学園の沙汰は委員(おに)次第


 高貴は一蹴りで面の男の懐に入り込み、右手に持つ金棒を下から斜めに振り上げる。
 狙う先は、男の顔だ。
 だが、男も高貴の動きが読めていたのか、金棒を片足で受け、弾き返す。
 高貴の獲物が手から滑り抜け、席と席を隔てる仕切りに突き刺さった。
 間を空けずに、面の男が持つ金棒が高貴の頭上向かって叩き落とされる。

「危ない! 高貴さん!」

 剛の忠告も間に合わない。
 重い一突きが、高貴の頭を襲う。
 衝撃で彼の頭は床にめり込み、破片が飛び散る光景は今起きている出来事なのだろうか。
 一つも動くことが出来ないまま、眼前で沈む同級生を見つめる事しか出来ない。
 店の至る所から、高貴の名を叫ぶ声と悲鳴が上がる。
 沈めた本人は、ゆっくりと金棒を上げた。
 ぱらぱらと崩れる破片に交ざって、ぽたりと赤い血が滴る。
 高貴は倒れたまま。
 力なく床に頭を埋める彼を、男は面の奥から冷めた視線を送る。

「他愛もない」

 鼓膜を震わせた言葉は、地も涙もないものだった。
 カッと、剛の血が沸騰する。

「あなたね、自分が何をしたのかわかって……!」

「勝手に人を…………!」

 剛の言葉を遮って、床に埋まったままの頭から言葉が漏れ聞こえる。
 ゆっくりと上がったかに見えた頭が、瞬き一つで男の鳩尾に突き刺さった。
 男の身体が、くの時に曲がる。
 勢いをつけたまま、男は背後にある仕切りを破壊しながら背中から倒れ込む。
 がしゃりがしゃりと、割れた仕切りが男の身体に降り注ぐ。
 今度は、控えていた男たちが悲鳴を上げる番だった。
 高貴が、頭から血を流しながらふんぞり返る。

「殺してんじゃねえぞ」

 落ちていた金棒を蹴り上げて取り、切っ先を男に向ける。

「頭に血が上った鬼神は、女に手を出した男を呼び出し、鉄パイプでいたぶるだけいたぶった後、包丁で相手の急所を刺したんだと。おっかねーよなー? 満足したなら、さっさと出ていけや」

 一度床に沈められたにもかかわらず、態度が大きな少年に、控えていた男たちが前に出る。
 それを止めたのは、今しがた沈められた面の男であった。
 男たちは躊躇いを見せるが、大人しく引き下がる。
 ゆるりと巨体を揺らして、男は立ち上がる。

「今日の所は許してやる。だが、今度は逃がさん。貴様が正体を正直に答えるまで、いたぶってやろう」

 控えている男たちを連れて、面の男は恐怖に染まったままの店を出ていく。
 血を流しつつ、高貴は去っていく背中に冷笑を投げる。

「やれるもんならやってみろ、いかれ野郎」

「高貴さん、とりあえず手当てを……! お店の方やお客様も怪我した方はいませんか!?」

 剛の呼び掛けで、硬直していた配膳係や女性たちが少しずつ動き出す。
 高貴は近くにあった壊れていない席に座り、顔に垂れてくる血を手の甲で乱暴に拭う。
 そんな彼の背後から、コツコツと靴音を響かせて近付く者が居た。
 右手にバットを持ち、歌舞鬼高等学校獄卒科の制服を着た女子生徒。
 生徒の気配に気付いた高貴が、また誰か来たかと振り返る。
 剛と、椿と百合姫にボコボコにされ意識を遠くにやっていたレンも、足音の方へ顔を向けた。
 三人同時に、女性の顔を確認するなり、ビシッと音を立てて凍りつく。

「い……伊織ちゃん?」

 府立歌舞鬼高等学校獄卒科、執行委員会委員長は真っ直ぐすぎる眼差しで、高貴を射抜く。

「芦屋高貴……」

 女性とは思えない低い声が、彼女から発される。
 ひくりと、剛の喉が変な動きを見せた。
 高貴を見れば、血が出ているせいもあるのかもしれないが、顔が白い。

「孤児院の門限六時を守らなかった罪により、執行委員会委員長安倍伊織から『ケツバットの刑』を言い渡す」

「ケツバット……!」

 下された刑に、剛は絶句し、レンは羨ましいという視線を向ける。
 当の高貴はというと、じりじりと伊織から距離を取っている。
 鬼の面を被った男と対峙していた時の堂々さは薄れ、その瞳は怯えきっていった。

「た、タイム! タイム伊織ちゃん!」

「問答無用!」

 怪我人相手でも、容赦なく鉄槌は下された。
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