first stage ワタリガラスの止まり木

#ヴァンド

「そういえば、泉さん。こんな噂が流れてるの知ってる?」

 業務中。舞が唐突に口を開く。
 泉は向き合っていたパソコンから顔を上げて、首を傾げた。

「噂?」

 何も知らない返しであることを声音から察したのだろう。
 舞は大袈裟な素振りでため息を吐くと、自分のスマートフォンを操り、呟き系SNSの検索結果を見せる。

「相変わらず、SNSは見ないタイプなのね。春頃からちょくちょく出るようになったのよ、この噂。あの頃は信憑性が無かったけど…………。夏のライブ終わった辺りから再加熱してきてね」

「直接顔を見れた事が大きいのかも」と舞は続ける。
 泉は、その言葉を聞いてもピンと来ず、疑問符が頭に浮かぶばかりだ。
 その様子に、舞は再び呆れた表情と息を吐きながらも、律儀にスマホの画面を見せる。
 視界に飛び込んできたのは、SNSの投稿。画像が二枚添付されている。
 片方は、ホームページにも載っている直哉のアーティスト写真。もう片方は、園児でいえば年中さんと呼ばれる年頃か。小さな男の子の写真だ。小さい頃の直哉に似た、男の子。
 写真の人物を認識した瞬間、泉の顔からざっと音を立てて血の気が引いていく。
 写真はドラマの映像をスマホで写して切り取ったものだろう。とても粗いが、泉はそのドラマをしっかりと見ていたので、どの場面でどの人物か直ぐにわかった。

「なんで…………⁉」

 なぜ、この写真が今、SNSに出回っているのだ。
 愕然とする泉に、至極当然とばかりに口を開いた。

「そりゃあね。突然引退した子役が前触れもなく戻ってきたら、みんな騒ぐでしょうよ」

 戻ってきた場所が、ドラマで共演した俳優が居る事務所なら尚更だ。元の事務所は子役を多く売り出す所で有名だったが、社長の不祥事で事業は頓挫、自己破産し、所属していた子たちは辞めたか別の事務所へ移っている。直哉も別の事務所を選ぶ権利があったはずだが、音沙汰も無く姿を消した。再び姿を現した先は、鬼頭昴が居る事務所。ドラマを見ていたファンは朗報と捉えたのだろう。
 朗報である……が、泉の心は晴れるどころか、靄がかかるばかりである。

「あの子…………」

 事務所にちゃんと話しているのかしら。
 膨れて来た不安を胸に、写真に視線を落とす。
 この写真は、鬼頭昴が主演した医者が主軸のドラマ。直哉の役は、中盤から登場したその医者の子どもだ。離婚して、離れて暮らしていた息子が病気になって、入院してきたという内容。よくある医者ものである。家庭を諦めた医者と、置いてきぼりにされた息子。
 この役を演じた二人は、再会した時に何を思っただろうか。



「参ったな」

「参りましたね」

 狭い給湯室を陣取って、大の大人が二人、スマホの画面を明るくしたまま、虚空に視線を投げる。片方は、豪華炎乱のマネージャーの花房勇。もう片方は、新人マネージャーの渡和成だ。
 二人とも表情を同じくしたまま、深い息を吐き出す。
 スマホ画面に写し出されているのは、呟き系SNSのTLだ。このSNSは世界規模で利用されているので、事務所の公式アカウントはもちろん、プライベートで利用しているスタッフも多い。花房と渡も個人用を所持している。完全プライベートなので、アカウント名もハンドルネームも呟く内容も、本名や事務所とはかけ離れている。が、使い方のせいなのか、それとも見ている内容とは別に色々流されてくるのか、アイドル関係の物がどんぶらこのどんぶらこ。その中に事務所関連が来ると、ひゅっと胃が冷えて背筋が寒くなり、その後頬に熱がたまる。
 良い内容なら見逃す。悪い内容なら、近い内に会議。
 今回のTLは、後者に該当した。

「まさか、直哉くんがばずるとは……」

 花房は、この日何度目かになるかわからない重たい息を吐き出す。指先で押さえる眉間には、深い谷が出来ていた。

「子役だったんですねえ、彼。ああ、でも確かに、小さい頃の面影ちょっとあるかなあ」

 渡も疲れた様子を見せながら、言葉をこぼす。
 直哉が表に居た時代は短い。面影はあるものの、彼と同世代かその下は、覚えているかどうか怪しいものだ。大人の方は、言われたらわかるかどうかのラインであろう。インターネット慣れした者達の捜査力に拍手を送りたい。

「まあでも、前歴が判明しただけだし、これ以上の大きな騒ぎにはならないのでは?」

 渡の祈りにも似た言葉に、花房は「甘い」と首を振った。

「これから、舞台の配役が発表されるだろう」

 荒れるぞ、今回よりもな。
 花房の言葉には、これまでの経験から基づく疲労と心配が滲み出ていた。
63/64ページ