学園の沙汰は委員(おに)次第
二人は記憶を辿る。
言われてみれば、今日は暴れている不良達を見かけていない。
この学園は真面目に授業を受けている生徒よりも、不良の方が多い。
喧嘩も毎日のように起こり、怒号と罵声が飛び交っている。
時には、物が壊れる音もする。
校則違反の生徒も不良達に集中していて、彼らと伊織のバトルも繰り広げられるのだが、今日はその様子も無く静かだ。
血気盛んな奴らが集まるこの学校で、それらは全て有り得ない事だった。
そう、先程までは。
廊下の惨状を目の当たりに、レンは絶句する。
喧嘩はあっても、校舎に攻撃をして来る事は、今まで無かった。
知らぬ間に、日常が非日常に変わっている。
これは一体、何が起きているのか。
「予想よりも早かったな」
トイレから廊下に出て、グラウンドを確認できる窓を猛丸は開く。
彼に習って、レンも窓に張り付くようにして外を見た。
黒い特攻服を着た男たちが、グラウンドに集まっている。
その数五十……、八十人はいるだろうか。
それぞれ武器を持ち、校舎を睨んでいる。
町中の不良……とまでは行かないが、それでも多い。
映画でよく見る光景だ。現実で見ることになるとは思わなかった。
学校の不良達が居ないのは、この事をどこかで知り、巻き込まれる前に逃げたということか。
レンは不良達に目を凝らす。
その中に高貴と対峙した鬼神と、拘束されている伊織がいた。
「伊織さま……!?」
目をこれでもかと見開いて、レンはグラウンドに釘付けになる。
これはこれはと猛丸も感心して、煙を吹かした。
ゆるりとした動作で高貴もトイレから出て、グラウンドに視線を向けた。
片眉がぴくりとつり上がるが、何事もなかったように直ぐ戻る。
「なんでプリティでチャーミングな伊織様が、あんな野蛮で陰険で一人でしてるようなやつらに……!?」
「誰がプリティでチャーミング?」
「一人でとか言ってやるな、生々しい。……さくらんぼって言ってやれ」
「そこはチェリーって言ってやれよ」
緊迫した状況だというのに、緩い突っ込みを高貴と猛丸から送ってやる。
こうしている間も、グラウンドにいる連中は校舎に向かって攻撃をしている。
こんなことをして獄卒や王太子に怒られないかと思われるが、校内で起きたことは校内で対応しろというお達しが出ていた事を思い出した。あの世は常に人手不足だ。
校内で起こした事件ではないけど、きちんと片付けなければ後が怖い。
その責任者が執行委員会の顧問をしている猛丸になるわけだが……。
「だりいなあー」
煙を転がすばかりで、動く素振りは一切見せない。
「仕事しろよ、顧問。お宅の生徒が捕まってんぞ」
「捕まってんのは、お前の幼馴染みだろ。責任もって取り戻して来いや」
「捕まったのはあいつの責任だろうが。執行委員会の委員長が……情けねぇ」
呆れたような口調で言ってみるものの、言葉の端に怒りが滲み出てしまう。
伊織が捕まった経緯は見えて来ないが、本当の狙いが彼女ではないことは把握出来ている。
静かに怒りを育てる高貴とは打って変わって、レンは剥き出しにしていた。
「ちくしょおおおおおおおおおお! 奴らめっ! 伊織様に手出しやがってええええええええええええええ! 全面戦争じゃボケェェェッ!」
苛立しげに窓を叩き、トイレの掃除用具から武器に使えそうなデッキブラシを取り出す。
今にも殴り込みに行きそうな彼をその場に縫い止めたのは、廊下の曲がり角から現れたもう一人の執行委員、藤原剛だった。
額から首筋から汗を垂れ流し、肩で息をしているにもかかわらず、肌から血の気が引いている。
足をもたつかせながら必死の形相で駆け寄る剛に、その場に居たものは視線を向けた。
「どうした!? 桃娘さんの猿よ!」
「誰が猿ですか!? せめて、犬にしてください! ていうか、今はそんな事言ってる場合じゃないです!」
息を切らしつつ、レンに突っ込みを入れる。
力尽きたのか、緊張の糸が切れたのか。剛はその場に膝と手をつき、四つん這いの姿勢で酸素を取り込む。
高貴は、つかつかと彼に歩み寄ると、胸ぐらを掴んで顔をあげさせた。
「おいおい、執行委員。お前、伊織と一緒じゃなかったか? おら。おらおらおら」
「く、苦しい……! 高貴さん、くるしい、です……!」
がくがくと揺さぶられる剛の顔が、青白くなっていく。
今にも息の根が止まりそうだ。
「やめんかい」
ぶくぶくと泡を吹き出し始める直前で、猛丸が高貴の頭を叩いた。
「貴重な証言人だぞ。なあ、剛よ」
舌打ちと共に、高貴は剛から手を離す。
再び膝をついた剛は、激しく咳き込みながら懸命に頷いた。