寒中見舞い 2020年

背中に感じる温もりを

   タイトル提供 Emi 松原さん



「のしり」と聞こえそうな重みが背中を襲ったのは、やっと勉強に集中してきたなと感心した矢先であった。
 背中から腹に回された細い腕。
 押し付けられる額。
 耳を澄まさなくても「うーうー」と唸るくぐもった声が聞こえてくる。
 大袈裟にため息を吐いてから、腰を捻って背後にいる少女を視界に入れた。
 抱きつかれているせいで、顔ははっきりと見えない。彼女の頭と、放り投げた参考書が目についた。
「……勉強は」
 眉間に皺を寄せつつ、低い声を頭の上から浴びさせる。
 少女は気にした様子なく(いつもの事だからもう慣れたのだろう)、抱きついたまま言葉を発した。
「エネルギーが切れたので……充電」
「何を言ってるんだか」
 定位置に戻れと腰に回していた腕を振りほどき、彼女を参考書の前に戻す。
 家で行う勉強は、学校に行かない選択をした彼女が知識を得る為の手段だ。
 知識は、無いよりはあった方がいい。今は必要なくとも、新しい道に踏み出した時には必要になるかもしれない。知識がないから行きたい道に行けない、選べないという事態は勿体ない。できれば避けるべきことだ。
 まだ文句を言う彼女を目力で黙らせ、勉強の続きを促す。
 腰から消えた温もりを恋しく思いつつも、今は彼女の為と心を鬼にした。
 社会人の俺が、彼女の道を阻んではならないのだ。
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