寒中見舞い 2020年

さようなら、また来世

   タイトル提供 八月一日中さん



 吐いた息が凍りつき、白い霞となって風に流されていく。
 ぱきぱきと割れる、氷の膜。
 雪化粧をした折れた枯れ枝。
 冷やされた空気を深く吸い込み、肺に取り込む。
 冷たい。
 首に巻く襟巻きを引き上げ、口許を覆い隠す。
 この季節は良い。襟巻きで顔を隠しても、鋭い牙は誰にも見られる事はなく、毛に覆われた身体を外套で包み隠しても誰も怪しまない。
 襟巻きの下で口角をつり上げながら、薄い氷の膜で覆われた道を二本の足でひたりひたりと歩んでいく。
 足の裏に毛が生えていて良かった。無ければ氷の冷たさが肌に直接伝わって来ただろう。
 一度息を吐き出して空を見上げれば、白銀のまぁるい穴が静かに浮いている。
 見事なまでの氷の満月。
 私の血潮が熱く滾る刻。
 再び鼻から息を深く吸い込み、口からゆっくりと吐き出す。
 獣並みに鋭くなった嗅覚が、欲しい【もの】を見つけた。
 あぁ。あぁ。いけない子だ。こんなにも美しく冷えた夜に出歩いて。
 今すぐこの腕で抱き締めて、あたためてあげたくなってしまうではないか。
 口から溢れ出す唾をそのままに、ひたりひたりと足を運ぶ。
 まぁるい穴を眺める人の娘よ。お別れの挨拶は終わったかい?
 おおかみさんが迎えに来たよ。
 満月の刻にだけ現れる、貴重なおおかみさんがね。
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