学園の沙汰は委員(おに)次第


「俺とした事がああああああっ! 伊織様にはしたない姿を見せてしまったああああああああああッ!」

「うるせい」

「人生終わった!」と騒ぎ立てるレンに、容赦なくデッキブラシが投げつけられる。
 翌日。キャバクラに行った事が自称鬼教師の武者猛丸(むしゃ たけまる)に通告されてしまった為、高貴とレンはトイレ掃除の刑を受けていいた。
 ブラシを支えに立ち上がりつつ、レンは言葉を続ける。

「だってさ高貴さん! あれ絶対、俺が叩かれるの好きってバレたって! Mだってバレたって!」

「お前のその性格じゃあ、遅かれ早かれバレてただろう。おかげで、死んだ魚に群れるハエを見る目で見られて良かったじゃねえか」

「死んだ魚以下って事じゃないすっか! どうしよう! また泳げば見なしてくれますかね!? はうっ!」

 直後。彼の背中に、数の釘が打たれた木製のバットが投げつけられる。
 レンの身体がくの字に曲がり、潰されたカエルに似た声が漏れた。

「喋ってる暇あんなら、口動かせバカ餓鬼ども。その歳でキャバクラなんざ、千年早いわ」

 タバコを吹かしつつ、見張りをしていた男が言う。
 この男こそ、武者猛丸だ。自称鬼教師。常日頃から鎧を着て兜を被っており、狐の面をしている。担当科目は意外にも音楽で、学生時代は吹奏楽部でトロンボーンをしていたそうだ。そして、執行委員会の顧問でもある。
 灰色に色づいた煙を吐き出し、猛丸はづらづらと言葉を並べ連ねた。

「あそこはな、男が女に癒やしを求めに行き、気付いたら身も心も財布も空にする天国なんだぁよ。あー、昨日ボトル十本も頼むんじゃ無かった。ネコ耳メイドDAYって言うから気合い入っちゃったよ。どうしよ、奥さんに殺される」

「知らねーよ!」

「昨日行ったんかい!」

 高貴とレンが同時に突っ込みを入れる。
 猛丸は開き直って「行ったよ、行きましたとも」と胸を張る。

「葉月が椿と百合姫に、ケツバットならぬケツ金棒やられたのも、ケツの穴にろうそく入れられたのも知ってるぞ」

「いや、ろうそくは入れられてないです」

「そうだっけか?」

「そうですよー」

 しらばっくれる猛丸にレンが猫撫で声で訂正を入れるトイレで、高貴は面倒くさそうに息を吐き出した。

「やってらんねえぜっと」

 どかりと空いている個室の便器蓋に座り、懐に隠し持っていた大人向けの絵本をパラパラとめくる。
 執行委員がキャバクラ通いをしていたのに、何の罰も与えられないのでは他の生徒に示しがつかないからと行っていたトイレ掃除。
 執行委員会と顧問の面子の為にやっていたが、高貴にとって執行委員会は消えても別にどうということはない。やることが減ってむしろ楽だ。
 でも、そういうわけには行かないのが現状だ。この執行委員会を拠り所にしている人物が身近なところにいるだけに、高貴の手で消してしまうわけにもいかない。

「トイレ掃除はせずとも、他の掃除をする必要あるんじゃないか?」

 猛丸の言葉が、静かなトイレに反響する。

「昨日、店であの鬼神とやり合ったそうじゃねーかー」

 鬼神と言う言葉に、高貴は眉根を寄せた。
 昨日。キャバクラで乱闘騒ぎを起こしたのは、巷で噂になっている鬼神。
 圧倒的なパワーで店内の備品を破壊し、駆け付けた男たちをボコボコにし、高貴を床に沈めた。
 頭を強打された高貴は、手当てを受けた後病院に(無理矢理)搬送され、大人しくしていろと周囲の者から言われている。
 トドメを刺したのは伊織の一撃だったと思うのだが、全員華麗にその事は無視して。ついでに言うなら、伊織の方も狼狽えたような演技をして、真犯人には一切触れないまま日付が変わった。

「鬼神は、目についた奴を片っ端から片付ける。こちらにその気は無くても、どんな方法を使ってでも、あの男はお前を殺しに来るぞ」

 孤児院にいようが、学校にいようが、王太子の前にいようが、そんな事を鬼神は気にしない。
 相手を倒すことのみ。その事だけが、鬼神の身体を突き動かす。
 猛丸の口から、諦めたような、悟ったような息が煙とこぼれる。

「既に、この学校も鬼神に見張られている。お前を倒す為に、学校ごと潰しに来るのも時間の問題だ。否、もう来てるかも知れねぇ」

 校庭から爆発音が響くと同時に、廊下のガラスが割れる音がしたのは、その発言が終わって直ぐ。
 教室に居た生徒達が騒ぎ出す様子が、トイレに居る三人にも伝わって来る。
 悲鳴と、机と椅子の足が擦れる音と、ドアが開く音。
 平穏が破られた、冥府と現世の狭間。混沌が、渦を巻き始める。
 レンが恐る恐る廊下に顔を出して見ると、大きな岩が廊下に転がっていた。
 鬼は怪力の持ち主だ。岩など容易く投げられる。
 その岩が高速で身体に当たれば、鬼であっても重症は避けられないだろう。

「お前たち、今日は不良達を見かけねーって思わなかったか?」
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