吹く風に触れて、薄紅の花びらをひらひらと散らした。
直哉をステージの中心に置き、間隔をあけて並び立つ。
右手には、扇子部隊の扇子。今日のフェスに合わせて、柄は桜を中心とした和柄だ。和紙の色は、樹が赤、直哉が黒、大が金である。
足を肩幅で開き、肘は肩と同じ高さまで上げて、扇子で顔を隠す。左手は腰に置いた。
三人の前で、前座の二人が開演を告げる言霊を放った。
〈──出会いと別れのはざまのこの日に、あなたの笑顔が咲きますように「花明かりフェス」〉
〈開演します!!!〉
Fhosの口上が終わり、二人がステージの外へと移動する。
静まり返ったステージ上。
会場に響くのは、ステージに立つ三人に送られる声援だ。
数多の視線と、舞台袖から向けられる視線を感じながら、直哉の声が高らかに響いた。
《咲き乱れろ 業火の華────!》
【業火の華】の前奏が流れ出す。
お囃子のような賑やかで艶のある調子。
ドラムの音に合わせながら三人が扇子をずらし、顔をお披露目する。
露になった表情は、自信に満ち溢れたものだ。
「現世のみなさーん! そして、亡者のみなさーん! おはようございまーーーーすっ!」
盛り上げ役の大が、扇子を振りながら威勢良く口を開く。
ペンライトと扇子がぶんぶんと振られ、海原を飛ぶ海鳥の羽根みたいだ。
「色々と挨拶しないとだけど、まずは一回焼かれよう! 弾ける準備はいいですかーーーーーー!」
ぶんぶんと、扇子が揺れる。
よろしいとばかりに、メロディーが始める直前で三人同時に扇子を投げ、扇子が宙にあるうちに体を一度回転させる。落ちてきた扇子を見事落とさず受け止め、動作を止めずに扇子で十字を切った。
メロディーに、直哉の艶のある声音が言葉をのせる。
《代わり映えのない 地獄の片隅で》
《打ち鳴らされる 踊り子の足音》
亡者を焼き尽くす業火の如く、躍り狂え、乱れ咲けと、退屈している女神を、躍りの舞台へと誘う、業火の華。
BtHの時と同様に、三人息も振り付けも乱すことなく、業火の華を咲かせていく。
サビに入れば、振り付けは一段と早くなる。
一週間前、豪華炎乱と力の差を見せつけられた場所だ。
《極楽へ行くには まだ早い》
《魂(こころ)滾らせて 踊れ》
《くるりくるりと 踵返し》
《バカになって踊れよ》
《閻魔サマの前で 美しく狂え 業火の華────!》
止めるべき場所はぴたりと止め、艶やかに踊る箇所は艶やかに、扇子の先まで神経を集中させて、扇子部隊なりに豪華炎乱の世界を魅せていく。
どんなに疲れても、曲の最後まで動きを止めない。
扇子を突き出す最後のポーズを決めるまで、ヴァンドは地獄の業火になりきった。
そして、息つく間もなく流れ出す、海原の前奏。
今まで和だった雰囲気を洋に変えて、業火から海鳥と風に姿を変える。
BtHでは見せなかった前奏の振り付けを、三人で息を揃えて仕上げ、メロディーに入った。
「さて、ヴァンドの時間も、次の曲で最後です」
樹が朗らかな笑みを見せながら、目前にいる観客に告げる。
その手には、午前中の出演者と、豪華炎乱の全国春ツアーのスケジュールが書かれたクリップボードがあり、MCの時間を利用して宣伝していたことがうかがえる。
樹が、クリップボードをステージ下で待機していたヴァンドのスタッフに手渡している間、大と直哉で話を繋げた。
「歌う曲は豪華炎乱一番のヒット曲【桜ひらひら】!」
「震災の復興支援ソングとして作られたこの曲は、現在も売り上げの一部を義援金として寄付しています。見えない未来に向けて、前に進んでいく、暗い道を照らして行く、そんな曲です」
「知っている人はぜひ、一緒に歌ってください」
戻ってきた樹が、立ち位置につく。
三人、入場してきた時と同様の立ち位置だ。
ざわりと一際強く吹いた風が、ステージ裏の桜を揺らす。
ひらひらと、桜の花弁がステージに降り注ぐと同時に、豪華炎乱の曲にしては珍しくピアノの音色が流れ始めた。
サビに入るまで、派手な振りはない。
前奏が終わり、メロディーに樹が言葉をのせていく。
《桃色の花びらが 旅立ちの時を知らせる》
『だってそれ、復興支援ソングだもの』
ケラケラと笑って話す雅臣の姿が、ヴァンドの脳裏に過る。
ヴァンドよりも長く生きてる大人たちは、きっと良いことも悪いことも見てきたはずだ。思い出の数も、たくさんあるはずだ。
『君たちがこーーーーんなにちっちゃい時に大きな地震があってねえ。あの時は大変だったなあ。電話は繋がらないし、停電はするし、交通網も全部ストップだ』
正直、仕事なんかしている場合ではなかった。
歌って踊っている場合ではない。かと言って、被災地に行っても、役に立つことはできない。出来ても、せいぜい炊き出しか、片付けだ。
『なあーんにもできないって思ってたのにねえ、現地の子達にせがまれて軽く歌ってみたら、喜んでくれたんだよねえ。非日常な世界に日常が戻ってきた感じがしたのかな。だからさ、みんなで気晴らしに歌えるような曲を作ったわけ』
雅臣のケラケラとした口調の中に、真剣な色がまざる。
『君たちは僕らのツアーが終わるまで、フェスや他のイベントに出る機会が限られてくる。その分、花明かりでしっかりと爪痕を残して来るといい』
サビに入ったヴァンドが、扇子片手に華やかに動き出す。
オーケストラが奏でる音色と共に、ひらひらと扇子と踊る。
《さくらひらひら 舞い上がるその先は》
《あの遠い空の向こう 未来へと》
《とばせ涙 春風にあてながら》
《寂しさと乾かそう》
ひらひらと花弁が舞う中、春の高い空に三人の声が吸い込まれていく。
《さくら ひらひら 舞い上がるその先は》
《眩しい白日の 未来へと》
《旅立つボクは 花びらをつけながら》
《君と歩いて行こう》
《口笛を吹きながら》
《(さくら)(ひらひら)》
《(とばせ)(なみだ)》
《(さくら)(ひらひら)》
《(とばして)(なみだ)》