first stage ワタリガラスの止まり木
#ヴァンド
うぅっと、丙が嘆いている間も、大と陣の動画は進んでいく。
実に楽しそうな様子と息の合った会話の展開が微笑ましい。
頬を緩ませ、笑い声を小さく漏らしていると、丙が大きく息を吐き出す気配がした。
お守りという現実と向き合う覚悟が出来たようだ。
丙も、改めて画面に居る大と陣に視線を向ける。
「しのの奴、随分懐いてるなあ」
【しの】とは、習野陣の愛称の一つだ。元々は【しのじん】と呼ばれることが多かったのだが、明るいキャラと本人による「呼びやすい名前で呼んでいいよ!」という呼び掛けから、愛称が無限に誕生し、最早幾つあるのかもわからない。動画の企画で、一番多く使われている愛称を調査したら面白そうだなと樹は思っているが、調査するスタッフが忙しくなりそうなのでまだ口には出していない。企画内容に困った時まで大事に取っておく作戦だ。
「大ちゃんもやり易そうだよ。二人とも、賑やかなことが大好きだからね」
「この分だと、番組のMCにも選ばれそうだな」
衛星放送で行っている練習生中心の番組が、そろそろ司会の代替わりを迎える。
今まではデビュー組が司会をしていたが、新鮮さと心機一転の意味を込めて、練習生の中から出す案が出ているのだ。その話は、秋の始め頃の撮影で鬼頭から聞かされていた。
もしも大が選ばれたら、この先の仕事も順調に決まってくるだろう。なんせ、地上波での仕事が既に舞い込んでいるのだから。
対する樹はというと、これといって目立った仕事はまだ来ていない。練習生の動画の中で発言する回数は増えてきたが、それだけだ。歌唱やダンス、演技のレッスンもしているにはしているが、手応えはない。
〝この業界で長くやっていくなら、なにか武器になるものを身につけておかねばならない〟とは、榊雅臣の言葉だ。以前見た雑誌で、そのように語っていた。喋りが上手いだけでも、仕事の入りが変わってくると。派手なやつじゃなくていい。何か、持ち味になるようなものを持っておくと、後々の自分が助かるのだと。
榊雅臣の場合は、豪華炎乱というグループを確立させる為に、扇子を取り入れたパフォーマンスに磨きをかけ、自身はアクションを多く取り入れたドラマへ積極的に出るようにした。相方の聖春高(ひじり はるたか)は、舞台の方で精力的に活動し、週末の朝に放送される情報番組でコメンテーターもしている。
その言葉を読んで以来、樹は自分の武器について考えるようになった。
樹の得意分野はなんだろうか。イラストを描くのは好きだけど、極めたいかと聞かれると微妙なところだ。運動面だと、体操クラブに入っていたおかげか、倒立や捻りを使った技はある程度できる。アクロバットを使用する事が多い朝田事務所でも、入った当初から出来る子は少ないと聞く。
ここを伸ばせば、何かのきっかけになるだろうか。体操クラブに入っていたのは小学校の時なので、今やれと言われて身体を直ぐに動かせない。来る時の為に備えておいて損はないが、練習場所の確保が壁となって立ちはだかった。
マットの一つや二つはあるだろうが、それを借りたいと鬼頭に申し入れるのが気恥ずかしい。確実に「急にどうした」という目で見られる。
樹は流されるまま、この場所へやって来た。この先どう進んで行くのかまだわかっていないのに、大の順調そうな様子を見ていると気が焦ってしまう。なんとも不思議な心だ。
頬杖をついて、悶々と考えていると、「そういえば」という丙の言葉が樹の耳を震わせた。
「はちの奴は、直哉に懐いてんだよな。なんでか知らんが」
【はち】は、八谷貢のことだ。樹も一度、二人で話した事がある。呆けた表情を浮かべ、のんびりとした語り口の男だが、子役をしていたということもあって、演技の方は難なくやってのけている。その辺は、直哉と一緒だ。
そう。直哉と一緒だ。直哉も、歌唱とダンスはそこそこだが、演技の方は手慣れた様子でレッスンを受けていた。
「そろそろ、春先にある舞台のキャストも内々には発表されるだろうし、はちの奴は良い役貰えるだろうな」
『君の仲間に、子役やってた子、いない?』
丙の言葉を危機ながらも、八谷との初めての会話を思い出して、ぞくりと背筋が粟立った。
思わず、首筋を手で押さえる。
樹の顔から色が消えたのだろう。丙が「どうした?」と覗き込んできた。
「なんだか……嫌な予感がする」
▶ ▶ ▶
〖今回の大ちゃんと陣くんの動画、大変楽しかったです!〗
〖大陣旅は見ていて安心感がある。欠点があるとしたら、突っ込み役不在なところ〗
〖大ちゃん一人じゃ、しのじんのボケ捌ききれてなくて大変そうだった、そこが良いんだけどね! 他の子たちもゲストで来て欲しいなー〗
〖ねえねえ。夏のライブ見て確信したんだけどさあ〗
〖あの黒い髪の男の子〗
〖〝小鬼くん〟にそっくりじゃない?〗
〖昴くんのドラマに出てた、子役の男の子〗
▶ ▶ ▶
うぅっと、丙が嘆いている間も、大と陣の動画は進んでいく。
実に楽しそうな様子と息の合った会話の展開が微笑ましい。
頬を緩ませ、笑い声を小さく漏らしていると、丙が大きく息を吐き出す気配がした。
お守りという現実と向き合う覚悟が出来たようだ。
丙も、改めて画面に居る大と陣に視線を向ける。
「しのの奴、随分懐いてるなあ」
【しの】とは、習野陣の愛称の一つだ。元々は【しのじん】と呼ばれることが多かったのだが、明るいキャラと本人による「呼びやすい名前で呼んでいいよ!」という呼び掛けから、愛称が無限に誕生し、最早幾つあるのかもわからない。動画の企画で、一番多く使われている愛称を調査したら面白そうだなと樹は思っているが、調査するスタッフが忙しくなりそうなのでまだ口には出していない。企画内容に困った時まで大事に取っておく作戦だ。
「大ちゃんもやり易そうだよ。二人とも、賑やかなことが大好きだからね」
「この分だと、番組のMCにも選ばれそうだな」
衛星放送で行っている練習生中心の番組が、そろそろ司会の代替わりを迎える。
今まではデビュー組が司会をしていたが、新鮮さと心機一転の意味を込めて、練習生の中から出す案が出ているのだ。その話は、秋の始め頃の撮影で鬼頭から聞かされていた。
もしも大が選ばれたら、この先の仕事も順調に決まってくるだろう。なんせ、地上波での仕事が既に舞い込んでいるのだから。
対する樹はというと、これといって目立った仕事はまだ来ていない。練習生の動画の中で発言する回数は増えてきたが、それだけだ。歌唱やダンス、演技のレッスンもしているにはしているが、手応えはない。
〝この業界で長くやっていくなら、なにか武器になるものを身につけておかねばならない〟とは、榊雅臣の言葉だ。以前見た雑誌で、そのように語っていた。喋りが上手いだけでも、仕事の入りが変わってくると。派手なやつじゃなくていい。何か、持ち味になるようなものを持っておくと、後々の自分が助かるのだと。
榊雅臣の場合は、豪華炎乱というグループを確立させる為に、扇子を取り入れたパフォーマンスに磨きをかけ、自身はアクションを多く取り入れたドラマへ積極的に出るようにした。相方の聖春高(ひじり はるたか)は、舞台の方で精力的に活動し、週末の朝に放送される情報番組でコメンテーターもしている。
その言葉を読んで以来、樹は自分の武器について考えるようになった。
樹の得意分野はなんだろうか。イラストを描くのは好きだけど、極めたいかと聞かれると微妙なところだ。運動面だと、体操クラブに入っていたおかげか、倒立や捻りを使った技はある程度できる。アクロバットを使用する事が多い朝田事務所でも、入った当初から出来る子は少ないと聞く。
ここを伸ばせば、何かのきっかけになるだろうか。体操クラブに入っていたのは小学校の時なので、今やれと言われて身体を直ぐに動かせない。来る時の為に備えておいて損はないが、練習場所の確保が壁となって立ちはだかった。
マットの一つや二つはあるだろうが、それを借りたいと鬼頭に申し入れるのが気恥ずかしい。確実に「急にどうした」という目で見られる。
樹は流されるまま、この場所へやって来た。この先どう進んで行くのかまだわかっていないのに、大の順調そうな様子を見ていると気が焦ってしまう。なんとも不思議な心だ。
頬杖をついて、悶々と考えていると、「そういえば」という丙の言葉が樹の耳を震わせた。
「はちの奴は、直哉に懐いてんだよな。なんでか知らんが」
【はち】は、八谷貢のことだ。樹も一度、二人で話した事がある。呆けた表情を浮かべ、のんびりとした語り口の男だが、子役をしていたということもあって、演技の方は難なくやってのけている。その辺は、直哉と一緒だ。
そう。直哉と一緒だ。直哉も、歌唱とダンスはそこそこだが、演技の方は手慣れた様子でレッスンを受けていた。
「そろそろ、春先にある舞台のキャストも内々には発表されるだろうし、はちの奴は良い役貰えるだろうな」
『君の仲間に、子役やってた子、いない?』
丙の言葉を危機ながらも、八谷との初めての会話を思い出して、ぞくりと背筋が粟立った。
思わず、首筋を手で押さえる。
樹の顔から色が消えたのだろう。丙が「どうした?」と覗き込んできた。
「なんだか……嫌な予感がする」
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〖今回の大ちゃんと陣くんの動画、大変楽しかったです!〗
〖大陣旅は見ていて安心感がある。欠点があるとしたら、突っ込み役不在なところ〗
〖大ちゃん一人じゃ、しのじんのボケ捌ききれてなくて大変そうだった、そこが良いんだけどね! 他の子たちもゲストで来て欲しいなー〗
〖ねえねえ。夏のライブ見て確信したんだけどさあ〗
〖あの黒い髪の男の子〗
〖〝小鬼くん〟にそっくりじゃない?〗
〖昴くんのドラマに出てた、子役の男の子〗
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