学園の沙汰は委員(おに)次第
◆ ◆ ◆
不良の溜まり場として有名な校舎裏の辺りを、伊織は剛と見て回っていた。
珍しく不良達の姿が見当たらない。授業にでも出ているのか、それともサボりか。どちらにしても、他の生徒の迷惑になっていなければそれで良い。
校舎をぐるりと一周したところで、伊織は肩の力を抜いた。
「大丈夫そうだな」
「はい。……それにしても、驚きました」
「何をだ?」
「高貴さんから聞きました。伊織さんとは、十二年も一緒に孤児院で暮らしていると。長い付き合いですね」
唐突な話の切り出しに「なんの事か」と首を傾げていた伊織だが、「ああ、その事か」と、納得のいった表情を見せて口を開いた。
「そうだな。私がこっちの世界に引っ越ししてからずっと一緒だ」
二人が出会ったのは、十二年前の春。五歳の時だ。
両親を鬼に食べられ、頼れる親戚も無く、閻魔大王の孫に引き取られ、三途の川のほとりにある孤児院で暮らす事になった幼い少女。
生者のいない見知らぬ町、見知らぬ場所。知り合いと呼べる知り合いも友達も居ない。妖怪や鬼の血を継ぐ者達しかいない孤児院に、人間の子どもが一人。院長以外の先生も子供達もどこかよそよそしく、距離を置いていた。そんな生活が続いたある日の事。
『先生ー、今日のパンツ何色ー?』
赤い髪の男の子が、そう言いながら台所に立っていた先生のスカートを捲る。
その様子を、伊織は偶々廊下から見ていた。
先生は男の子を怒りながら、スカートを戻して、逃げ回る男の子を追う。
男の子は気にせず、台所に居た女の子達のスカートを捲る。
台所から廊下に出た男の子は、伊織のスカートも当然のように捲った。
『あ、かぼちゃパン……ッボヘァ!』
男の子が言ってる途中で、伊織はビンタを食らわした。
後の伊織はこう語った。
あのビンタは、完全に無意識だったと。
男の子は放物線を綺麗に描いて宙を飛び、廊下の壁に頭を激しくぶつけ、床に沈む。
倒れた男の子の胸ぐらを掴み、じっと相手の目を見ながら、伊織は口を開いた。
『伊織の下僕になるのとパンツを見られるの、どっちが良い?』
男の子が選んだのは、下僕になるだった。
後に男の子は語る。
あの時は、パンツを見られる方が嫌だったと。
彼は芦屋高貴と言う名前で、生まれた時から孤児院で暮らしているそうだ。
父親は彼が腹の中に居たときに逃亡。母親はこの孤児院に幼い頃から暮らし、高校を卒業してからキャバクラで働き、冥府の有名な歓楽街で店を持つまでに成長したカリスマホステス。
高貴にしてみれば、孤児院は母の実家のような所で、保育園でもある。
子供達の中心にいつも居て、毎日のように悪戯をする高貴が、伊織の下僕になってからは大分大人しくなった。
おやつのプリンも、俺のだ俺のだと子供から無理矢理奪っていたのだが、下僕になってからは伊織に自分のを渡していた。
おもちゃを貸してくれたり、絵本を読んでくれたりもした。
『もっと、感情込めて読まんかい!』
『あああああ! ロミーオ、あなたはどうしてロミーオなの!?』
『飽きた。高貴、お茶』
『無茶です』
『昨日、おもらししてたよね。隠してたけど。伊織は、見てたよ』
『……麦茶取ってきます。ちくしょおおおおおお! なんで見てんだよおおおおおおおお! 居たなら言えよおおおおおおおお!』
悔し涙を流しながら、少年は麦茶を取りに、台所へと走り出す。
気付けば、孤児院の中で一番親しい友人になっていた。
「とまあこんな感じで、十二年一緒に居たな。早いなあ、十二年」
「伊織さん、かぼちゃパンツってかわ……ゲフッ!」
伊織のバットが、剛の背中に叩き込まれる。
あまりの痛みに剛は悶絶するが、伊織は無視して話を続けた。