学園の沙汰は委員(おに)次第
高貴に連れられてやって来たのは、歌舞鬼町の大通り『歌舞鬼商店街』だ。
冥府の、特に地獄に近い場所にある商店街で、獄卒の住まいがある住宅地からも近い。買い物客は獄卒やその家族大半を占めている。
現世にある歌舞伎町を真似て作られたそうだが、飲み屋は少ない。かわりに、八百屋、魚屋、電気屋、駄菓子屋……日常で使う品はこの場所で大体手に入る、至って普通の商店街だ。
が、飲み屋の通りが無い訳ではない。
商店街にある細い路地を抜けると、歌舞鬼町の顔が姿を現す。
大通りが一般向けなら、この路地は荒くれ者向け。
冥府から現世から集った鬼が、日夜抗争を繰り広げている町。
道端にしゃがみ込み、酒やタバコを嗜む連中がいるかと思えば、路地裏で派手な喧嘩を繰り広げる。ゴミ置き場には、ゴミの日でも無いのにゴミが溜まっており、喧嘩に負けて捨てられた鬼が頭からゴミの山に突っ込まれていた。
そんな彼らが蔓延る町は、夕暮れ時になると店が掲げる提灯の明かりに包まれる。
店先では店員が客引きをし、仕事終わりの獄卒がどこの店に入るかと、看板に貼られたホストとホステスの写真を眺めている。
はっきり言って、学生の来て良い場所ではない。
それに構わず、高貴はずんずんと商店街の奥へ進んで行く。
そして、ある店に行き着いた。
看板には『鬼っ娘倶楽部』と書かれてあり、幾つもの女性の写真が店先に飾られている。
その下に『本日、ネコ耳メイドDAY』と手書きで書かれた紙も貼られていた。
レンは初めて見る本物の大人の飲み屋に、ぽかんと口を開けている。
呆然としていた剛も、止まっていた思考を揺すり動かして、平然としている高貴に口を開いた。
「高貴さん……此処は……?」
「見ての通り、店(キャバクラ)だよ」
高貴の返答に、剛は目を剥いた。
「ちょっ!? ちょっと待ってください高貴さん! キャバクラはまずいでしょう! 飲み屋ですよ! 僕たち高校生! そもそも、校則で飲み屋の出入りは禁止されてるでしょうが!」
「へーきへーき」
剛の制止を無視して、高貴は扉を開ける。
本当に、この店に高校生が入っていいのだろうかと、落ち着きなく赤い絨毯の廊下を歩む。
突き当たりにある扉の前で、猫耳とメイド服を身に付けた女性達が三人を出迎えた。
「高貴お坊っちゃん、いらっしゃーい!」
「お待ちしてましたー!」
本当のキャバクラだ……!
本当に、メイド服着てる……!
目前に広がる現実に、連れて来られた二人は雷に打たれたような衝撃に襲われた。
ここへ連れてきた当の本人は、慣れているかと思いきや鼻の下を伸ばして、でれでれと気持ち悪い笑みを見せている。
「(そもそも、坊っちゃんって……。そんな風に言われるまで来ているのか、この男は……)」
出迎えてくれた女性たちにエスコートされ、扉を潜る同級生に呆れを混ぜた視線を送る。
剛とレンも女性達に囲まれながら、その後に続いた。
店のホールは、やはりというかなんというか、どこを切り取ってみてもキャバクラであった。仕切りで区切られた客席が幾つものあり、仕事帰りの大人達がネコ耳メイドを傍らに置いて、酒と肴を片手にお喋りに興じている。
お酒追加の注文が飛び交い、通路は男性の配膳係が忙しそうに行き交っていた。
ホールの中央付近にある客席に、三人は案内される。
通路の正面のソファーに高貴が座り、その右手にレン、左手に剛が座る。
それぞれの両脇には女性達が入り、三人を囲んだ。
「高貴さん、本日もよろしくお願いします」
一際きっちりとした身なりの男性が、彼に書類の挟まったクリップボードを渡す。
それを受け取りながら、高貴は笑顔で「了解」と答えた。
「炭酸とお菓子よろしくー」
「かしこまりました」
高貴に頼まれた物を持って来る為、男性が席を去る。
それを見届け、剛は高貴に詰め寄った。
「高貴さん……あなた一体……?」
「何しにきたかって? 仕事だよ、仕事」