【輝き】
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烏野側の空気が落ち着いた。さっきまでは日向君がバタバタしていて、地に足がついていない感じだったけれど、今は全くそんな感じじゃなくてしっかり周りを見ている。
向こうのアタックを月島君がかろうじてレシーブして、影山君が―――。
ヒュンッ
(え)
その時私は目を疑った。影山君から日向君に放たれたトスが信じられないくらい急速なトスだったから。しかしそのトスは日向君を通り過ぎ、烏野側のコートに落ちる。
(あんな攻撃、可能なの?)
「ことりちゃん」
清水先輩の方を向くと先輩は強気な顔で笑って「よく見てて」そう一言だけ私に告げた。
青城側のサーブから縁下先輩がレシーブして影山君に繋ぐ。そして
バシッ
気付いたら相手側にボールが落ちていた。観客席にいる人たちがなんだなんだと騒ぎ立てる。でも、私はそんなこと気にならないくらい二人に夢中だった。
(すごい、すごいすごいすごい!)
日向君が調子を取り戻し、烏野側の攻撃が決まっていく。田中先輩の力強いスパイク、澤村先輩の安定したレシーブ、月島君のブロック。烏野のプレーが全部キラキラ輝いてとっても美しい。
胸がぎゅうっと熱くなる。小学生の頃のあの感覚と同じ、コートから目が離せない。
(雛森さん、昨日の比じゃないくらい目がキラキラしてんな)
菅原が清水の隣にいる雛森を見てくすりと笑う。雛森はジャージの上着を両手で力強く握りしめ瞬きも惜しいと言わんばかりにコートに釘付けだった。
烏野の勢いにたまらず青城がタイムアウトを取る。日向君が一セット目とは比べ物にならないくらいの晴れ晴れとした顔でベンチに戻ってきた。日向君だけではなくほかの選手たちもどことなくすっきりしたようなリラックスしたようなそんな顔をしていた。
(上からじゃない、近くで見るバレーがこんなにきれいだなんて・・・)
タイムアウトが終わりまたみんながコートに戻っていく。烏野の勢いは止まらず、月島君と影山君の威圧的なブロックに田中先輩たちの攻撃。そして、日向君の速攻で烏野はセットを取り戻した。
みんな晴れ晴れとしていて、田中先輩と日向君は「勝利!勝利!」とリズミカルに勝利コールまでしている。
本当にベスト4相手に勝ってしまうのではないかとそう思ってしまうくらい、烏野は強かった。
「油断駄目です!」
その空気を割くように影山君が言った。
「多分ですけど、向こうのセッター、正セッターじゃ・・・」
影山君の声は突如沸いた黄色い声援にかき消される。声につられるまま青城側のベンチを見ると、先ほどまでいなかった選手が立っていることに気づく。
「おお!戻ったのか及川」
向こうの監督に及川と呼ばれた選手はにこにこと笑いながら黄色い声援を送る女の子たちに手を振っている。
影山君が言うにはどうやら中学の頃の先輩らしい、超攻撃型セッターで性格がすごく悪いって言ってた、中学の後輩にここまで言われるのってどうなのだろうか。田中先輩なんて信じられんくらい怖い顔してるし。
そして、及川さんはアップに向かい三セット目が始まった。烏野は二セット目と同様に着々と点を取っていき、気づけば烏野のマッチポイント。その時、相手の青城側からまた黄色い歓声が響く。及川さんがピンチサーバーとして試合に出るらしい。
あの人が月島君を指さしたとき、さっきまであんなにチャラチャラしていた空気が一瞬で引き締まり、ぞくっとした。
(すごく真剣で研ぎ澄まされた表情・・・)
そんな及川さんから放たれたサーブは、強烈で狙い通りに月島君にまっすぐ向かっていった。強烈すぎて一瞬月島君の腕がもげたと思った、本気で。
「・・・うん、やっぱり、途中見てたけど、六番の君と五番の君、レシーブ苦手でしょ?一年生かな?」
六番と五番は月島君と日向君。確かにほかの人と比べたらレシーブミスが目立つ二人だった。
「じゃあ、もう一本」
そう言うと及川さんはさっきと同じように月島君に向かって強烈なサーブをお見舞いする。月島君は、また拾えない。プレーが始まった瞬間から、さっきまで女の子たちからキャーキャー言われていた空気は一瞬で消え去り、コートの先ボールの行き先をじっと見つめる瞳が見えた。
(この人も一緒だ、バレーに対して真剣で真摯で貪欲な人)
サーブしか見ていないのに、それでも目が引き付けられて一挙手一投足が洗練され美しい。この人のトスはどれほど美しいトスなのか見てみたくなった。
“でも、烏野だって負けてない”
「月島は少しサイドラインに寄れ」
「はい」
澤村先輩の指示で月島君はコートの端っこに寄り、澤村先輩の守備範囲が広がる。これならどうにかと思ったが、やはりさすがベスト4というべきか、サーブは月島君に向かっていった。それでも、コントロール重視だった分威力は先ほどよりも弱かったらしくどうにかギリギリ、レシーブでとらえた。
上がったボールは大きく弧を描いて相手のチャンスボールになってしまう。私は思わず胸の前でぎゅっと指を組んでいた。
(せっかく月島君が上げたのに!どうか・・・)
どうか烏野が勝ちますように。心からそう思った。確かに及川さんも青城のほかの選手も上を向いて真剣にボールを追いかける姿はきれいで惹かれた。でもそれ以上に烏野のみんなはきれいで必死で上を向く姿が何よりも似合うかっこいい人たちで「応援したい」そう思った。同じ学校だからかもしれない、流れだったとしてもマネージャー希望みたいになっているからかもしれない、でもきっとそれだけじゃない。
(この人たちのバレーだから応援したい)
その時、ネットの前をきれいなオレンジが横切った。ボールは日向君の手をかすり烏野側のコートに弧を描いて戻ってくる。日向君は着地したその足ですごい速さで移動したかと思うと次の瞬間にはあの速攻が決まっていた。
ほっと息を吐くと、隣からきれいな笑い声が聞こえた。笑い声の正体は言わずもがな清水先輩である。
「すごかったでしょ?」
私は大きく何度もうなずいた。感動していつの間にかのめり込んで必死に応援していた。
さっきまで私と同じようにびっくりして言葉を失っていた武田先生の周りにみんなが集まって講評の時間になっていた。
「えーと・・・僕はまだバレーボールに関しては素人だけど、何か・・・何かすごいことが起こっているんだってことはわかったよ!新年度になって、すごい一年生が入ってきて、はじめは一筋縄ではいかなくて、だけど・・・今日分かった気がする!バラバラだったらなんてことない、“一人”と“一人”が出会うことで・・・化学変化を起こす!今、この瞬間もどこかで、世界を変えるような出会いが生まれていて、それは・・・遠い遠い国のどこかかもしれない、地球の裏側かもしれない。もしかしたら、東の小さな島国の・・・北の片田舎の、ごく普通の高校の、ごく普通のバレーボール部かもしれない。そんな出会いがここで・・・烏野であったんだと思った。根拠なんかないけれど!信じないよりはずっといい!きっとこれから、君らは強く・・・強くなるんだな・・・」
部員の人たちはポカーンとしていて、そんな様子を見た武田先生が「ポエミーだった⁉」と焦っていたけれど、私は先生の言う通りだと思った。
(この人たちはこれからどんどん強くなっていって、いろんなバレーをするんだろうな)
きっとどこかで壁にぶつかってしまうかもしれない、いつも順調というわけにもいかないかもしれない、それでもこの人たちはその壁ももがきながら苦しみながらでも飛び越えていくのだろうと思った。どこまでも高く、上を目指す姿がありありと想像できる。
(見たい)
“近くで、みんなが上に向かって羽ばたく姿を・・・”
ポケットに入れたままだったメモ帳を取り出してペンを走らせた。