寒中見舞い 2020年


君が今も笑ってくれるなら

     タイトル提供 かんのあかねさん



「よーし。よーし。もうちょい、もうちょい……よし、そこだ!」
 ぱふんと綿のつまった手のひらを鳴らすと、大人と同程度の大きさをしたクレーンが、ゆっくりと吊り下げていた荷物を下ろしだした。
 吊り下げられているのは、白い生地で出来た大きな包みだ。包みの下には、そりの荷台が鎮座している。
 荷台に包みを誘導しているのは、ジンジャークッキーの形をしたぬいぐるみだった。手のひらサイズで、綿の詰まった手をぴょこぴょこと上手に動かしている。
 庭先に置かれたベンチにクッションを積み上げ、見張らしが良い頂点に乗っているジンジャークッキーは、まるで自分がここの責任者であるかのように振る舞っていた。
 もちろん、責任者は彼ではない。
「何をしてるんだい?」
「クロース!」
 はっと目を見開いて、ジンジャークッキーは声のした方へ身体を向けた。
 勢い余ってクッションから滑り落ちそうになったが、白い手袋を着けた大きくて優しい手が支えてくれて、なんとか免れた。
「もちろん、出掛ける準備をしていたんだよ!」
 気を取り直して、ジンジャーは質問に答える。
 今日はクリスマスイブ。いい子にしていた子どもたちにサンタクロースがプレゼントを配る日だ。日付が変わって、朝日が昇るまでに配り終えなければならない。
「隣のボブさんはもう出立したよ。それから、ジェームズもシリウスも、オリオンさんも! クロースが一番最後だね!」
「総責任者だからしょうがないね」
 苦い笑いを返して、クロースはジンジャークッキーの脇腹をくすぐる。
 くすぐったそうに身を捩って、お調子者のぬいぐるみは白い手袋から逃れた。
 クロースの言う通り、サンタクロースの総責任者はクロースだ。世界中を飛び回るサンタクロースの中で一番偉く、そして一番責任感が必要な役だ。
 クロースはおもちゃの工場で日々新しいおもちゃを作り、子どもたちのニーズを研究し、材料の手配から他のサンタクロースの巡回ルートまで決めている。時には新しいサンタクロースを見つけに行くこともある。
 クロースの家で働くおもちゃと妖精たちは、とっても大変なことを涼しい顔をしてやり遂げるクロースが誇らしくて仕方ない。
 そんな凄いクロースでも、落ち込む事件があった。
 一生懸命友達と作っていたおもちゃを、その友達に盗まれてしまったのだ。
 クロースはとてもとても落ち込んで、クロースの奥さんであるマダム・クロースもしょんぼりとしてしまった。
 すっかりやつれてしまった二人を励ましたのは、他でもないおもちゃたちと妖精たちだ。
 いっぱいいっぱい楽しいことをして、美味しいものを食べて、たくさん笑って、重たい空気を吹き飛ばしてやったのだ。
「さあ、責任者気取りのジンジャー君。私のトナカイはどこかな?」
「マダム・クロースが毛づやを良くしたいからって、小屋でブラッシングしてるよ!」
 ジンジャークッキーが胸を張って答えると、クロースは困ったような表情を見せながらも口元を緩める。
「やれやれ、もう出掛けるっていうのに困った奥さんだな」
「年に一度の晴れ姿だからしょうがないね!」
「ああ、そうだな。では、トナカイたちの支度が終わるまで、そりの点検でもしようか」
「そいつは良いアイディアだ! さっきも点検したけどね」
「点検は何度やっても良いんだよ。見落としがあるかもしれないだろう?」
「それもそうか! じゃあ、もう一回点検しよう!」
 ぴょんっとクッションの上からクロースの肩に飛び乗って、ジンジャークッキーはそりの方へ行くよう腕を伸ばす。
 クロースはもう落ち込んでいない。
 クロースはもう元気だ。
 毎日のようにおもちゃたちの相手をして、研究を重ねて、サンタクロース仲間と会議を繰り返し行って、新しいサンタクロースを探している。
 落ち込む前のクロースも誇らしかったけど、大変な事を乗り越えた現在(いま)のクロースも誇らしい。
 笑っているクロースの姿を見ていると、心がぽかぽかする。
 落ち込んでいる姿を見ると、心がじんじんする。
 ぽかぽかするのとじんじんするのなら、ぽかぽかする方が好き。
 ぽかぽかする方が好きだから、また彼が落ち込むような日がきたら、おもちゃと妖精たちを総動員して助けるのだと、ジンジャークッキーは心に決めていた。
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