学園の沙汰は委員(おに)次第
両の腕を後ろ手に回された状態で、伊織は地面に膝をつけていた。
長時間同じ体勢でいたせいか、膝に体重が乗ってひりひりと痛みだす。
無数の不良達に囲まれ、校内で好き勝手されて、伊織は悔しさで顔を歪ませて唇を噛んだ。
自分は執行委員だ。学校の風紀を守るため、真面目に学校生活を送っている生徒達を守るために、日々活動して来た。
なのに今は出来ない。守るべき学校が襲撃を受けているのに、守れないのが非常に悔しい。
見てるだけしか出来ないなら、いっそ鬼神に土下座して、どんな屈辱でも受けるから止めるようにと頼み込むか。
でもそれは、獄卒が亡者に頭を下げるようなもの。獄卒の見習いとしては、それは出来ない。
隣に立つ鬼神を、伊織は睨み上げた。
窓ガラスが割られ、埃と煙に包まれた校舎から伊織へと鬼神の視線が下りる。
「さてと、あの男は出て来ますかな? ねえ、伊織さん」
「こんな事をしたって、高貴は出てこない。だから、学校や生徒に手を出すのはやめ……っ!」
言葉の途中で首を掴まれ、持ち上げられる。
首が絞められ、息が上手く出来ない。
肺に溜まった空気が吐き出せず、胸に空気が溜まる。
唇から零れた僅かな吐息が、ひゅうひゅうと音を立てた。
「こちらは、売られた喧嘩を買っただけですよ。全てはそう、あいつが悪い」
腕を振り、伊織を地面に放り投げた。
右脇から落ちた伊織は、右腕と右足を擦りながら砂埃を上げて地面を滑り、やがて止まる。擦れた肌から血が滲み、地味な痛みが彼女を襲った。
ーー私はこんなに弱かったのか。
獄卒になる為、行き場のない伊織を救ってくれた王太子への恩の為に、体術を身に付け、いつでも王太子の手足となれるよう努力してきた。ゆくゆくは閻魔になった王太子の犬になるだろうとか言われているけど、あながち間違いではない。なのに、この様はなんだ。
腕に巻き付く縄を解こうとするも、歩み寄ってきた鬼神に腹を踏みつけられた。
「手荒な事してすみませんねえ、伊織さん。つい、カッとなっちゃって。嫌いな男の名前が出ると、いつもこうなんですよぉ」
ぐりぐりと腹を押され、伊織が苦痛で喘いだ。
「あぁ……!」
「わかりますか、伊織さん。心をぎたぎたに刻まれた男の気持ちが。聞こえますか。惨めな思いで夜道を帰る男の叫びが……!」
◇ ◇ ◇
昔々、一人の中学三年生が夏に恋をした。
喧嘩ばかりしている不良で恋など無縁だと思っていた彼に、過ぎた春が訪れたのだ。
相手は自分と同じ年の女の子。明るく元気な子で、周りからも慕われるどこにでもいる女の子。冥府と現世のはざまで生きながらも、その女の子は純粋な人間で生者で、未来の獄卒であった。
真っ当に生きる彼女を彼は想い、告白をした。
返事は、ノーだった。
それでも彼は、諦めなかった。
毎日のように挨拶をした。
彼女の前では、嫌いな勉強とも向き合った。
彼女に近付く男たちを排除し、登下校中も彼女の後を尾行しながら、男たちが来ないか見張りをした。
世間で言う、ストーカーと言う者だ。
男達を排除する中、ただ一人消しても消しても消えない男が居た。
女の子と同じ孤児院に住み、彼女の下僕を名乗る赤い髪の男子生徒。
彼は、何度でも男子生徒を消しに行った。
時には自分が束ねる不良グループを使い、時には自ら進んで奴に攻撃する。野犬に襲わせた事もある。知り合いのオネェ様に、男を落とすよう頼み込む事もあった。
が、皆ことごとく失敗に終わった。
それから時は経ち、冬。
彼のげた箱に、一枚の封筒が入っていた。