学園の沙汰は委員(おに)次第


「仕事……?」

 頭の上に疑問符が浮かぶ。
 首を傾げるばかりの剛に、高貴は大袈裟に息を吐き出してから付け加えた。

「この店経営してるの、俺の母さんだから。店のやりくりで忙しい母さんの代わりに、俺が店に来て仕事してるのよ」

「えっ! お母さんキャバ、え? でも、あなた確か」

 剛が狼狽えてる間に、先程の男性が飲み物とお菓子を運び、テーブルの上に置く。
 高貴の右隣に座るホステスのみる子が、名刺を渡した後にグラスにジュースを注ぐ。

「と言うわけなんで、今日は俺のおごりだ! がんがん飲もう!」

 グラスを天に掲げて、乾杯の音頭を取る。
 キャバクラのお嬢達が悲鳴に近い歓声を上げ、放課後の小さな宴会は幕を開いた。
 わいわいと騒ぐ彼らを見て、剛は大きなため息を吐く。
 兎にも角にも、今は執行委員会の一人として、宴会には参加せず、彼のブレーキ役に回らなければ。

「レンさん、あなたも執行委員会に入りたいのなら、ふざけすぎないように……」

「何か言った?」

 みる子によって、運ばれてきた炭酸水をグラスに注いで貰いながら、レンが言う。
 そして、乾杯とみる子のグラスと自分のグラスを合わせた。
 名刺も貰い、髪の色も褒めてもらってすっかりご満悦の様子である。
 高貴は高貴で、店長だか副店長だかと思われる男性と書類をみながら発注作業の指示を出している。

「ダメだこりゃあ」

「ほらほら、坊主の坊ちゃんもお飲みなさいな」

「そうそう。こういう時くらい、羽目を外さないとダメよ。執行委員さん」

 右から左から、炭酸水やらお茶やらお菓子やらを勧められる。
 女性達の顔が異様に近く、剛は顔を真っ赤にした。
 この世に生を受けて十七年。女性からこんなに迫られた事は一度もない。ついでに言うなら、彼女が出来た事もない。
 体を寄せているせいか、彼女達の香水の匂いが鼻を突く。慣れない匂いに頭がクラクラとして来たが、自分は執行委員会だと言い聞かせ、意識を保った。

「いいえ! 僕は執行委員として、女性といかがわしい真似をするのは…………!」

「あらあら、お喋りする事はいかがわしい行為じゃないわよ」

「照れちゃって可愛いわね」

「か、かわ!?」

 女性から、可愛いと言われた事も一度もない。
 次第に女性達のペースに呑まれ、頑なに拒んでいた剛も遂に堕ちた。
 仕事を終えた高貴やレンと共に、女性達とトランプをやったり、王様ゲームをやって女性達に恥ずかしいことをさせたり。
 恥ずかしいことと言っても、変顔や恥ずかしい過去を暴露させたりなどだ。キスを強要したり、服を無理に脱がせたり等は断じてしていない。
 王様ゲームのお題が尽きて、恥ずかしい過去の暴露大会から、次第に愚痴大会へと変わって行った。
 女性達が話すものは、主に迷惑な客がした行為の数々であった。中には目を剥くような迷惑行為もあり、高貴が店長やら副店長やらに客の情報を与えて、出禁の命令を次々と出していく。
 女性たちの愚痴が終われば、次はこちらの番。
 剛は学校で起きた事件について滔々とお嬢たちに聞かせたが、いまいちな反応で肩を落とす。
 次に、レンが停学処分と経緯について話したら、いささか盛り上がってちょっとだけ嫉妬した。
 お嬢たちは覗きの被害にあった事があるらしく、覗いた奴をこてんぱんにしてやったとか、校長室にぶん投げたとか、果ては閻魔殿に犯人を連れて行って、閻魔大王に直接裁判をさせて地獄に落としたとか。
 冥府で生きる女性の行動力、侮れない。
 剛が頬をひきつらせているうちに、高貴の愚痴が始まっていた。

「それでな、うちの伊織ちゃんったら酷いのよ。俺達三途の川の孤児院で暮らしてるんだけどさ、ちょっと決められた門限守らなかっただけで、ハエ叩きでケツガンガン叩いて来るんだぜ」

「叩かれた部分が痛くて痛くて、椅子に座れねーんだよ」と、高貴は続ける。
 みる子を中心とした女性達が「やだー」とか「ひどーい」とか反応する中で、レンだけが真面目な顔をして口を開いた。

「羨ましいです、高貴さん。俺も伊織様に殴られたい!」

「みんなー、レン君が殴られたいって。殴ってあげてー」

「了解です!」

「了解です!」

 レンの傍らに居た女性、椿と百合姫が、テーブルの下から金棒を取り出す。
 この金棒は、悪い客が来た時に使用する物だと、女性たちの話の中で紹介されていた。
 地獄で働く獄卒も使っているという金棒。店の経営者でもある高貴の母親が、彼女たちが自分で自分の身を守れるようにと、各テーブルの下に置いてあるという。
 念入りにメンテナンスされた金棒の刺を前にして、レンは飲んでいた炭酸水を口から零す。顔からは冷や汗が噴き出していた。

「え? 何この状況。その物騒なやつ、やばくね? しまわね? 戻さね?」

「お客様、お望み通り」

「ボコボコにしてあげますわ」

 椿と百合姫が続けて言う。
 嫌がるレンを無理矢理通路へと連れ出し、手に持つ獲物を振り上げた。
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