second stage 疾風炎嵐

#バズリンアイドル
#ヴァンド
#豪華炎乱
#バズリン_花明かり

 ヴァンドは、BtHの熱が冷めないまま修了式を迎え、春休みに入った。
 春休み初日となるこの日は、午前中からみっちりとレッスンの予定が入っている。コーチは毎度お馴染み、春高だ。
 樹と大が「おはようございます」と、そろって事務室に顔を出すと、部屋の奥の方にある打ち合わせスペースで、人だかりが出来ているのが目に入った。
 その人だかりの中から、先に来ていた直哉を発見し、二人は打ち合わせスペースに歩み寄る。

「おはよ、直ちゃん」

「おはー」

 二人の声に反応して、直哉が手元にあるものから視線をあげる。
「ん」と小さく返事をして、また視線が手元に落ちた。
 さっきから、何を熱心に見ているのか。
 二人が直哉の肩越しから覗き込んで見ると、白くてふわふわとしたぬいぐるみが視界に飛び込んでくる。くちばしと羽根、長い尾羽は黒く、尾羽は針金でも入っているのかぴんと伸びていた。
 その白いぬいぐるみは、樹も大も見覚えがあるものだ。
 昨年のクリフェスでお披露目した、シマエナガマペットだ。
 あの時は試作品だと言って作ったが、裁判中の反応がなかなか好評だったので、商品化にこぎつけることにしたのである。
 直哉はシマエナガマペットを右手に差し込み、指を動かした時の感触を確かめている。エナガマペットは、羽根に親指と小指を差し込むスペースがあり、指を動かすと羽根が動く仕様だ。
 樹も裁判中によく羽根を動かしていた。

「どうだ? 直哉」

 人だかりの中にいた鬼頭が問いかける。
 直哉はしばらく羽根を動かしてから、口を開いた。

「問題ないと思う。差し込み口も広くなったし、試作品よりも指入れやすくなった」

 ずぼっとエナガから手を引き抜き、当然のように樹に渡す。
 受け取った樹も、シマエナガマペットの感触を確かめてみた。
 試作品よりも毛並みはふわふわとしており、黒い瞳もつぶらさが増している。一言で例えるなら、毛が生えたかわいい大福。
 直哉が言った通り、差し込み口がやや広くなり、指もつっかえることなく入る。タグを見ると、【Mサイズ】と青緑色の糸で刺繍されていた。その下に、ヴァンドのロゴも刺繍されている。
 シマエナガマペットはSサイズも用意されており、こちらは園児から小学生、手が小さい大人向けだ。こちらの使用感は、来月から新一年生になる年長さんに確かめてもらっている。二月に行った慈善事業の際、せっかくだからと遊ばせてみたのだ。
 ただ遊びに行っただけではないのである。

「うん。良いと思う」

 樹もにこやかに笑って、感想を述べる。
 うむうむと満足そうに直哉も頷き、「じゃあこれで」と、鬼頭が宣伝スタッフに伝える。

「豪華炎乱のアンテナショップの方に十体。残りはネット通販用で」

 まだ全てのスタッフの顔を覚えていないので名前はわからないが、おそらく豪華炎乱のチームにいるスタッフだろう。
 スタッフは「はい」とうなずくと、エナガマペットが入っている段ボール箱を抱えて事務室を出ていく。行き先は、ハラジュクにある豪華炎乱のグッズショップだ。
 人だかりを作っていたスタッフも、エナガマペット完成版を見て満足したのか、いそいそと自分の持ち場へと戻った。
 残ったのは、ヴァンドの三人とマネージャーの鬼頭昴である。机の上には見本のエナガマペットがまだ残っていた。
 樹の手に刺さったままの黒い羽根を持ったエナガ(わかりやすいように通常タイプとしておこう)と、通常タイプの色違いサクラ色のエナガ。そして、朝焼け色と夕焼け色のエナガの四体だ。

「春に出すって言ってたから、サクラ色はわかるんだけどよー」

 大がサクラ色のエナガを手に取りつつ、口を開く。

「この朝焼け色と夕焼け色はなに? 誰の趣味?」

「ああ、それ。それは──」

 樹が答えようとしたところで、直哉が割って入る。

「エナガ教の信者にあげる分だよ。週末出るでしょう? こ…………れっ!」

 鬼頭が持っていたクリップボードを奪い取り、挟んであった今週の予定表を突きつける。
 週末。三月二十七日。そこには、【花明かりフェス】と書かれていた。
 ああ、そういえば。
 BtHが終わった後、「来週はパレットプロデュースの方でフェスがあるから」と言われていたことを思い出す。そのパレプロのフェスが【花明かりフェス】だ。BtHで燃え尽きたせいか、大の頭からフェスの存在がすっかり抜け落ちてしまっていた。
 花明かりフェスに参加するアイドルは、桜モチーフを取り入れることがルールとなっている。
 ヴァンドはもちろん参加だ。パレットプロデュースは、ヴァンドがお世話になっているアイドルが数多く所属している。BtHに参加してくれた、エスペランサーノーツやシエル、二月にリゾートへ行ったマジックアワーの二人がそうだ。お互い、もちつもたれつというものかもしれない。
 クリップボードを鬼頭に返し、朝焼けエナガを持ち上げ、手を差し入れる。朝焼けエナガも夕焼けエナガも、橙色が主体となっているが、朝焼けの方は空が白んでいく様が表現され、夕焼けの方は一番星が光る藍色の帳を表現したような色合いとなっていた。
 直哉は、羽根の動きを色々試しつつ、言葉を続ける。

「というのが、表向きの概要です」

「表向き⁉ 裏向きの概要もあんの⁉」

 目を丸くする大に、樹が頷く。

「事務所から事務所へ、横に流されている情報があってね。その日は、詩律先輩たちの結成記念日なんだって。……ごしゅーねんっ」

「ごしゅーねんっ」

 樹と直哉が揃ってエナガを操り、親指と小指を使って羽根を広げさせる。
 エナガがいなければ、手のひらを開いた形になっていたであろう。
 喋りもエナガの動きも見事に重なった指揮官と副官に、大は頬をひきつらせる。
 クリフェスで、戦一歩手前なギスギス展開を見せた二人とは思えないシンクロぶりだ。中学時代のクラスの女子が頭に浮かぶ。
「離れたり、くっついたり、思春期の女みてぇだな」とは、口が裂けても言えなかった。
 言ったら最後、鬼に蹴っ飛ばされる。
 誰が女だと、指揮官が凄む姿がありありと浮かぶ。
 よくよく考えたら、大の周囲にいる人間にまともな奴、居ないのではないか……?
 一瞬樹の姉が浮かんだが、あの姉ちゃんは【はがしの女】であることと、この将来(さき)、鬼の頭の嫁になるんだよなと思い立って、脳裏から消し去った。
 春高はまともそうに見えるが、ないと落ち着かないと言って、常に竹刀を持ち歩いている。雅臣は論外。マネージャーは……十歳下の女に手を出そうとしている男だった。
 平凡な生活は、この世界に足を踏み入れた時に消え去ったのかもしれない。
 大が平凡な生活に別れを告げている間、鬼頭が樹を呼ぶ。

「マペットのネット通販。ツイッターで宣伝しておけ。あと、花明かりも」

「はーい」

「なんなら、マペット動画も一緒に載せる?」

 直哉が、エナガの羽根をパタパタと動かした。



【やっほー! みんな元気ーーーー⁉ ヴァンドのおともだち、シマエナガでーーーーす! 今日はみんなにお知らせがあるよ! 耳の穴かっぽじって、よく聞いてね! なんと! ボクのマペットが! ついに完成しましたーーーー! 見よ! この流れるような毛艶の良さを! やったーーーー! 通常バージョンの黒い羽根と、春限定のサクラ羽根バージョンがあるよ! みんなぜひ手に入れて、ヴァンドのライブへ遊びに来てくださーーーーい! ……うう。いっぱい宣伝したからお腹減っちゃった……。今日のごはんはーーーーしょうがやきが食べたいなあーーーー。ね! 鬼頭(パパ)!】

「残念、湯豆腐です」

 べしりと、直哉の頭にクリップボードが落とされた。
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