first stage ワタリガラスの止まり木
#ヴァンド
現れた男の、眉と眉の間にあるしわが深くなり、眉尻もつり上がる。
今にも舌打ちをしそうな気配だ。苛立っているのがよくわかる。
彼の側にある空気がぴりぴりとしていて、部外者であれば何も見なかったことにして今すぐ逃げたい。そんな空気が漂っている。
泉は、テレビでもライブでも、ましてやばったり偶然お店や道端でばったり会った時にも見たことがない推しの様子に、生唾を呑み込んだ。
確かに超困っていたが、こんなに恐ろしげな形相の助っ人を所望した覚えはない。
心なしか、樹と大が一歩後退している気がする。おそらく、大人のいざこざを前にして、我関せずの態度を取っているのだろう。一方で、あらゆる場所に首を突っ込むのが好きな直哉は、楽しそうな雰囲気を纏わせていた。お目目がわくわくと輝いている。
鬼頭昴の鋭い視線が、女四人の顔を一つ一つ確かめていく。
困った表情をしている、泉。
驚いた表情を見せてる、夕陽。
困惑した表情を見せる、舞。
そして、苦々しげに唇を噛み締める、朝田繭。
繭の表情を最後に入れたところで、鬼頭の口が開かれた。
「こんな所で…………何をしているんだ、繭」
声音の中に【大人しく家に籠っていろ】という気持ちが見えている。
隠しもしない様子なので、この場にいる全員が感じ取っていた。
樹と大がさらに一歩後退し、泉の背後に隠れるのを気配で悟った。夕陽の視線が気まずそうに鬼頭と繭の間で揺れる。直哉は一度泉の方を見た後で、舞の方に視線を飛ばしていた。
すんとした表情から出る少年の視線は、じっと舞を捉えている。
鬼頭から逃げるように、気まずそうに身を捩った舞の顔が直哉の方へ向き、慌てた様子で顔を逸らした。
今の舞の表情は、悪戯を見つけられてしまった時の表情に似ている。
同僚の様子に首を捻っている間に、繭が言い逃れは出来ないと思ったのだろう。諦めた様子で肩をすくめた。
「あーあー。面倒なやつに見つかっちゃった」
「おい」
一段と、鬼頭の視線が怖いものに変わる。
「ひえっ」と、場の誰かが喉を鳴らした。
「そんな鬼みたいな表情しないでよ。喰おうとなんかしてないんだし。こっちはただ……」
優雅な動作で、繭が舞に視線を流す。
ステージに立っているのかと思ってしまうような、無駄な動作が一つもない艶やかで麗しい動きだ。
赤い紅がのせられた唇の端をつり上げ、女優の顔に美しい三日月を作り出す。
「この娘に借りた物を返しに来ただけよ」
パチンと、肩から提げてたハンドバッグのボタンを外し、一枚の写真を取り出す。
一瞬だけ、僅かに見えた写真の中身を認めて、泉は目を見開いた。
あれは、社員証で使っている泉の写真ではないか。
なぜ、部外者の繭が持っているのだろう。あの写真のデータは、総務部で使っているカメラのメモリーカードにあるはず。現像するには、総務部の部長の引き出しから備品庫の鍵を取り出して、カメラに入っているカードを抜き取る必要がある。パソコンに取り入れたデータは、使い終わってから消去するように指導されているのだ。
繭は笑みを見せたまま、写真を舞へ差し出した。
「あなたのおかげで、良いプレゼントが出来たわ。どうもありがとう」
「プレゼント…………?」
泉と夕陽が同時に訝しげる。
舞はぽつりと出た問いに答える事なく、写真を引ったくるように取ろうとした。が、伸ばした指は写真を掠めるだけに終わり、直哉に横取りされた。
投げられたボールを取ってこいした忠犬の如く、写真片手に鬼頭へ駆け寄り写真を見せる。
鬼頭は鬼頭で、自分のスマートフォンを取り出し、直哉が手に入れた写真とスマートフォンの画面を見比べ、うんと一つ頷いた。
「間違いない。届いたのと一緒だな」
「どうするパパー。処するー? お返しで釘刺しとくー?」
「パパ言うな」
男二人の間で、ほんわかとした雰囲気に似合わない物騒な言葉が交わされる。
鬼頭は直哉の後頭部を軽く叩いてから、仲間の方へ戻るよう促し、自分は問題の女二人と相対した。
「こんな手の込んだ事をしたのだから、それなりの意味があるんだろうな」
鬼頭からぎりぎりと睨まれているにも関わらず、繭の様子は変わらず堂々としている。
「特に意味なんてないわよー。私はただ背中を押してやっただけだしー」
「ねえ」と、未だ頑なに口を開かない舞へ言葉を投げる。
舞は、あやふやな表情をしている。何かを伝えたい、けれど伝えるべきかどうか葛藤している表情だ。
泉が、事の経緯を知ろうとやり取りを見守っていると、夕陽がこそりと泉に耳打ちした。
「プレゼントって、なんの事ですかね?」
小声ではあったが樹と大には聞こえたらしく、泉の代わりに樹が答えた。
「鬼頭さんの誕生日に、姉ちゃんの写真が届いたんだよ」
「それも、藁人形と一緒に釘刺された状態でな」
「えぇえ⁉」
泉の写真が、呪いの藁人形と一緒に届いた。
鬼頭は、藁人形を送ったのは朝田繭であると直ぐに特定できたのだが、写真を用意した人物が居ることに気づいて、どこにでも首を突っ込む直哉を使って水面下で探りを入れていたのだ。
樹からその事を簡潔に説明され、泉と夕陽は顔を見合わせる。
「先輩……呪われるような事したんですか……?」
「してないって!」
「したわよ!」
泉の言葉を退けるようにして、舞の口から強い言葉が出た。
現れた男の、眉と眉の間にあるしわが深くなり、眉尻もつり上がる。
今にも舌打ちをしそうな気配だ。苛立っているのがよくわかる。
彼の側にある空気がぴりぴりとしていて、部外者であれば何も見なかったことにして今すぐ逃げたい。そんな空気が漂っている。
泉は、テレビでもライブでも、ましてやばったり偶然お店や道端でばったり会った時にも見たことがない推しの様子に、生唾を呑み込んだ。
確かに超困っていたが、こんなに恐ろしげな形相の助っ人を所望した覚えはない。
心なしか、樹と大が一歩後退している気がする。おそらく、大人のいざこざを前にして、我関せずの態度を取っているのだろう。一方で、あらゆる場所に首を突っ込むのが好きな直哉は、楽しそうな雰囲気を纏わせていた。お目目がわくわくと輝いている。
鬼頭昴の鋭い視線が、女四人の顔を一つ一つ確かめていく。
困った表情をしている、泉。
驚いた表情を見せてる、夕陽。
困惑した表情を見せる、舞。
そして、苦々しげに唇を噛み締める、朝田繭。
繭の表情を最後に入れたところで、鬼頭の口が開かれた。
「こんな所で…………何をしているんだ、繭」
声音の中に【大人しく家に籠っていろ】という気持ちが見えている。
隠しもしない様子なので、この場にいる全員が感じ取っていた。
樹と大がさらに一歩後退し、泉の背後に隠れるのを気配で悟った。夕陽の視線が気まずそうに鬼頭と繭の間で揺れる。直哉は一度泉の方を見た後で、舞の方に視線を飛ばしていた。
すんとした表情から出る少年の視線は、じっと舞を捉えている。
鬼頭から逃げるように、気まずそうに身を捩った舞の顔が直哉の方へ向き、慌てた様子で顔を逸らした。
今の舞の表情は、悪戯を見つけられてしまった時の表情に似ている。
同僚の様子に首を捻っている間に、繭が言い逃れは出来ないと思ったのだろう。諦めた様子で肩をすくめた。
「あーあー。面倒なやつに見つかっちゃった」
「おい」
一段と、鬼頭の視線が怖いものに変わる。
「ひえっ」と、場の誰かが喉を鳴らした。
「そんな鬼みたいな表情しないでよ。喰おうとなんかしてないんだし。こっちはただ……」
優雅な動作で、繭が舞に視線を流す。
ステージに立っているのかと思ってしまうような、無駄な動作が一つもない艶やかで麗しい動きだ。
赤い紅がのせられた唇の端をつり上げ、女優の顔に美しい三日月を作り出す。
「この娘に借りた物を返しに来ただけよ」
パチンと、肩から提げてたハンドバッグのボタンを外し、一枚の写真を取り出す。
一瞬だけ、僅かに見えた写真の中身を認めて、泉は目を見開いた。
あれは、社員証で使っている泉の写真ではないか。
なぜ、部外者の繭が持っているのだろう。あの写真のデータは、総務部で使っているカメラのメモリーカードにあるはず。現像するには、総務部の部長の引き出しから備品庫の鍵を取り出して、カメラに入っているカードを抜き取る必要がある。パソコンに取り入れたデータは、使い終わってから消去するように指導されているのだ。
繭は笑みを見せたまま、写真を舞へ差し出した。
「あなたのおかげで、良いプレゼントが出来たわ。どうもありがとう」
「プレゼント…………?」
泉と夕陽が同時に訝しげる。
舞はぽつりと出た問いに答える事なく、写真を引ったくるように取ろうとした。が、伸ばした指は写真を掠めるだけに終わり、直哉に横取りされた。
投げられたボールを取ってこいした忠犬の如く、写真片手に鬼頭へ駆け寄り写真を見せる。
鬼頭は鬼頭で、自分のスマートフォンを取り出し、直哉が手に入れた写真とスマートフォンの画面を見比べ、うんと一つ頷いた。
「間違いない。届いたのと一緒だな」
「どうするパパー。処するー? お返しで釘刺しとくー?」
「パパ言うな」
男二人の間で、ほんわかとした雰囲気に似合わない物騒な言葉が交わされる。
鬼頭は直哉の後頭部を軽く叩いてから、仲間の方へ戻るよう促し、自分は問題の女二人と相対した。
「こんな手の込んだ事をしたのだから、それなりの意味があるんだろうな」
鬼頭からぎりぎりと睨まれているにも関わらず、繭の様子は変わらず堂々としている。
「特に意味なんてないわよー。私はただ背中を押してやっただけだしー」
「ねえ」と、未だ頑なに口を開かない舞へ言葉を投げる。
舞は、あやふやな表情をしている。何かを伝えたい、けれど伝えるべきかどうか葛藤している表情だ。
泉が、事の経緯を知ろうとやり取りを見守っていると、夕陽がこそりと泉に耳打ちした。
「プレゼントって、なんの事ですかね?」
小声ではあったが樹と大には聞こえたらしく、泉の代わりに樹が答えた。
「鬼頭さんの誕生日に、姉ちゃんの写真が届いたんだよ」
「それも、藁人形と一緒に釘刺された状態でな」
「えぇえ⁉」
泉の写真が、呪いの藁人形と一緒に届いた。
鬼頭は、藁人形を送ったのは朝田繭であると直ぐに特定できたのだが、写真を用意した人物が居ることに気づいて、どこにでも首を突っ込む直哉を使って水面下で探りを入れていたのだ。
樹からその事を簡潔に説明され、泉と夕陽は顔を見合わせる。
「先輩……呪われるような事したんですか……?」
「してないって!」
「したわよ!」
泉の言葉を退けるようにして、舞の口から強い言葉が出た。