【めざめる月】1話
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あの日以来ひなみと劇団員たちの距離はぐっと縮まった。最初のころにあったよそよそしさはなくなり、ひなみがずっと前から居たかのように馴染んでいた。
「綴くん…おはよう…」
「おう、おはよう顔洗っていつものよろしくな」
「うん…」
ひなみは相変わらず頭が覚醒しきらない不思議な早起きをしていた。
最初のころは綴も臣も心配していたが、「もう少し寝てもいい」と言っても早起きしてくるので、中学三年間で培った早起きの習慣だし仕方ないという考えに落ち着いた。ひなみの仕事は玄関の掃除である。初日に玄関掃除をしてから、気持ちよく朝を迎えられると好評だったため玄関掃除担当に就任した。
「左京さんおはようございます、これ新聞です」
「おはよう、ありがとな」
ちなみに毎朝新聞を左京に渡すのもひなみの仕事である。
それから少しするといつも通り学生たちがぞろぞろと起きてきてリビングは賑やかになる。洗い物の途中で綴が至を起こしに行く光景にも慣れた。いつも通りの賑やかなMANKAI寮である。
「ひなみ、そろそろ行くよ」
「幸!椋くんちょっと待って!」
ひなみは晴れて音咲学園の生徒となり学校に通っている。毎朝、道は同じではないが同い年の幸と椋と一緒に寮を出るのだ。
「「行ってきまーす」」
「「いってらっしゃい」」
この大勢の挨拶ももう驚かないほど繰り返した。ひなみにとってこのMANKAI寮での生活は幸せそのものである。
学校も新しい環境になって充実していた。毎日のように飛び交っていた怒号がないだけでここまで精神的に楽になって演奏ができるのかと驚いたほどだった。
「授業を始める前に今配ったプリントを見て」
演奏についての授業のとき、全体の前で先生がクラス全員にプリントを配った。内容は「新入生学内コンクールの案内」。ひなみは一人静かに息を詰まらせた。学内コンクール、いやコンクール自体にいい思い出がないひなみは表情を暗くした。
「まあ、見てもらったらわかると思うけど、毎年恒例の新入生限定の学内コンクールね。出る出ないは自由だけど、オケ部とか吹部に入りたい人は出ないと入部できないから注意ね、まあヴァイオリン専攻はよっぽどの理由がなければ出るといいよ」
音咲は毎年、新入生だけが出ることができる学内コンクールを開催する。その舞台で活躍するとオーケストラ部、通称オケ部や吹奏楽部などに入部する際に優遇してもらえるのである。オケ部は特に部内の競争が激しいため、この学内コンクールで結果を出すことを求められる。
先生の言葉に教室内がザワザワと騒がしくなる。周りはみんな「楽しみ」や「頑張ろう」と言っている中で一人、ひなみだけはずっと下を向いていた。
(この様子を見る限り、ダメか)
先生こと清水佐紀はひなみたちの担任であった。清水は一人うつむいて動かない生徒を見て小さくため息を吐いた。彼女は気付いているのだ、ひなみの演奏技術が音咲の中で群を抜いて上手いこと。そして、その十分な演奏技術を人前で発揮できていないことに。
(無理に出すわけにもいかないしな…どうしたものか…)
誰もが知る名門の音咲をわざわざ外部受験までして音咲に入学した不思議な生徒は清水にとって一番の悩みになり始めていた。