first stage ワタリガラスの止まり木
「そういえばさー、すばるー。【ハナさん】からあの話聞いたー?」
酒のつまみが並ぶテーブルを挟んで、赤毛の男、榊雅臣(さかき まさおみ)から問われる。
赤毛の男の隣では、青みが強い灰色の髪を旋毛の辺りで一まとめに結んだ男がゆるゆると枝豆をつまみ。鬼頭の隣では、白髪に近い髪色に背広に身を包んだ男が、興味深げな様子で話に耳を傾けている。
中身が見えない唐突な問いに、鬼頭昴(きとう すばる)は眉根を寄せた。
今は、榊雅臣(このおとこ)と、この男とアイドルユニット【豪華炎乱(ごうかえんらん)】を組む男、聖春高(ひじり はるたか)と、鬼頭と同級生で現在は出版社の総務で働く元アイドル練習生、日向橘(ひゅうが たちばな)と飲んでいる最中だ。
「年末進行に入る前の決起集会だ!」という理由付けで呼ばれた、同年代四人が集まっての飲み会。
進行前であっても、仕事はぎゅうぎゅうになりつつある。
疲れたし、三人で仲良くやってくれと帰ろうとしたのに、強制的に連れて来られた。
幾分か間を空けた後、鬼頭の口から漏れたのは疑問と鬱陶しさが混ざった息であった。
「はあ?」
予想していた返しではなかったのであろう。
赤毛の男はむすりと頬を膨らませ、不満げな態度を見せた。
不満を見せたいのはこっちの方である。主語もなく中身もなく問われて、どう具体的に返せと言うのか。
そもそも、先程まで五歳になった自身の息子について熱く語っていたくせに、急な話の転換に頭が追い付いていかない。
【ハナさん】というのは、豪華炎乱の現在のマネージャーで、アイドル時代の鬼頭昴の元マネージャーである。名前は、花房勇(はなぶさ いさみ)だ。
雅臣たちと同じく、アイドルをしていた鬼頭が引退した後「人手が足りないんだ!」という理由で、事務の世界に引き込み、事務仕事からマネジメント業まで叩き込んだ男だ。それはわかる。
花房とは、今日も一日共に事務所で過ごしていたが、特に何か言われたり、聞かれたりした記憶はない。
鬼頭が黙ったままでいると、枝豆の皿を空にした春高が口を開いた。
「例の動画の子達でしょう?」
「動画?」
鬼頭が怪訝な表情と同時に言葉を発する。
雅臣はわかっているらしく「それ」と、箸先で春高を指す。
行儀が悪いと、鬼頭は雅臣の手を叩いた。
「フナバシにあるA町内会のサイトにね、動きのいい男の子たちの動画が上がってるんだー」
「A町内会って言うと、マサの住んでるB町内会の隣じゃない?」
橘が問う。
雅臣が深く頷いた。
「そうなんだよー。云十年も続く因縁の相手でさー。秋の町内対抗運動会でもけちょんけちょんに」
「されたのか?」
嘲笑する鬼頭に、雅臣が食ってかかった。
「違うよ! してやったんだよ!」
「マサさんのうそつきー。その運動会は両町内会とも中学生が大活躍して、接戦だったって、ホームページに出てるよ」
春高は自身のスマートフォンを操作して、雅臣因縁の町内会、A町内会のサイトを開き、動画のページを鬼頭と橘に見せる。
その活躍した中学生というのがこの三人であると、春高は説明しながらある動画を見せた。
町内会の子ども会で、早めのクリスマス会をしたのだろう。
集会場の、畳敷きの室内にはクリスマスツリーが置かれ、折り紙で作られた輪飾りが、ぐるりと一周する形で室内の壁に貼り付けられている。
並べられたテーブルの奥……上座の位置にあるのは、小さなステージだ。
台等は置かれていない。パフォーマンスの邪魔にならないようにと物が全て退けられて、広い空間が作られただけのステージ。
そのステージで、中学生くらいの男子が三人、子どもたちに向けてダンスを披露している。
開始早々披露されたのは、子どもたちがよく知る幼児番組でよく歌い踊られているもの。次は、この年に流行った流行りの女性アイドル曲。最後が、豪華炎乱の中でもメジャーな曲。多少室内用にアレンジは入れつつ、堅実に確実なテンポと振りで踊っている。
「僕からハナさんにこの動画の存在を横流ししてね。そしたら、豪華炎乱(うち)のスタッフの間でも大好評。次代の扇子部隊に良いんじゃないかってなったのさ!」
「面白い子達でしょう? この茶髪の子と黒い髪の子はバク転できるし、この前髪二つに分けた男の子なんか、昴さんと空気がそっくり」
春高の言葉に、鬼頭の眉間にあったしわが、さらに深くなった。
「どの辺りが?」
「え? なんかこう…………口が悪そうなところ?」
「ふ………………っ!」
「ぁあ⁉」
橘が吹き出し、鬼頭は眉間のしわだけでなく、こめかみに筋も浮かぶ。
橘につられて発言者の春高も肩を震わせ、二人分の笑い声がテーブルを包み込んだ。
ぴくぴくと、鬼頭のこめかみが動く。
ひとつふたつと数えても笑い声が止まらなかったので、鉄拳を二人の頭に落とした。
その間に、雅臣は一人黙々と酒を喉に流し込み、喉を潤す。
鬼頭がようやく落ち着き、笑っていた二人も無事に(?)正気に戻ったところで、雅臣は口を開く。
「で、その三人に、ちょっと声かけてみないってことになったわけ。ま。入ってすぐやらせるつもりはないけど、他の事務所に取られるのも嫌だしね。今のうちに、囲っておこうと思ったのさ。その囲った後の事なんだけど……」
雅臣の目に、真っ直ぐな光が灯る。
仕事の時に見せる、本気の目だ。
自然と、鬼頭の背中にも力が入り、筋が伸びる。
雅臣は頬杖をつきながら、鬼頭を見据えた。
「どう? お前、この獣たち育ててみない? ハルの言う通り、この黒髪の子は君にそっくりだし、他の二人も……僕たちにそっくりだ。導けるだろう。僕らが歩きたくても歩けなかった、轍にね」