【めざめる月】1話
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昼休み、友人と綴特製の弁当を食べながら談笑していると星川がひなみの教室まで会いに来た。
「星川さん、お久しぶりですね」
「おう、元気でやってるか?」
「はい、あそこにいたときよりも断然元気です」
「そうか、あーそんでさ、最近学内コンクールの案内って配られた?」
「はい、ちょうど今日の午前中の授業で…」
「お前、出ろよ」
「え…」
星川の口から思いもよらない言葉が出てひなみは言葉を失った。
「わた…私、コンクールは…」
ひなみは震えながら伝える。
(まだ、演奏を評価されるのは怖い…天音にいたころのようになってしまったら今度こそ…)
「立花の言いたいことはわかる。それでも俺は、お前に出てほしい」
「…どうしてですか?星川さんは、私が天音で苦しんだことを知っているじゃないですか」
星川に、まさかコンクールに出ろと言われるとは思っていなかったひなみは、少し裏切られたような気分だった。
「この学内コンクールは、お前にとって天音での苦い記憶を塗り替える転機になるはずだ」
「そんなの、今回のコンクールじゃなくたっていいじゃないですか!まだ…怖いんです。まだ今年中も何回か学内コンクールはあるし…」
「今回じゃないとダメなんだ!」
ひなみの言葉にすかさず星川が言葉をかぶせた。今まで見たこともない星川の真剣な表情に、再びひなみは固まる。星川が続けて言葉を紡ぐ前に予鈴が響く。
「…何と言われようと、コンクールには出ませんから」
ひなみはそう伝え、そそくさと教室に戻っていく。星川はそんな彼女の姿を眺めながら、小さく舌打ちをした。
(くそ!今回のコンクールに出てもらわないと、意味がない!)
星川はこぶしをぐっと握りしめて教室に戻っていった。
その日から毎日のように星川から学内コンクールに出るように説得される日々が続いた。何度断ってもあきらめずに毎日教室に来る星川に、ひなみは疲れ始めていた。
「ただいま…」
「「おかえり/なさい」」
いつも通りの挨拶を済ましてリビングに向かえば各々好きなことをして過ごしている。ひなみはそんな姿を見て安心するようになっていた。
「あ、ひなみ」
ひなみを見つけていづみがちょいちょいと手招きする。
「どうしたの?」
「実はさっき、担任の先生から連絡があったの」
「え⁉先生から?」
その瞬間、ひなみは学校で何か不祥事を起こしてしまっていたかと全力で脳みそを動かすが、いたって平和に学校生活を過ごした記憶しかない。唯一平和ではないとしたら、毎日のように説得に来る星川である。
「別に何か問題を起こしたわけじゃないよ、学内コンクールについての話」
学内コンクールという言葉に、ひなみに先ほどとは変わった緊張が走った。
「先生が、ヴァイオリン専攻で参加しないのはひなみだけだけど大丈夫かって連絡が来たけど…」
いづみの言葉にひなみはぐっとうつむく。学内コンクールのプリントさえ、自分の部屋の引き出しの奥深くに隠していづみに見せていなかったのだ。いづみにまで出るように言われたら、何と言って断ればよいのかひなみは必死に考えていた。
「えっと…私…」
「参加しないならちゃんと先生に伝えないとダメでしょ~。あと、ちゃんとプリントは渡すこと!」
「え…」
いづみの言葉にひなみは目をぱちぱちと瞬かせた。そんな姿にひなみの言いたいことを察したのか、いづみはニコッと笑ってひなみの頭を撫でた。
「出たくないなら無理しなくていいの。ひなみのヴァイオリンはこのコンクールに出ないと終わるわけじゃないんだから」
「お姉ちゃん…」
「前の学校でのこともあったし、急に環境も変わったしゆっくりでいいんだよ」
ひなみは思わず泣きそうになった。必死に涙をこらえてうなずくと「着替えてくる」と言って部屋へ向かう。
「カントク、よかったんですか?わざわざ先生から連絡が来てたのに…」
咲也の言葉に苦笑いしながらいづみが答える。
「もったいないなって思うけど、でもそれって私の意見でしかないでしょ?ひなみはひなみなりに考えてその結果、出ないってことに決めたなら、あの子の気持ちを尊重してあげたいなって」
いづみの監督としての姿ではなく、一人の姉としての姿にその場にいた劇団員たちは微笑んだ。
ひなみが帰宅する少し前、寮の固定電話に音咲から電話がかかってきたとき、出たのは咲也だった。
咲也はすぐにいづみと代わり、ほかの劇団員に事情を説明する。まさか、ひなみが何か問題に巻き込まれたかと心配する劇団員たちだが、あいにく電話の声は聞こえない。電話が終わってすぐにいづみに詰めよれば学内コンクール参加についての話だと聞いてほっと胸をなでおろした。
「ひなみもまだ自信を取り戻しきれてないというか、まだきっと不安なんだと思うの。だから、今はそっとしておいてあげるべきかなって」
いづみのその言葉に耳を傾けていた劇団員たちはそれもそうかと納得して、ひなみの話題から興味が逸れていった。唯一、天馬だけは複雑な表情をしていたが、誰もそれに気づかなかった。
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