学園の沙汰は委員(おに)次第
彼も執行委員会の委員なのだが、委員と呼ぶにはあまりにも授業態度も生活態度も悪い。
そう。執行委員会だ。冥府と現世の境に建てられた、獄卒や死神見習いが通う学校の風紀を守り、乱すものには処罰を与える。いうなれば、校内専門の獄卒。
校内の生徒は、親が獄卒をしている鬼の子供が半数以上をしめている。他は、有名な歴史上の人物があの世で作った子供とか、有名な妖怪とか、色々だ。
鬼は気性が荒い者が多い。それゆえなのか、学校という場所のせいなのか、粗暴の悪い生徒が多く抗争も絶えない。壁に穴が空く度に、大きなため息が出てしまう。
そんな荒くれ者たちを処罰しているのが、委員長の伊織だった。
「人間の子供なのに……。大変だなあ。伊織さん」
伊織は鬼ではなく、人間の子供だ。それも亡者ではなく、生者である。
親を鬼に食べられ、家も失ってしまい行き場を失ってしまった伊織を、閻魔大王の孫が現世で引き取ってきて冥府(ここ)で生活させているのだ。
閻魔の孫も生前は陰陽師をしていたし、伊織の名字が有名なあの陰陽師と同じなので、子孫とかそうじゃないとか、閻魔の補佐官になるとかならないとか、色々な噂がまことしやかに流れている。
色々と苦労をしている……かもしれない伊織を支えるのが、執行委員会の委員の仕事だ。
なのに……高貴は寝てばかりである。
こんな調子で大丈夫なのかと、剛が頭を抱えていると、巡回を終えた伊織が情報準備室へ戻ってきた。
「お帰りなさい、伊織さん」
「うん。報告書は終わったか? 剛」
「はい。言われた通りに」
剛は自分の椅子に戻り、報告書を見せる。
それを確認した彼女は、満足げな笑みを浮かべ、労いの意味を込めてポンと彼の肩を叩いた。
「良く出来ている。この調子で頼むぞ、剛。王太子様も、執行委員の仕事に期待しているからな」
「はい!」
「もう一度、校内の様子を確認してから私は帰る。君と高貴は先に下校してくれ良い。……高貴は?」
高貴が口を挟んで来ない事に、伊織は首を傾げる。
剛が言い淀んでいるうちに、豪快ないびきが準備室の空気を震わせた。
やれやれと、剛は頭を横に振る。
一方、委員長の伊織はこめかみに青筋を浮かべ、ソファーで寝ている男にゆっくりと視線を向けた。
同じクラスなので、日中の授業態度も見ていたのだろう。伊織のこの様子では一日中寝てたのか、彼は。
ああ、これはきっと、雷が一発落とされるな。
そそくさと彼女から離れ、部屋の隅っこへ移動する。
雷が落ちたのはその直後だった。
「二人とも気をつけて帰れよ」
「伊織さんも気を付けて」
「いってらっしゃい」と剛は伊織を送り出し、一つ息を吐き出してから自分の席へ戻る。
脇にあった椅子に置いてある鞄を長机に移動させていると、痛みをやり過ごそうとする情けない声が耳に響いた。
「強くひっぱたきすぎだろう、あの女」
鼓膜が破れたらどうするんだと、平手打ちされた頬を押さえている。
先程まで寝ていた赤毛の男が、目に涙を浮かべてぼやいた。
「委員会の仕事をしないで、寝てばかりいるからですよ」
「ちょっと休んでただけだろうが」
高貴はソファーから適当なパイプ椅子に移動し、机に足を乗せて雑誌を読み始めた。
「高貴さんは、巡回に行かないんですか?」
「そんな頻繁に行かなくても大丈夫だぁよー。それに、俺は自由な鬼だしな。規律に厳しい獄卒になんかなる予定ねー」
理由有りで、執行委員やってるだけだ。
「その理由とは、『逆らうとそれはそれは恐ろしい罰を与える閻魔大王の孫が怖いから』ってやつですか?」
「ちげーわ。でも、恐ろしいのは事実だわ」
なんせ未来の閻魔大王だからな。
「この話、王太子には内緒な」と付け足して、高貴は一人雑誌に浸ろうとする。
その雑誌は未成年は読んではいけない、十八禁マークがついているものだ。
「(この男は……!)」
一気に力が抜けて、机に突っ伏してしまいそうになる。
仮にも一応執行委員会の委員が読んでいいものではない。
伊織が見つけたら即没収して、ついでに鳩尾に一発拳を入れる案件だ。
剛がどうしたものかと頭を抱えていると、高貴がおもむろに口を開いた。
「剛よーー」
「……何ですか? 新刊は買ってきませんよ」
「いや、それもだけど……。ベランダから、ずっとこっちを見ている男は誰だ?」
高貴に言われ、剛はベランダに視線を向ける。
窓に張り付いて、じっとこっちを見る葉月レンがそこに居た。
「……どちら様ですか?」