学園の沙汰は委員(おに)次第
「鬼なら、鬼らしく」
「鬼の能力(ちから)使おうや」
そう言いながら、二人は変装を解く。
現れたのは、二人の鬼。芦屋高貴と葉月レンだ。
「高貴!? 葉月レン!?」
驚く間もなく、伊織の身体が浮き上がる。
強い力が伊織の腰に纏いつき、空中で肩に担がれる体勢となった。
続いて、頼もしい声が直ぐそこから耳に届く。
「助けに来ましたよ! 伊織さん!」
「剛!?」
「レンさんの術で、上手く不良達の中に紛れ込んだんです! あの男、ただの変態じゃなくて良かった!」
普段、書類仕事ばかり押し付けられてる剛が、珍しく前線で戦う男の表情をして言う。
レンの透過術を使い、三人は姿を消した姿で不良達に接近したそうだ。
高貴とレンが後ろの方で砲台を持って控える不良を見つけ、本人たち曰くさり気なく気絶させた後、服を借りて不良に成りすます。気付かれるかと思ったが、鬼神は不良の顔を全て把握していなかったらしい。カツラを被り、顔を俯いていれば全く気付かれなかった。
剛は伊織を連れて不良たちの中から脱出し、縄を解く。
自由になった腕を伊織は確かめるように動かして、鬼神と対峙する二人に言葉を投げた。
「無茶はするなよ!」
「ごちゃごちゃうるせーよ、桃娘。復讐だか、逆恨みだか、失恋だかしらねーけど、規則破りにはお仕置きだ」
「俺も来てますよ! 桃娘さん! 見てますか!?」
「お前は停学中だろうが! そもそも、何で学校来てんだ!?」
「猛ちゃんに呼び出されたからっすよー!」
己の持つ武器(ブラシの柄)を片手に、二人はズカズカと敵陣へと向かって駆けて行く。鬼神の持つ金棒に比べたらただの棒切れにすぎないが、悪党を倒すには十分だ。
怒声と罵声が混じり、地を駆ける彼らの音が、地鳴りのように辺りに響く。
普通の人間なら逃げ出すような光景の中、高貴の表情は愉しげなものだった。
思い起こせば不良を相手にする本気の喧嘩は、高校に入ってからは初めてなのだ。
否。これは喧嘩ではなく戦か。鬼と鬼の、意地と意地をぶつける戦。
仮面を被る鬼は、伊織と高貴の日常を奪い取る為に金棒を振るう。
対する真っ赤な鬼は鬼を退治する為に、棒切れを振るう。
彼のその姿は勇ましく、逞しく、眩しい。
「鬼神……」
ぽつりと、伊織の唇から言葉がこぼれる。
敵陣の中で踊るように動く赤い鬼。多くの敵に囲まれても威風堂々とした様はまさしく神のよう。
恨みの固まりと呼ばれる鬼の中でも、高貴が纏う空気は特別異質だ。
どろどろとしたものではなく、さらさらとしたつかみどころのない水。どこまでも透き通ったそれは、時に姿を変えて牙を剥く。
敵陣の中で踊る高貴が、伊織に笑顔を向けた。
誘っているようだった。一緒に踊ろうと言われているみたいで、伊織の中に広がっていた恐怖が薄れていく。
冥府に来た頃に似ている。思えば伊織がこの世界に溶け込めるようになったのも、高貴の悪ふざけがきっかけだった。
高貴はなんだかんだで、優しい男だ。知らない間に、伊織を助けてくれている。
鬼は恨みの固まり、恨んでこそ鬼。
この学校に通い、委員会に入っている限り、きっと似たような事件が起こるだろう。獄卒になって相手をする亡者にも、往生際の悪いやつはきっといる。それを粉砕するのも獄卒の役目。執行委員会は、その練習場所だ。抗う奴は、容赦なく叩き潰す。
私も行きたい、その場所に。これからも一緒に。悪行をする者たちに刑を執行していくのだ。
逆恨みたければ恨めば良い。その分、倍にして叩き潰す。
傍らにいた剛が、伊織に自分の木刀を手渡す。
「行きましょうか」
「ああ。二人に続こう!」